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88話 波打つ人


 日差し、サンサンと。

 今はちょうど昼前くらいの時間帯。

 僕はタマと共に街のメインストリートを歩いていた。


「〜♪すいませんね、シンイチさん。お昼ご飯奢ってもらっちゃって」

「気にしないでよ。今日は“ウミディ”?とやらのイベントに連れて行ってもらうわけだし。朝ごはんも作ってもらったからさ」


 昼はファストフードを美味しくいただいた。

 この“明星シティ”特有の店舗だったが、僕の過去に知るチェーン店のものとは遜色ない出来であった。

 タマはその手の食べ物は初だったらしく、今かなりご機嫌な様子だ。


「ふふ〜ん♪シンイチさん!はいこれ!」

「んぁ?なにこれ」


 渡されたのは“ハート作って!!”と白抜き文字で大きく書かれたうちわであった。裏には“海”という1文字。


「ファンサうちわです!」

「ファ…?お兄さんは知らない文化だな。これ持って何かするの?」

「私も初めて作ったのでよく分かりませんが、運が良ければこれに書かれていることをしてくれるみたいですよ!」

「してくれる…?そういう係がいるってこと?」

「係…?さあ…係は知りません」

「知らないんだ…」


 タマは首を傾げた。

 周りを見ると、私たちと同じ目的であろう人々が同じようなうちわを手に、はしゃいでいる。

 はたして“ウミディ”とは何なのか。タマが言うには、この街で知らない者はいないくらいの一大イベントらしいが。


 “海”に関するイベントなのは違いなさそう。

 が、今向かっているのはドーム、室内である。


「──────今日の“ウミディ”。水着らしいよ!マジヤバくない?!?!」

「ヤバー」


「水着…?室内だよな…?」

「ふふふ…」

「タマちゃん?知ってるなら、もう少し詳しく教えて欲しいんだけど」

「着いてからのお楽しみです。シンイチさん、きっと衝撃で目ん玉飛び出ちゃいますよ」

「目ん玉飛び出たくはないかな…」


 興奮気味に歩くタマを気にかけつつ、“ウミディ”について考察していると、いつの間にか目的地に着いていた。


 ドームの入り口前には人集りができており、そこにいるのは老若男女問わずといった感じ。皆、整理番号に従って列を作っている。

 タマはおもむろにチケットを取り出し、僕に渡した。


「はい、これシンイチさんの分のチケットです!」

「どうも。ええと、僕らの番号は──────」


 ドームの入口へと向かいながら、チケットへと目を落とす。


 その時になって僕は気づいた。“ウミディ”とは何なのか。今僕は何に参加しようとしていたのか。


「──────う、“海色ディーヴァin明星シティ 特別サマーライブ”だと…?!」

「ひひひっ!!楽しみですねぇ!海ディのライブ!私初めてなんですよ!さあ早速並びに行きましょう!!こっちです!」

「あっ、ちょっと、待っ……」


 タマに手を引かれ、列へと並んだ。

 引き返そうにも、いつの間に背後は迫る人の波によって阻まれている。


 なんということだ。

 気づけるタイミングはいつでもあった。

 “ウミディ”という略称。ファンサうちわ。ドームでの開催。どれも考えてみれば、ヤツらのライブの話ではないか。

 よく観察して見ると、周りの人間は“海色ディーヴァ”のロゴの入ったTシャツを着ている。


「……ん?」


 万事休す…と、思ったがそんなことはない。

 よくよく考えてみればこの人混みの中から僕だけを見つけるなんてできるはずがのい。ライブする側からすれば、僕一人なんぞ豆粒みたいに見えることだろう。それに見つけたとして、僕の見た目は“サナダ”の頃から大きくかけ離れているので、まず分からない。そもそも彼女らが私のことを覚えているかどうかも怪しい。


