86話 ニューマイホーム
「〜♪」
鼻歌混じりに服を手に取る。
僕は試着室の中、暑苦しい白衣を脱ぎ去り、新たな衣服を手にしていた。着替え終わると、僕はご機嫌な表情で試着室を勢いよく出た。
「おまたせ〜、どーよこのコーディネート…って、あら?」
試着室から出ても、そこには誰もおらず。
僕は仕方なく着ていた服を買って、店から出た。店のすぐそばには、壁にもたれて端末をいじっているユユが立っていた。
「通貨は円なのねー…って、ねぇ。なんで外に出てんのさ…」
「これでも忙しいの。オッサンの試着見てあげられる程暇じゃ…うわっ、なにその格好」
「だーれがオッサンだ!僕は26歳のお兄さんだ!」
「えぇ…もっと地味なのにしたら…?その格好、結構目立つよ」
「派手すぎて逆に僕だって気づかれないって寸法よ」
真っ赤なアロハシャツに丸いサングラス。
肩まで伸びていたボサボサの頭髪は美容院で整え、ユユからもらったヘアゴムで後ろで結わえてあった。
“サナダ”だった頃とは、大分かけ離れた様相。いくら派手でも、これで僕だとは誰も気づくまい。
「髭伸ばすのもありだと思ったけど。あのクソ叔父思い出すから、もうさっぱり剃っちゃったわ」
「あっても無くてもオッサンはオッサンだけど」
「だからオッサンじゃねぇって!」
「──────あ、ユユ先輩!」
「本当だ!ユユ先輩、お疲れ様です!」
と、突然通りかかった女生徒達が嬉しそうにユユに声をかける。ユユは愛想のいい笑顔に切り替えると、ワントーン上げた声で返事を返す。
「お疲れ様。今から部活?頑張ってね」
ユユが手を振ると、女生徒達から黄色い歓声が上がった。
「ユ、ユユ先輩。そこにいる方は、どなたでしょうか」
「この人?私の親戚だよ。最近“ 明星”に引っ越してきたの。今、街を案内してるところ」
「…どーもどーもシンイチです」
「へぇー、どうりで!サングラスかけててもイケメンだって分かります!」
「…あ、そう?マジ?僕イケメン?」
「はい!」
「へへ、へぇ〜、ふーん。だってさユユ〜」
「はは…ほら部活あるんでしょ?もう行ってきたら?」
「はい!頑張ってきます!」
女生徒達は小走りでその場から去って行った。
僕はニヤケた顔を維持したまま、ユユの方を見る。
「…だってよ」
「お世辞だよ。こんなオッサンがイケメンなワケないじゃん」
「はぁ〜?ちょっと〜!昔のユユちゃん返して〜!このユユちゃん無茶苦茶生意気なんですけど〜!」
「恥ずかしいからやめて」
いじっていた端末をしまうと、ユユは何も言わずに歩き出した。
亜人9000人というだけあって、街を歩いているとすれ違うのはほとんどが制服を着た女生徒であった。制服、ということは学校…授業とか、行っているのだろうか。
「…ねぇ、ここには学校とかあるの?」
「あるよ。亜人の子はほとんどそこに通ってる」
「もうそんな教育する余裕まであるんだ…もしかして、この“明星シティ”ができて、結構経ってる?」
「もう一年は経ってるかな。学校ができたのは、結構最近だけど」
「ほぉ〜…」
綺麗に敷き詰められたタイル。立ち並ぶ街頭。ずらりと隙間なく並べられている店舗。店員はやはりほとんどが亜人ではなく人間だった。ここはまるで、亜人のために作られた学園都市のようだ。
これを2年で…誰かが計画していなければここまでにはならないだろう…。
「…あっ、てか忘れてた」
「…?」
「僕はさ、結局何すればいいの。そろそろ聞かせてよ。なんで死んだ僕をわざわざ叩き起したのか」
「…さっきミルモちゃんと話したんだけど、まだいいって。その時じゃないって」
「なんだそりゃ」
「今しばらくは、ここでの生活に慣れて欲しいんだってさ。目立ちすぎないようにして欲しいとも言ってたけど、今のアナタなら言う必要もないかな…あ、それとこれ」
