96話 雨の日はわらび餅
イチカが散らかした部屋を一通り片付け終えた頃、イチカは横になって新たにスナック菓子の封を切っていた。
姿は同じでも、だらしのない仕草はタマとは似ても似つかない。
「…ん?なんじゃその目は」
僕が険しい表情で見ていると、イチカは気の抜け切った顔で振り向いた。
「だらしないなと思って」
「よく言われるの。いいじゃろ自分の家なんじゃから」
「散らかったのを片付けるのは僕なんだけど」
「おお、それは…んむっ…すまんのぉ」
悪びれもせずに菓子を口に放り込むと、イチカは汚れた手でテレビを点けた。
テレビには“明星シティ”の今の様子が亜人のアナウンサーによって報道されており…。
「…テレビなんてやってるのか」
「ん…?そりゃ、やってるじゃろ。別に、外は雨降っとるだけじゃし。何も変わったことは起きとらん」
「他にチャンネルとかあるのか?」
「ない。1つだけじゃ…貴様そんなことも知らんのか?」
「あ、ああ…普通に知らなかった」
“明星ステーション”と画面の右上には凝ったロゴがアニメーションにより小さく動いている。
本当に、この都市には色々あるみたいだ。
感心しながら画面を見ていると、突然画面に見知った顔が登場する。
「…ん?」
『今日も皆さんご存知インフルエンサーのMI-Aさんに、こんな雨の日だからこそ食べたくなるようなスイーツをご紹介いただこうと思います!』
『はーい!どうもどうも!MI-Aでーす!今日はこんなジメーっとした日だからこそ出かけたいって人にオススメのスイーツのお店を───』
「ほー…この女、最近どこでも見るのぉ…」
テレビに映っていたのは蘭ミアであった。
3年前よりも少し大人びた姿で、慣れた調子で話している。まさか、再び見えるのがテレビの画面上でとは。
インフルエンサーと銘打っているのだから、彼女のような存在こそ、僕が1番会ってはならない亜人だろう。
生放送みたいなので、今映っているこの場所だけは行ってはいけない。
『───んーっ!このわらび餅が最高なんですよー!このプルプルの食感にお店特製の黒蜜が合ってて』
画面のミアは何やらカラフルなわらび餅を美味しそうに頬張っている。我流で新聞記事を作っていた技術が活かされているのだろうか。食レポまでする彼女の姿はどこかイキイキいているように見える。
元気そうにやっているようで何よりである。
「…食べたい」
「え…?」
「食べたい、わしこれ食べたいぞ!のお!貴様も食べたいじゃろ?!このわらび餅!」
「まあ美味しそうだとは思うけど。わらび餅くらい、適当にスーパーとかで買って来たら?」
「嫌じゃ!このわらび餅がいい!」
「…じゃあ行きなよ。僕はついて行かない」
「む、それがそうもいかん。わしは外に出る時は、誰かしらの知り合いと行動するようにと、タマから言われておるんじゃ。じゃから、ついて来い!今すぐ支度じゃ!」
「えぇ…?い、いやいや、待ちなよ。こんなわらび餅くらいいつでも食べれ───」
『このカラフルなわらび餅、数量限定です!食べたいと思ったなら、今すぐお店に行くべきですよ!』
「…いつでも、なんじゃって?」
イチカがニヤニヤとした笑みをこちらに向けてくる。
断ろうものなら、きっとまた僕の社会的地位を脅かしに来るだろう。ユユからは外に出るなと言われているが…。
ユユからの信用を失うか、僕の社会的な死か。
天秤にかけるまでもない。
「…着替えてくる」
「ふふん!よくぞ言った!それでこそわしの家来じゃ」
「誰が家来だ。誰が…」
ため息に紛れて舌打ちをする。
見た目がタマなだけあって、どうも強く言えない。
何故こうも“シンイチ”を名乗ってからというもの、受難が多いのか…。
〜〜〜〜〜〜
「わらっび餅♪わらび餅♪」
イチカは上機嫌に手を振りながら街を歩く。
僕はその横で彼女に雨が当たらないように傘をさしていた。
異性との相合傘は人生初だが、こうもときめかないものなのか。
「ふっふふーん♪…あっ、しまった。財布を忘れてしもうた」
「いいよ。僕が払うから。お金はあるし」
「おお!ほんとか!太っ腹じゃなシンイチ!」
「その代わりと言ってはなんだけど、お巡りさんとかに捕まったらちゃんとフォロー頼むよ」
「おお、おお、よく分からんが任せておけ」
屈託のない笑顔で返事を返される。
悪い子ではないようだ。根の性格はタマと同じで素直。だが、わがままで奔放。
普段のタマがバカがつくほど真面目なので、もうひとつの人格で帳尻を合わせているのかもしれない。
というかそもそも、雨の日に別の人格が現れるのは、亜人の能力的な部分なのだろうか。それともタマのトラウマ的な何かなのだろうか。
わざわざ雨の日に現れるということは、雨の日に何かあったに違いないが…。
『──────イチ』
雨の音。
救急車のサイレン。
血まみれの体。
雨の日と言えば、僕も──────
「何をぼーっとしておる。もう着いたぞ」
「…あ、ごめん。ちょっと考え事してた」
「この状況でわらび餅以外で考え事をするやつがあるか!まだハイエナ共は集まっておらんようじゃ。さっさと買って帰るぞっ」
「はいはい…って、急に走ったら危ないよって!」
雨の当たらないアーケード街へと入った途端、急に走り出すイチカ。慌てて傘を畳んで、その後を追いかけようとした。
「──────ちょっとすいません」
そんなところを、呼び止められる。
止まっている間にもイチカの背はどんどん遠ざかっていくが、まだ見えているので一度止まり、声の方へと顔を向けた。
「はい、なんでしょ…うか」
「わらび餅のお店?みたいのを探してるんですけど、どこか知ってます?」
話しかけてきた亜人の髪色は桃色だった。
顔はサングラスとマスクで覆われており、ほとんど見えないが、僕はその声を聞いた途端にある名前が頭をよぎった。
「吉良マイカ…さん…」
「えっ…?い、いいや、いや、ひっ、人違いです」
思わず名前を口に出してしまった。
そのうわずった声から間違いなく、彼女だと確信できた。