「案外、大丈夫か…?」

「何ボーッとしてるんですか。列が進んでますよ」

「ああ、ごめんごめん」


 タマに急かされながらも、列を進んでいった。

 ドーム内は冷房が効いており、丁度いい温度。

 中にあった、物販をしていたっぽい場所にはもう何も残されていなかった。

 そこから人混みを抜け、席の並ぶ会場へと入ると、いきなり広々とした空間へと出た。見渡す限りの座席は数えるのも億劫なほど。


「うわぁ…凄い!ここでライブするんですね!!」

「そうねー。さて僕たちの席は、と…」

「──────あっ、タマちゃん!」

「タマコ!」


 と、遠くから走ってくる女生徒2人。メガネと短髪。タマと合流すると、2人してタマに手を合わせた。


「ニオちゃん!アカリちゃん!」

「タマちゃん来てたのー?言ってよー」

「びっくりした!タマコ初なんじゃないか?!海ディのライブ!」

「そうなの!もうドキドキでー」

「もう、教えてくれたら一緒に行ったのにー」

「えへへ、本当はユユ先輩と2人で行く予定だったんだけど…ちょっと忙しかったみたいで」

「ユユ先輩いっつも忙しいからな」

「…ねぇ、じゃあそこの人は誰?」


 刹那、僕の背筋が凍りつく。

 仲睦まじいやり取りを眺めていると、突然目線がこちらへと投げられた。突然現れた2人の女生徒は僕を怪訝な眼差しで見ている。


「この人はね!シンイチさん!昨日私の隣の部屋に越してきたの!」

「タマコん家の隣…?それって女子寮じゃ…」

「えっ…確かに。それってどういう…」

「…あの、五十棲ユユの親戚です…怪しいものじゃないんで。ちょっと特例で住ませてもらってるだけなんで…」

「あっ、ユユ先輩の親戚かあ」

「なーんだ」


 ユユの名前が出た途端、2人はホッと息をついた。

 危なかった。

 ユユパワーが無ければ即死だったかもしれない。サングラスかけたよく分からない男の怪しさを帳消しにしてしまうユユの威厳。何をどうしたらそこまで信頼されるというのか。


「タマちゃんは席どの辺?近いといいね」

「私とシンイチさんはスタンド席だから…あの辺かな」

「えっ、同じ!」

「なあこれって、私たち隣になるんじゃないか?」

「えっ、すごーい!」


 何やら姦しくなってきた。

 3人は大盛り上がりの様子で、席のある方向へと小走りで向かっていく。僕も、その後を追うようについて行った。


 座席はスタンド席。ドームの脇だが、比較的前の方の席になってしまった。そこから見えるステージの上には既に楽器が置いてあった。


「凄い!こんな近くで海ディが見れるんですね!夢みたい!」

「…海ディはそんなにいいの?」

「いいなんてもんじゃありません!!もう!最高なんですから!」

「そうっスよ!もう今日は忘れられない日になりますから!」

「瞬き一つもしないでください!」

「あー、はいはい…まあそれなりに期待しとくよ」


 周りの人々も今か今かとソワソワしている。

 ざっと見ても凄い人の量だ。1万はいるんじゃなかろうか。若干僕は引いている。あの3人が、こんな量の人を集めるまでになっているとは思わなかった。


「あっ、そろそろじゃない?」

「キタキタキタ!!」

「シンイチさん!1曲目からコールアンドレスポンスですからね!置いていかれないようにしてください!」

「コールアンドレスポンスって……いや、まさか、な」


 ト ン


 と、会場に灯っていた照明が一斉に落ちる。

 そして、その数秒後にスポットライトがある一点を照らした。


『──────皆さん!おっまたせしましたァァ!!』


 水着姿のレンが現れた。

 その瞬間、ドッと爆発するような歓声が起こる。


「キャァァァァ!!!!」

「イヤァァァァァァア!!」

「レンちゃぁぁぁぁん!!」


 隣の3人もそれだけでボルテージが最高潮にまで達しているようだった。


『今日は海色ディーヴァのサマーライブに来てくれてありがとうございますっ!!長々と話すのもなんですので、まずは1曲目!!いつものやつからいっちゃいましょー!!』


 ズ ド ド ン


 ドラムの音と共に、スポットライトの当たる場所が2箇所増える。ケリンとレヴィオだ。

 会場のテンションがさらに上がったと思うと、レンはマイクに向かって、思い切り叫んだ。


『SA・NA・DAァァァーーーー!!!』


 ワ ァ ァ ァ ァ ァ !!


「1曲目がそれでいいのか…」


 変わらない彼女らの勢いに、僕は思わず苦笑していた。


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