98話 スライムアタック
チリン チリン
店から出ると共に、ドアチャイムが鳴った。
僕の右手には買ったわらび餅の入ったビニール袋が下がっていた。
「あれ?イチカちゃんはどうしたんですか?」
店を出ると、同じくわらび餅の入ったビニール袋を持ったマイカが外で待っていた。
「わらび餅以外にも興味を持ったらしいです。一つだけならOKとだけ言って、僕は一旦出てます」
「わらび餅以外も買ってあげるんですか?優しいですねぇ…本当にただのお隣さんですかぁ?」
「…待ってくれなくても構いませんよ。わらび餅は買えましたし」
「えぇー、いいじゃないですか。一緒に帰りましょうよー」
マイカは口を尖らせながら言う。
結局、最後まで彼女と一緒にいることになりそうだ。今のところは“サナダ”だとバレてはいないが、油断しているところで、というのもあるかもしれない。極力、気をつけなければ。
「待つのはいいですけど、どれくらいになるか分かりませんよ?アイツ、結構迷ってましたから」
「…ねぇ、シンイチさんは何でアタシに興味を持ってくれたんですか?」
「えっ、興味…?」
「ほら、アタシを初めて見た時、どんな印象だったのかなー…って」
そういえば、僕はマイカのファンだという設定だった。面倒な質問をしてくれる。
マイカに改めて目を向けて、考えてみた。
3年前と比べれば、服装や化粧に少し大人びた印象を受ける。が、話してみてから分かったのは、その中身はほとんど変わっていないということ。
前向きな明るさを持った小心者で、どこか気まぐれな彼女。
…なんて言ったらキモいと思う。今の僕は今日初めて会った人間として振る舞わなければいけない。雑誌、つまり写真でしか見れないような彼女の印象は多分…。
「…明るい感じがいいなと思いました」
「……そう?アタシ明るいですか?」
「っ、か、髪色が」
「髪色かぁ…」
咄嗟に変なことを言ってしまう。
マイカの瞳が一瞬だけ鋭くなった気がしたのだ。何かに違和感を感じているような。
気づかれた?いや、きっと気のせいだ…と思ったのも束の間。
「シンイチさん、アタシの初恋の人に似てるかも」
マイカは眉を八の字にして、苦笑した。
「なんですか突然。初恋の人…?」
「結構前のことなんですけどね。いたんです、好きだった人が…今思えば、なんであんな人好きになったのか分かんないけど、好きだったのは確かです」
「初恋…ファンにそういうこと話します?」
「あっ……へへ、ファンやめないでくださいねー」
マイカは手を合わせ、可愛らしく首を傾げた。
初恋の人。どうも僕が“サナダ”と結びつけられたワケではなさそうだ。
安心して肩をなでおろしていると、マイカはおもむろに端末を取り出した。
「ねぇ、連絡先交換しません?」
「いいんですかそういうことして。有名人でしょう?」
「読者モデルなんてほとんど一般人ですよ。なんにも、有名じゃありません」
「急にそんな…」
「自信なくしたわけじゃないですよ?ただ…」
「ただ…?」
少し遠い目をして、マイカは言う。
「ちょっと、昔を思い出したんです。あの頃は人を羨んでばかりで、そんな自分が嫌で読者モデルとかいうのになってみましたけど…案外その頃からアタシ何も変わってないなって、今分かりました」
マイカからは聞いた事のない話だった。
それほどに昔の話なのか、それとも…。
「…それで僕と連絡先を交換するんですか」
「えぇ、それを教えてくれたのはシンイチさんです。ほんの少しのお礼をと」
「うーん…別に僕は何も…」
「ファンなら嬉しいですよね?」
「…いいですけど、あんまり返事はしないかもしれませんよ」
渋々、端末を取り出して連絡先を受け取った。
チャットアプリに映ったマイカのアイコンは、気取った顔で遠くを眺めている。
「いぇい、ピース!」
と、突然マイカは自撮りを始める。そして、今撮ったであろう写真がアイコンへと変更された。
屈託のない、笑顔の写真であった。
「よし!ちょくちょく連絡しますので、ヨロシク!」
「…返すよう善処します」
「あはっ!今の、アタシの初恋の人っぽかったです。“ゼンショシマス”って!」
「あーそーですか…」
ため息混じりに呟く。
上機嫌なマイカの相手をするのが面倒になってきた。いっそ“サナダ”だと明かせば、いつもの強ばった表情になって、静かにくれるだろうか。
「──────おおい!シンイチ!来い!決めたぞ!これだ!これを買ってくれ!みかん大福!」
突然店から飛び出してきたイチカが大声で叫んだ。一瞬で傍まで駆けてくると、グイグイと僕の手を引っ張り始める。
「わしの心が変わらんうちに早く買え!さもなければ、次視界に入った物に目移りするやもしれん!」
「わかった、わかったから。引っ張るの止めて」
「シンイチさぁーん、アタシの分も奢ってくださいよぉー」
「あのっスねぇ…別に僕は優しいあしながおじさんじゃ──────へぶっ!?」
ベ チ ャ
と、音を立て、顔に何かが激突した。
それと同時に視界が緑色に染まった。
何事かと手で触れてみると、ベタつくような感触があった。
「…なんじゃ?それ」
「あっ、スライムですかね」
「スライム…?あの、洗濯のりとホウ砂で作るあの…?」
「はい多分…」
「──────DMKだぁー!!!」
そして、アーケード街にこだまする人の声。
「…?」
「なんじゃあ?!」
「げっ…DMK…」
僕は怪訝に思いながら、へばりついたスライムを取り払った。




