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90話 深淵からの捕縛


 僕は身体を動かせず、声も出せず、なんの抵抗もできないまま、レンに担がれてどこかへ運ばれて行った。

 向かう先はドーム内、裏にあった“関係者以外立ち入り禁止”の張り紙がされた扉へと入り、その先にある一室へと、レンは入っていった。


「──────皆ー、野生のサナダさん捕まえてきたよー!」

「野生のサナダ〜?あ〜いるいる、この季節はたまにいるよね〜」

「…草むらから飛び出す…よな…」


 部屋にいたケリンとレヴィオは、レンの方に見向きもせず、ただ興味なさげに端末をいじっていた。


「もー!本当なんだって!ほら、見て!」


 レンは身動きが取れないままの僕を椅子へと座らせ、2人に呼びかけた。

 流石に気になったのか、ケリンとレヴィオは端末を置き、座っている僕の様子を見に来た。


「ね!!」

「…えっと…誰…?」

「レンちゃ〜ん、誰よこの人〜。知らない人連れてきちゃダメだよ〜」

「むっ、サナダさん。黙ってないで何か喋ってみてください」

「……!………。」

「あっ、能力効いたままだった」


 レンが僕の顔に触れると、身体にあった金縛りのような感覚が解けていった。


「んっ、ん゛ん…!あの、多分人違いだと思います」

「ほら!サナダさんの声だよ!」

「ん〜、確かに似てるけど〜」

「…この人は…人違いって言ってるけど…」

「わっ、わかんないの?!サナダさん!普通に喋ってくださいよ!」

「普通にって、言われましても…」


 もうバレているかもしれないが、僕はまだ粘る。最後の最後まで、僕は白を切るつもりだった。


「もう!白々しいですって!」

「レンちゃ〜ん。レンちゃんの耳が良いのは知ってるけどさ〜。同じ声の人がいるからって、それがサナダさんとは限らなくな〜い?」

「…顔も似てるかもだけど、他人の空似かも…」

「そんなわけ、ないし…絶対この人がサナダさんだもん…」

「…喋り方も…結構違う…」

「だからそれは声作ってるだけで、本当は…」

「…いやでもさ〜サナダさんって、ほら、3年前にさ〜」

「そ、そうだね…」

「う……!ううう…ちゃう、ちゃうし……サナダさんが、私たち置いて、死ぬわけないし……!」


 とうとう泣き出してしまうレン。

 ケリンは困った表情で、レンの背をさすり、レヴィオはオロオロと部屋中を見回していた。

 流石に申し訳ない気持ちになってきた。


「落ち着きなよ…も〜、サナダさんのことになるとすぐに泣き出しちゃうんだから〜」

「う、ううう…ケリンちゃんがそんなこと言うから…!」

「はいはいごめんね〜…お兄さんも迷惑かけてごめんなさ〜い、この子亡くなった知り合いの人のことまだ引きずってて〜」

「…いえ、僕の方こそごめんなさい。なんか、紛らわしい声してたみたいで…」

「いえいえ全然〜……ん?なになに、レンちゃんなんて?…え〜マジで〜?」


 レンが何やらケリンに耳打ちして何か話している。しばらくもすると、レヴィオが部屋のロッカーにしまってあった紙袋を僕に渡してきた。


「…すみません…少しだけ付き合ってくれませんか…」

「えっ、な、なんですかこれ?」

「…服が入ってます…一回これに着替えて貰えますか…?」

「はっ、はぁ…これって…」


 紙袋の中身を覗いてみると、入っていたのは白衣とスラックス。“サナダ”だった頃に着ていた物と全く同じものだった。


「…お願いします…これ着たら…泣き止む…らしいので…」

「な、なるほど…」


 レンを見ると、すすり泣きながらも、顔を覆っている指の隙間から僕の方をじっと見ていた。まだ諦めていない。というか、僕が“サナダ”だと信じて疑っていない様子だ。2人に一度否定されたというのに。


「あの、僕疲れてて…」

「…すいません…すぐ終わるので…お願いします…」


 レヴィオは申し訳なさそうな顔で何度もお辞儀する。ここまでお願いされて、何もせずに帰った方が怪しまれるような気がする。


「…わ、かりました」


 僕はいちかばちか、着てみることにした。

 髪型は変えている。サングラスもしている。何とでもなるはずだ。これで瓜二つだとしても、“サナダ”だという確信は持てないはずだ。

 別室へ移り、白衣とスラックスを着てから、3人の前へと出た。


「──────ど、どうでしょうか」

「……ん〜?」

「……これは…」


 と、流石にこれはダメだったのか。僕の白衣姿を見た途端に、2人の表情は変わった。

 冷や汗が、僕の背を伝う。


「…そのサングラス…取ってみてください…」

「……はい」

「…他人の空似にしては…」

「ちょっと似すぎかな〜?」

「…お兄さん…お名前は…」

「シンイチって、言いますけど」

「…サナダの下の名前とは違う…」

「あれ〜?サナダは何て名前だっけ〜?」

「…たしか──────」

「あ、あの!!もういいですか?帰りたいんですけど…」

「…あっ…はい…すいませんでした…また…ライブ来てくださいね…」


 二度と来る気はない。

 白衣とスラックスを置き、その場を離れようと、踵を帰したその時──────背後から肩を掴まれた。


「シンイチさん、でしたよね?」

「…は、はい」

「連絡先、交換しときません?」


 その後、半ば無理矢理に端末の連絡先を交換させられた挙句、次のライブのチケットを渡された。

 次のライブに来なかったら、直接家に来るんだそうな。

 僕は一連の流れを苦笑い返しながら、その場から逃げるように去っていった。


 控えめに言って、災難の1日であった。


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