「…?」
ユユが端末上で何かをスワイプすると、僕の端末上に黒いポップアップが表示された。
何やらキリのいい数字が記されているが…。
「…円って見えますけど」
「1000万円。ミルモちゃんから渡せって。白衣には3万くらいしか入ってなかったでしょ?これだけあれば1ヶ月は困らないだろうって」
「あー…しばらく貨幣という文化に触れてなかったからちょっと麻痺してるかもだけど…これ、そんなポンと渡していい金額?」
「そんなわけないでしょ。ミルモちゃんが渡して欲しいって言ったから渡したの」
「…後で返して、とか言う?」
「言わないよ。ミルモちゃんはあげるって言ってた」
「っ…っしゃおらぁ!これで当分は働かずに食っていけるZE!ラッキー!ありがとうございます神様仏様ユユ様〜」
「感謝するならミルモちゃんにして」
「へいへい…ねぇ、これどうやって払うの?キャッシュレスってやつ?僕やったことないんだけど」
「はぁ…それは後で教えるから。とりあえずついて来て」
はしゃいでいる私に嘆息すると、ユユは踵を返して歩いていくので、私は0がたくさんのポップアップを眺めながら着いて行った。
メインストリートを抜け、影の落ちた脇道へと逸れ、風景は少し牧歌的なものへと近づいていく。
遠くから、人の声がする。
「…お、学校じゃん」
「亜人学校だよ。シンイチさんが勝手に入ったらギルティね」
「亜人じゃないからか?」
「違う。オッサンだから」
亜人学校とはつまり、女子校。
恐ろしすぎて近づきたくもない。
そんな亜人学校を通り過ぎて、少し歩いたくらいのところ。横に長い4階建てのマンションのような建物の着いた。ベランダにそよぐ洗濯物を見るに、人が住んでいるようだが。
「ここ」
「…?ここが、なに?」
「シンイチさんのこれから住むところ」
マンションの塀にはハッキリ
“西区亜人学校 学生寮”
と書かれている。亜人学校の学生寮。つまりは女子寮。そこに、僕。
「…社会的に死ねってこと?」
「その辺は頑張って。一応ここの人に周知してはいるから」
「いやいやいや無理でしょ?!僕まるっきり不審者だって!学生でもないよ?!」
「だ、大丈夫。私すぐ隣の部屋だから。フォローはできる」
「そんな、フォローったってさ…他になかったの?」
「割と郊外で目立たないし…私がシンイチさんを監視しやすいから…」
「それ、僕が毎日ピンチになること加味してた?」
「…とりあえず部屋まで行こう」
「ちょっと?!おかしいって!マジで行くの?!」
ユユに無理やり手を引かれ、地獄の女子寮へと連れて行かれる。綺麗な花壇や内装に目を引かれるが、僕にとっては地雷原のようなものだ。怯えながら進んだ。
「ちょぉ〜…頼むよぉぉ…誰に会わないでくれ〜…!」
「私がいるから大丈夫だって…これでも顔広いんだから」
エレベーターに乗り、無音で上昇。
僕の部屋があるという3階まで、無事にたどり着いた…。
「ふぅ…ここまで来れば安心だよ。ここの階は空き部屋が多いから」
「本当か…?ユユと僕以外誰もいないか…?」
「いや、ここの階は私と──────」
「──────あっ!ユユ先輩おかえりなさ……」
突然、開かれたドアから小さな影が飛び出してきた。制服姿の女生徒は僕を見るなり、表情を強ばらせる。僕も一歩、後ろへ退いた。
「タマちゃん、この人これから隣の部屋に住むから」
「……それって、前言ってた親戚の…」
「そう、親戚の」
「お、男の人じゃないですか…」
少女は困惑した表情で呟く。
そりゃそうだ。“親戚”としか周知していないのなら、普通女が来ると思うだろう。
タマちゃんとやらは持っていたフライパン片手に身構えた。
多分、僕死亡。




