87話 騒がしそうな1日目
リ リ リ リ ン
初めて聞く、喧しいアラームの音が僕の眠りを妨げる。
不快感に舌打ちをし、呻きながらもアラームを止めた。
「……アラームなんて設定した覚えないんですけど…デフォルト設定なの…?」
まだ眠気が残っている。
目を擦りながらも、端末の画面を見た。
すると、このタイミングを狙いすましていたかのようにメッセージが飛んでくる。僕が今の連絡先を教えている者など、一人しかいない。
[早起きは三文の得ってね!]
ウィンクするスタンプと共に送られてきたのは、ユユからのメッセージ。
端末の時計は7:30を示していた。
「なんで用事もないのに早起きせにゃいかんのか…関係ない。二度寝しますよー、僕は」
端末の画面を下に伏せ、僕はもう一度ベッドで目をつぶり…。
リ リ リ リ ン !!
「っ、ああ?!なんでスヌーズ機能ついてんだよ!ふざけんな!」
10分後、再び鳴るアラームに声を荒げた。
暖かな朝。まだカーテンも付けていない窓から、容赦ない朝日が部屋に差し込んでいた。
「はぁーあ…寝る気分じゃ無くなっちゃったよ」
タンクトップとトランクス姿のまま、タオルケットをどけてベッドから下りた。
部屋にはまだ開封されていない、組立式の家具の箱が並べられている。これを一人でやらなきゃと思うと、かなり憂鬱だ。
昨日、僕は何やら復活して、この“女子寮”の一室での生活を強いられるようになった。僕がこうして生き返された理由は明らかではないが、とりあえずは数日、僕はこの街で生活しなければいけない。
「朝ごはん…冷蔵庫に何か入ってるかな…」
顔を洗ってから、備え付けの冷蔵庫を開けてみる。
何も入っていない。今開けるのが初なので当然と言えば当然か。
と、嘆息していると、端末が鳴った。
またユユからのメッセージだ。
[私は今日用事があるので、しばらくは返事できないと思います!悪しからず!]
「マジ?まだちゃんと街案内してもらってないんだけど…これマップ機能とか無いよな…?」
端末を何度かスワイプして探してみるが、それらしいアイコンは見当たらない。
「まあ、外でテキトーに食ってけばいいか。ふっ、金はあるし…」
ピンポーン
ブツブツと呟いていると、突然部屋に響いた、呼び鈴の音。
僕は一瞬飛び上がった後、すぐさま扉を開けた。
「はいはーい…って、あら?えーと、タマちゃんだっけ?」
「はい!シンイチさん!おはようございます!」
ドアの向こうにいたのはお隣さんの根川タマコだった。
長い髪を後ろで結わえ、エプロン姿でフライパンを持っていた。
昨日は僕を見て警戒の色を見せていたが、ユユから何か話を聞いて以降は大分マシになった。今では物怖じすることなく僕に話しかけてくる。
「なに?なんの用?」
「もう朝ごはんは食べましたか?」
「え…?まだだけど」
「では、私の部屋に来てください!ご馳走します!」
「えぇ…?いや、ちょっと僕を部屋に招くのはマズいんじゃない?君何歳よ」
「むっ、年齢は関係ありません!さっさと来てください!」
「ちょっ、おお、力強っ!そういえばこの子も亜人だったわ…!」
タンクトップにトランクス姿のまま、タマに手を引かれ、部屋へと連れ込まれた。
同じ寮の部屋なので、僕のと同じ作りの部屋のはずだが、置かれている家具のせいか狭く感じた。髪の毛1本も落ちていない綺麗に掃除されている。
タマは僕を座布団に座らせると、さっさとキッチンに向かって料理を初めてしまった。
教科書が並べられた机。
よく分からない、白くて丸い生き物のぬいぐるみ。
ユユからは14歳くらいの子だと聞いているが、歳相応の部屋といった感じか。
…そこに、26歳の下着姿の男。
