89話 海色ストライク
最後の最後まで盛り上がりを維持しながら、海色ディーヴァのライブは閉幕した。計20曲。メンバー3人は疲れの色すら見せず、ライブを終えると満足気に話し、颯爽とその場を去って行った。
「来て良かったでずぅぅぅぅ…!!」
感涙に咽び泣く者。
「最っ高だった!帰って絶対鬼リピする!絶対!」
興奮冷めやらぬ者。
「……ああ、終わったん、ですね」
放心状態の者。
反応こそ人それぞれだが、周囲を見ても不満そうな様子の者は1人もいない。かく言う私も、来てよかったとそれなりに思えている。3年前と比べれば、全体的にクオリティも上がっていたし、3人から成長が感じられた。3年も続ければ、そりゃそうなのかもしれないが。
「…覚えてるもんだな」
どうも3人は“サナダ”のことを覚えている様子だった。ファンの間では、変異生物の猪に轢き殺されたマネージャーとして広まっており、“SA・NA・DA”はそんなマネージャーへの鎮魂歌だと思われてるらしい。
「アイツらは盛り上がるから歌ってるんだろうけど…」
「グスッ……ジンイヂざん、どうでしたか、海ディは」
「…いやー超よかったね。今度あったらまた誘ってよ。チケットは自分で取るからさ」
「はい!もうそれは是非!いやぁ…やっぱり、海ディはどんな人にも響くんだなぁ…」
タマは感涙の涙を拭いながら、しみじみ呟く。
凄いなアイツら。歌だけでこんなに感動する人間を、僕は初めて見たかもしれない。
と、辺りを見回すと、一帯は感動の余韻に浸っている空気。僕はなんだか、いたたまれなくなり席を立った。
「…この後はどうするの?もう何もないよね?」
「そうですねぇ…もう物販も売り切れちゃってましたし…あとは帰るだけでしょうか…」
「じゃあ、僕は先に帰っとくよ。タマちゃんはお友達とゆっくりして行きな」
「あっ、はい…それでは。また、行きましょうね」
「うん。それじゃあね」
「シンイチ兄やんばいばーい」「さよならー」
3人に手を振り、その場を後にした。
まだ座席を立つ者はチラホラとしかおらず、開始直前と比べると、出口周辺はかなりガランとしていた。
僕は悠々と歩き、ドームを出た。
外は夕暮れ前といった感じで、日はまだ少し高い位置にある。タマのおかげでいい暇つぶしになった。さて、ここからどうするか。晩飯の買い物でもして──────。
「もし、そこの人」
「…?はい──────!!」
後ろから声をかけられ、思わず振り向いた。
「…こんにちわ。ライブに来てた人ですよね?」
「……えぇ、はい」
恐る恐る返事をした。
キャップとサングラス、そしてマスク。ダウンジャケットでさらに上半身も覆っているが、僕には分かる。彼女はさっきまでステージに立っていた清戸レンであった。変装してるつもりだろうか。
何故に、今の僕に近づいてくる。
「ライブ、楽しかったですか」
「ええ。とても良かったです。また来ようと思います」
「いいですねぇ。推しとか、いますか。あの3人の中で」
「…推し…?」
「お気に入りの子って意味ですよ」
「ああ…はは、いやぁ…今日初めて来たもので、まだそういうのはないですかねぇ…」
「強いて言うなら。強いて言うならで」
「甲乙つけ難いですよ。3人とも素晴らしい演奏でした」
「へぇ、そうですか…」
クソどうでもいい会話が緩やかに続く。
コイツ、どういうつもりなんだ。ファンを掴まえて、わざわざこんな話までして。暇ならさっさと帰って休めばいいものを。
「…本当に初めてですか?」
「えっ…?はい」
「本当の、本当に?」
「ええっと…あの、疲れてるのでもう帰ってもいいですか?」
「……少し、昔話がしたいんです。ダメですか?」
「えっ、いや帰るんで」
離れようとしたところで、レンは突然語り出した。僕は構うことなく、その場を離れようとした。
「『止まって』」
「がっ…!」
レンが不思議な声を発した途端、僕の体は指先から何まで完全に動かなくなった。金縛りにあったような感覚だった。
「ファンの方に能力を使ったのは初めてかもしれません。ふふ…アナタはいつも、私たちの初めてになってくれますね」
「あの、なんか誰かと勘違いしてるんじゃないですか」
「はぁ…忘れましたか?私たちがアナタに向けて初めて演奏した時、アナタはガスマスクと防護服に包まれてました」
「え…?」
「今更声色や見た目をどう取り繕ったところで、私にとってはなんのカモフラージュにもならないと言ってるんですよ。サナダさん」
動かなくなった僕の体を、レンはよいしょと担ぎ上げた。
「さて、じゃあ人気のないところに行ってお話しましょうか」
「まっ、待ってください!誰ですかサナダって!僕はシンイチです!!」
「まだとぼけるんですか…?まあお話はちゃんと事務所に行ってから聞くんで大人しくしてくださーい」
「っ、だっ、誰か!!さらわれ──────」
「『静かに』」
とうとう声すらも出せなくなる。
体も動かず、声も出ず。僕の体はそのままレンによって連れていかれてしまった。




