92話 エイリアン捕縛
校舎内は夏休みというのもあって、しんと静まり返っていた。一目で廊下の向こう側まで容易に見渡せる。階は4階まであり、階ごとに9部屋くらい。
傷一つない床。
歩いて回れば、目的の生徒会室はすぐ見つかるだろう。
歩みを始め、部屋の前を1つずつ過ぎていく。
明かりのついた部屋からは、キャイキャイと騒ぐ声が聞こえてくる。
許可証があるにせよ、怪しい男がうろついていることには変わりない。僕は足を早めた。
ガラッ
と、いうところで部屋の扉は突然開けられた。
「ちょっと行って来るね──────わっ!シンイチさん?!」
「…ああ、よかった。タマちゃんか…」
いつも見る、エプロン姿のタマが部屋から出てきた。
知り合いなので状況は幾分もマシか。
「なんで学校にいるんですか?わざわざ許可証まで…」
「ユユから頼み事をされてね。生徒会室に行かなきゃなんだけど、どの辺か知ってる?」
「案内します!ついてきて下さい!」
鼻息を荒くして、タマは僕の手を引いて歩いていく。
彼女の着たエプロンからは和出汁の匂いがしていた。
「タマちゃんは、お料理部的な感じ?」
「ええ、料理研究部です!今ユユ先輩の進級祝いの準備中で…あ、ユユ先輩には言っちゃダメですよ?!」
「言わないよ。てか、進級祝い?この時期に?」
「ええ、ユユ先輩の誕生日は今月ですから…って、シンイチさんはここの仕組み知らないんでしたっけ」
「僕の知ってる進級って文化は、大概4月頃に行われるんだけど」
「“明星シティ”では、15歳までの亜人を下級生。16歳から上級生として扱います。上級生になりますと、シティ中央にある“セントラル”と呼ばれる学校に通うことになるんです」
「16歳になったら、なのね」
「そう。ですから一斉に入学、という感じではないんです。少し大変です」
「なるほどね…ちなみにユユには何を振る舞うつもりなの?」
「それはもちろん、ユユ先輩の大好物の…」
「大好物の」
「湯豆腐です」
「研究するほどの料理ではないね」
そうこうしているうちに“生徒会室”と記された札が下がっている部屋に着いた。小綺麗な扉の向こうから、人の気配はしない。入るなら今のうちか。
「サンキュータマちゃん。今度なにか奢るよ」
人からもらった金で。
「いえいえ!私もこの階に来る用事があったので!それでは!また海ディのライブ行きましょうね!」
「あー…うん。おっけー…」
タマは手を振りながら、駆け足で廊下を行く。
レンからもらったチケットはアリーナ席の最前線。多分、タマと隣の席には並べないだろうけど。僕は少し困った顔で手を振り返した。
タマの背中がどこかの部屋に入っていくのを見届けてから、僕も生徒会室へと入った。
「生徒会室なんて、初めて入るぞ…」
質の良さそうな椅子。
質の良さそうな机。
質の良さそうな本棚。
生徒会室に置かれていたのは、全体的に学生が使うとは思えないような備品ばかり。どれも新品のように綺麗だ。今にして思えば、全体的に学校が綺麗見えた、やはり建てられて間もないからだろう。1年しか歴史がない学校というのも、これはこれで珍しい。
ふと、生徒会室の机に置かれたクリアファイルに目が留まる。ユユの言っていた忘れ物だ。
僕はクリアファイルへと手を伸ばした。
「──────何をしている」
クリアファイルに触れるか触れないかのタイミングで、僕を呼び止める声がした。
振り返ると、灰色のツインテール女がいた。
超、僕を睨んでいる。
「……こ、こんにちわ〜」
「堂々としたこそ泥だ。人間のくせに亜人学校に忍び込むとは、いい度胸じゃないか」
「こそ泥ではないんですけど…ほら、入構許可証」
首に下げていた許可証を掲げる。
が、ツインテール女はそれを鼻で笑った。
「その許可証はいつ発行したものだ」
「えっ…?えーと、2日前くらいか」
「ウチ、というか学校の入構許可証は基本的に当日しか効かん。その許可証はすでに失効済みだ」
「えぇっ?!いやいやいや待った!待った!これはユユに貰ったものだ!五十棲ユユ!分かるか?!信頼できるだろ?!」
「ユユは有名人だ。名を騙るなど誰にでもできる」
「はっ?!…えっ……とぉ……いやマジで、ユユと知り合いなんだって、今日もアイツの忘れ物取りに来ただけでさぁ…」
「ふむ…だが確かに、2日前に許可証を発行し、知り合いに渡すとか言ってた気はする…ユユのことだ。失効のことを忘れるのも有り得る話だ」
「…!な?!そうでしょ!?」
「だが貴様が怪しいのも確か…ふむ…ここは1つ、先生の力を借りるか」
そう言うと彼女は僕の手首を強く掴み、半ば引きずるようにして、僕を連れていく。
「ど、どこに連れていくんでしょーか…」
「保健室だ。ウチの保険の先生は少し変わっていてな。貴様の正体など瞬く間に暴いてしまう」
「は、はあ…疑いが晴れるならいいけど…」
「キビキビ歩け」
急かされるままに、連行されていく。
そう言って連れて行かれたのは、彼女の言った通り保健室。入ると、消毒液由来の独特な匂いが辺りを漂いだした。
「先生!先生ー!怪しいヤツを捕まえたぞ!」
「あーはいはい…元気だねぇ君は…」
彼女が部屋中に声を投げると。
カーテンに囲まれたベッドから、白衣姿の亜人が姿を現した。
クリーム色の頭髪。
僕は彼女の姿に、見覚えがあった。
「どうかしたのかい」
「クルネ先生。見ろ。不審者だ」
「……。」
「…確かに、不審者みたいだねぇ」
立石クルネは僕を見て、薄く微笑んだ。
それは僕も知っている、クルネが何かを企んでいる時に良くする顔だった。




