95話 二又
しとしと、雨が降る日。
暑さと湿気に顔を顰めながら、僕はユユの部屋を訪ねていた。昨日に来ていた人物のことを伝えるためだ。
赤と黒の派手髪からの伝言は“西からの使者が来た”
これを伝えると、ユユはすぐに頭を抱え始める。
「……シンイチさん。その人と会話した?」
「え…?ちょっとはしたけど…」
「はぁ…しまった…まさか連絡もなしに来るとは…」
「…?なんだ、何か不都合なことがあったか」
「…いや、気にしないで…くっそ…ごめんなんだけど、とりあえず今日シンイチさんは外には出ないようにしてもらえる?」
「はあ…?なんでだ」
「今日その人と話つけてくるから…とりあえずそれが終わるまでは、ということで」
何か分からんが、あの派手髪の唐突な訪問はユユにとってかなり都合の悪い出来事だったようで。ユユは分かりやすく、疲れたような表情になっていた。
「今日買い出し行くつもりだったんだけど」
「いいじゃん雨だし。今日は大人しくしててよ。晩御飯は私が帰りに何か適当に買ってくるからさ…お昼は、タマちゃんを頼ってよ。今日は家にいるはずだから」
「本当に今日だけだよね?なら、いいけど」
「…あ、そうだ。今日はちょうどいいし、タマちゃんの面倒もついでに見てくれない?」
「どちらかというと、僕が面倒見られる側じゃない?」
「それはどうかな?とりあえず、タマちゃんは任せたから!それじゃ、戸締りよろしくね」
そう言うとユユは部屋の鍵を置いてさっさと外へと出て行ってしまった。
しんと静まり返る部屋には、雨の降る音だけが延々響いている。
知り合いだとはいえ、不用心すぎる気がする。
かといって、僕が何かを盗む気はさらさらないわけだが。
ぐぅ〜
腹の虫が鳴る。
そういえば、まだ朝飯を食べていない。昼飯共々、タマの世話になることを伝えに行かなければ。
窓と扉をしっかり閉じ、ユユの部屋を出た。
廊下を出ると、雨に濡れる木々が葉を揺らしているのが見えた。
僕は雨が好きだった。
傘は自分のパーソナルスペースを主張してくれる。同じく傘をさす人々は、それ以上近づこうとはしないから。絶え間なく落ちる雫は、自分と外界を閉じる帳のようで安心する。
「…屋内じゃあんまり関係ないか」
タマの部屋のインターホンを鳴らした。
この時間帯、タマは起きており、大概は僕の分の朝飯を既に作り終わっているくらいの時間だ。
予想していた通り、扉へと近づく足音が聞こえてくる。
ガチャ
「タマちゃん、おは──────」
「──────誰じゃ貴様は」
現れたのはパジャマ姿で不機嫌そうに目を擦る亜人の姿。
睨むような目つきで僕を見ている。
「…すいません間違えました」
「は…?」
すぐさま僕は扉を閉め、部屋の番号を見直した。
書いてあるのは間違いなくタマの部屋番号。
はて、扉から現れるのはタマのはずだが、今出てきたのはタマのようでタマではなかった。
「…一旦出直すか?」
「おい、待つのじゃ」
その場から離れようとしたところ、扉から伸びてきた手が僕を引き止めた。
「貴様がユユの代わりに来たんじゃろ。相手をせい」
「いや、ユユからは何も聞いてない。この辺に住んでたはずのタマという亜人の世話は頼まれたが」
「わしのことじゃ。部屋は間違えとらん」
「お前がタマちゃんだって…?」
確かに、顔をまじまじと観察してみると、目つきは違えど、他はタマにそっくりだと分かる。だとして…彼女は何なのか。
「わしのことを知る者は皆、わしのことをこう呼ぶ…根川のイチカとな」
「イチカ…?タマちゃんの姉妹か何かか?」
「あたらずとも遠からず。わしはタマのもうひとつの人格じゃ。雨の日によく出る」
「…二重人格的な?」
「的、というよりそのもの。ワシはタマの中に眠るもう1人の亜人なのじゃ」
そんな重要そうなこと、ユユから一言も聞いていない。
かなりの面倒事を押しつけられたみたいだ。
奇人、変人にはいくらか会えど、二重人格の亜人など、どう接していいのかも分からない。
「いいから入れ。わしは困っておる」
「離せよ。入るから、分かったから」
僕はため息を吐きながら、仕方なくイチカに部屋へと招かれる。
入ると、普段のタマの部屋からは考えられないほどに散らかっていた。主に、食べかけのまま床に置かれたお菓子の袋が散乱していた。
二重人格なのかは置いといて、タマとは別人なのは間違いなさそうだ。
「よし…さあ、片せ」
「嫌なんだけど」
「じゃあ帰れ」
「はい」
「待て帰るな!」
「なんなんだよお前!!」
イチカは不機嫌そうに頬を膨らませる。
タマは頼んでもないのに、僕の部屋を掃除するくらいだというのに、イチカは真逆の性格のようだ。
「ユユならばさっさと片していたぞ」
「そう?僕はユユみたいにお人好しじゃないんでね。悪いけど、君のわがままには付き合わないよ」
「なにィ…?貴様、わしに逆らえばどうなるか分かっておるのか」
「分からない」
イチカがパチンと指を鳴らすと、その手元に小さく火が灯った。
そういう能力なのだろうか。
イチカは指先に灯った火を得意げに見せてくる。
「燃やす。わしの火力はここら一帯を焼け野原にするぞ」
「それしたら困るのは君の方でしょ…」
「ふむ、わしの火にビビらんか…ならば──────」
イチカはうんと考え込んだと思うと、ポンと手をついた。
「──────叫ぶ。“変態が部屋に上がり込んで来た”とな」
「…最悪なんだけど」
「ふふん、さあ片せ。今ならばまだ、無礼を許すぞ」
「はぁーあ…」
深くため息をつきながら、部屋に散らかっているゴミを回収し始める。今日も、最悪の一日になりそうである。




