94話 保護者
冷蔵庫を閉める音。
椅子に座らされた僕の前で、クルネはテキパキとティータイムの準備を進めていた。
「今の君はコーヒーと紅茶、どっちが好きなんだい?」
「紅茶」
「ふふ、そこは変わらないんだね…」
クルネは心底嬉しそうに紅茶をカップへと注いだ。
隣にあるもうひとつのカップには既にココアが満たされていた。
お茶請けにはどら焼きが用意されていた。
「悪いね。なんか統一感なくて」
「…別に。食べられるものならなんでもいいよ」
「ふふ…」
「ありがとう……それと、ごめん」
「そんな申し訳なさそうな顔しないでくれよ。今は再会を喜ぼうじゃないか」
僕はクルネに負い目を感じていた。
彼女には、叔父に続き僕の死までも見届けさせてしまった。正直、死ぬ直後までは“もう死ぬのだから関係ない”なんて思っていたが、こうして生き返って対面してみると、クルネにはもう頭が上がらないような思いであった。
「何か聞こうってわけじゃないよ。少しだけ、少しだけ世間話をしよう…と言っても、君は今の世間をそこまで知らないかな」
「知らないね。まだここに来て、1週間も経ってない」
「そんな最近なのかい…驚いたろ?あの発展ぶり。ほとんど君とミルモ君によるものさ」
「あれをミルモと僕が…?」
「あの日サナダ君が死んだ後ミルモ君は彼を取り込み、“因子”を作った。AC因子のように人間の身体に影響するものではなく、人間の精神に影響するようなものをね」
「僕の“差別のない意識”を因子として広める、ってミルモは言ってた気がする」
「そう。そのおかげで、各地の亜人と人間は手を取り合い、集まり、こうして都市を作るまでに発展した…だから、君とミルモ君のおかげ」
「…僕は死んでただけだけど」
「名誉ある死ってわけだ…誰も望んじゃいなかったけど」
クルネは僕を見つめ、ニコリと笑った。
「ねぇ、ハグしてもいいかい?」
「えぇ…?言っとくけど、多分君より僕の方が年上だよ?」
「だから何さ」
「はぁ…いいけど」
そう言うと、クルネは心底愛おしそうに僕に抱きついた。彼女にとって僕は何なのだろうか。
ココアの香りが彼女から漂ってきていた。
「よかった。生きてて」
「死んだけど」
「今生きてるからいいんだよ」
クルネはポンポンと僕の背を叩くと、ゆっくり僕から離れた。
「満足した?」
「うん。もう1年くらいは君の顔見なくてもよさそうだよ」
「そりゃ結構で」
「へへ、嘘だよ。またいつでも来てくれよ。いつもここにいるわけじゃないけど」
「…そうだ。クルネ、マジで先生になったの?」
「いや?そう呼ばれてるだけで普通に生徒だよ。能力が能力だから、たまに手伝いに来るんだよね…いるだけでお金も貰えるから結構いいんだよこれが」
「ああそう…元気にやってんなら何より」
僕は椅子から立ち上がり、コップに残っていた紅茶を一気に飲み干した。
「あ、連絡先交換しとく?万が一何かあった時に」
「あー…ああいう機械には疎くてね…普段は持ち歩いてないんだ」
「じゃあ何か書くもの書くもの…」
「いつものメモ帳は持ってないのかい?」
「あんな露骨なキャラ付け、もうやってないよ。僕はもう、サナダじゃないんだから」
「…キャラ付けね。私以外の亜人の子にはもう会ったのかい?」
「ユユとバンド娘だけだ」
僕は目に付いたコピー用紙に、自分の連絡先を記してクルネに渡した。クルネはそれが何か理解していないのか、終始それを見て首を傾げていた。
「じゃあ、もう行くよ。また暇になったら来るかも」
「ああ、期待せずに待っとくよ…シンイチくん」
最後までクルネは僕のことをシンイチと呼んだ。
まるで僕の意図を汲んでそうしているかのように。
いや、実際に汲んでくれているのだ。
ボクはもうサナダではないということを。
〜〜〜〜〜〜
ユユから頼まれたクリアファイルには、ユユが“セントラル”に入学するための手続き書類が収められていた。
個人情報の塊だ。正直持っていたくない。こんなものを人に取りに行かせるなんてどうかしてる。
僕はクリアファイルを持ってすぐさま寮へと戻った。
コン コン コン
扉をノックする音。
3階に上がると、そんな音が辺りをこだましていた。叩かれているのは、ユユの部屋だ。
「おい!透明女!約束のブツはどうした!」
見ると、黒と赤が入り交じった頭髪の人間が不機嫌そうな顔でドアを叩いていた。
「チッ、留守か──────ん?おい、そこの」
「えぇ、ぼ、僕ですか?」
「ここのヤツ、どこに行ったか知らないか」
彼だか、彼女だかよく分からない派手な髪の者はすぐさま僕の方まで詰め寄ってきた。
「五十棲ユユという亜人だ。この時間帯はいつもいないのか」
「いや、今日はなんか用事があるとかでいないって聞いてますけど…」
「なに…?入れ違いか…?まあいい。もし会ったら“西から使者が来た”と伝えておけ」
「えぇ、いきなりそんな」
「では、頼んだからな。ん…?お前、どこかで…」
中性的な顔立ちの者は、急に僕の顔をまじまじと観察し始めた。が、しばらくもすると首を傾げ、すぐその場から離れて行った。
何気ない行動ですら、凄みを感じられる。
そんな知り合いに覚えはないはずだが、僕はあの者にどこかで会ったような気がしていた。だが、いくら思い出そうとしていても、その顔を見た覚えは全くなかった。




