97話 桜色の勘違い
アーケード街にて、僕はかつての友人である吉良マイカと対面した。突然の出来事に僕は思わず彼女の名前を呼んでしまったが、はたして対する彼女のリアクションは…。
「…吉良マイカって、誰ですか…」
とぼけていた。
「えっ…」
「いや…あの…人の名前ですよね…?ア、アタシはそんな名前じゃないので…」
「……そ、そうですか」
どうやら僕のことには気づいてないようだ。
反応からして、彼女もシティではそれなりの有名人なようだが…?プライベートではその素性を隠していたい様子。これは僕にとっては好都合な状況だ。
「あの、わらび餅のお店の場所を知りたいんですけど…ご存知だったりします?」
「知りませんね…すいません、お力になれず…」
いえいえ、とお辞儀をするマイカから離れるべく、僕は走り去ろうとする。
「ちょ、ちょっと待ってください」
「…!?」
が、今度は腕を掴んで止められた。
そして、マイカはおもむろにサングラスとマスクを取った。見覚えのある、色白で端正な顔立ちが出てくる。
「ごめんなさい。嘘吐きました。アタシが吉良マイカです」
「…は、はあ、どうも」
「アタシのこと知ってるってことは、雑誌とかで見たってことですかね…?ファンの方だったりします…?」
「……」
思わず押し黙る。
雑誌?ファン?マイカがどういう方面で有名なのか全く分からない。一か八か、雰囲気で話を合わせてみよう。
「まあ…はい…見覚えある、髪色だなと思いまして…」
「やっぱり…!ひゃー…アタシってばやっぱ有名人なんだー…!えへへへ…」
マイカは小さく飛び跳ね、口に手を当て喜んだ。
嬉しそうで何よりだが、僕は一刻も早くわらび餅を買って帰りたいのだ。面倒なことになる前にさっさとこの場を…。
「ねぇ、ファンならアタシのサインとか…」
「──────おい!シンイチ!何をしておる!わらび餅はこっちだぞ!」
そうこうしていると、イチカが走って戻って来てしまった。
「ほれさっさと来んか!まだ列もできておらん!今のうちじゃ!」
「ねぇ、今わらび餅って言ってたけど…」
「む…?誰じゃ貴様」
「ど、読者モデルで有名な吉良マイカです…知ってる?」
「知らん」
無惨なまでの一蹴。
イチカの冷たい一言が効いたのか、マイカはその場でがっくりと肩を落とした。そして、恥ずかしくなったのか、取り出そうとしていた色紙や、持っていたマスクとサングラスをこそこそとしまい始めた。
「とっとと行くぞ。わらび餅は待ってくれん」
「あっ、あの…それアタシもついて行っていい、かな?そのわらび餅のお店アタシも探してて」
「む?わしの邪魔をせんなら勝手にせい」
イチカはそう言うと、僕の手を強引に引っ張り始める。歩みは強制的にアーケード街の奥へと。
そして、その後にはマイカまでついてくる。まだ、僕のことに気づいていないからいいが、状況的にはあまりよろしくない。何かの拍子に、急に気づかれてもおかしくないだろう。
「お二人は兄妹か何かですか?」
「……」
僕はできるだけ口を噤んだ。
「あ、あの…?」
「…?シンイチ、何を黙っておる。言ったやらんか、わしと貴様はほぼ赤の他人だとな」
「え…?赤の他人なの?」
「今日初めて会った。強いて言うならお隣さんじゃ」
「ああ、お隣さん」
「ちなみに、わしは亜人学校の寮に住んでおる」
「へぇ…亜人学校の……ん?それって要するに女子校の寮で…ん?お隣さん?それって、隣にある建物ってこと?」
「いや?普通に隣の部屋だが」
「やめて!事実だけど、ちょっとは掻い摘んで話してよ。僕ただの変態になっちゃうって」
思わず口出しをしてしまう。
焦っている僕のことをイチカは不思議そうな顔で見てくる。悪気はなかったようだが、ないぶん余計にタチが悪い。
「ええと、とりあえず変態ではないって、ことですかね…」
「そういうこと、です…」
「そういう貴様は何者じゃ?見目好い容姿をしておるが、何かの有名人か?」
「えっ、へへへへ…そう?わかっちゃう?そうなの。結構アタシ有名人」
「なんの有名人かと聞いておるんじゃが」
「えー…自分で言うのも恥ずかしいしー、ファンのお兄さんに説明してもらおうかなー…?」
「…?ファン?そうなのかシンイチ」
「はっ?僕?」
最悪だ。
ファンだとは一言も言っていないはずだが、どうもマイカの頭の中で都合よく変換されてるようだ。
ここでファンではないとハッキリ言ってしまいたいが。
「えへへ、お願いしますよお兄さ〜ん♡」
異様に機嫌が良いマイカを前にすると、言えなくなってしまった。かつてここまで笑顔な彼女を見たことがあっただろうか。僕はない。何故なら“サナダ”だった僕の前では、基本的に彼女は緊張したような態度だったからだ。
「この人は…ドクシャモデルデ、ユウメイナ、キラマイカサンデス」
「マイカさんでーす♪」
「なんでカタコトなんじゃ」
マイカは嬉しそうにピースをする。
感情を殺して話した。
今度から、嫌だと思ったことは嫌だと言えるような、そんな人間を目指したい。僕は目指したい。できるだけ。