「…あー、ユユに見られてもアウトな感じしてきたな…ねぇー。なんで急に僕なんかを部屋に呼んだのさ」
「ユユ先輩からお願いされていたので」
「何をさ」
「シンイチさんを台所に立たせないようにって」
「へ…?何それ、僕普通に料理できるんだけど」
「でも、ユユ先輩は料理をさせるとキッチンが爆発するって言ってました!」
「嘘に決まってんじゃん。あんまりアイツの言うこと信用しない方がいいかもよ」
「いえ!ユユ先輩は信用できる方です!」
「…そりゃ、見ず知らずのヤツよりかは知り合いを信用だろうけど。爆発って…」
「お待ちどうさまです!」
そう言いながら、タマはニコニコの笑顔で皿の乗ったお盆を持ってきた。
皿にはトーストとスクランブルエッグ。お盆の脇にはイチゴジャムとコップに入った牛乳が乗っていた。
ご機嫌な朝食だ…。
“明けの明星”の頃は基本的に携帯食料と水だったので、これが人に振る舞われるあたり、生活はそれなりに豊かになっているらしい。
「へぇー…じゃあいただ…いてもいいんだよね?これ」
「はい!どうぞ!」
手を合わせ、遠慮なくいただき始める。
タマはもう自分の分は食べたのか、僕の食べる姿をじっと観察していた。
「…なに、なんか気になる?」
「いえ、ユユ先輩から頼まれているので」
「え…まだなんかあんの?」
「私の部屋に来て、シンイチさんが手を出そうとしないかって」
「うん。意味わかってる?」
「…?何か持って行っちゃうってことですかね?」
「…そのうち学校で習うよ。多分」
真剣な眼差しで見つめられながら、ご機嫌な朝食に舌鼓を打った。全て平らげると、タマはさっさと流し台にまで持っていって、洗い物を始めてしまう。
ユユからお願いされただけで、見ず知らずの男にここまでするとは。ユユの顔が広いという話は本当なのかもしれない。こんな怪しい男を部屋にあげて世話を焼くなどと…きっとかなり信頼されている。
「ご馳走様でした。さて…通報される前にお兄さんは部屋に戻ろうかね」
「あっ…!あの、今ユユ先輩ってどこにいるのか知ってます?」
「えー?なんか忙しいって言ってたよ。今日は連絡しても返事はできないかもって」
「そうですか…はぁ…」
部屋を出ようとしたところ、水の流れる音に紛れて、あからさまな溜め息が聞こえてくる。
「…どったの。なんか、ユユに用事あった?僕から伝えとくけど」
別に彼女の悩みだとかの相談に乗ってやろうとは思ってない。
思ってないはずなのだが、僕は何故かそのため息の理由が妙に気になってしまっていた。
断じて、相談に乗ってやろうとかいう気ではない。“サナダ”の頃の名残を引き継ごうとか、そういう気はサラサラない。これは単なる好奇心である。
「いえ。今日しかできないことで…ユユ先輩が忙しいのなら、しょうがないです」
「…それは、何よ。念の為、ちょっと気になるからさ」
「“ウミディ”です…」
「…ん?なんて」
「“ウミディ”のイベント…2人分あるので誘おうかと思ったのですが」
「なに“ウミディ”って」
「“ウミディ”を知らないんですか?!?!」
と、タマは洗っていた食器から手を離すほどにオーバーなリアクションを取った。
「い、いや知らないけど」
「そんな!今じゃ知らない人なんていな…あ、そうか、シンイチさんは最近ここに引っ越してきたからか…」
「と、とりあえず、今日のイベントの話ってんなら、確かにユユは誘えないね…じゃ、僕はこれで」
「シンイチさん!今日は暇なんですよね?!ユユ先輩言ってましたけど!」
タマはゴム手袋を取り、僕の肩に手を置いた。
僕を見る目は何か期待に満ち満ちている。
「私と行きましょう!“ウミディ”を見に!」
最悪。
“サナダ”じゃない僕は、人に振り回されるのが1番嫌いなのだ。




