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85話 豹変


 3年ぶり。

 私の前に突然現れた亜人、五十棲ユユはそんな言葉をなにげなく言ってのけた。


「3年ぶり…ってことは」

  「お察しの通り。サナダさんがいなくなって3年経ったよ」

「…そんなに経ってないね」

「そーお?3年って大した年月だと思うけど。ほら、“卍、3日会わざれば刮目して見よ”って言うし」

「男子、ね。でも、確かに君がユユだとは気づかなかった。背も随分と高くなた」

「まーね。そういうサナダさんは髪も髭も伸び伸び」

「邪魔だし、早いとこ切りたいんだけど…ええと、ところでここってどこ?この端末が言うには“明星シティ”なる街らしいけど」


 急に静かになった携帯端末を取り出し、何度かタップしてみる。青と白で彩られたインターフェースには、“通話”や“チャット”のアイコンが跳ねるように踊っていた。


「どこって言うと…サナダさんもご存知“明けの明星”本部ビルの周辺だよ」

「嘘つかないでもらえる?いくら3年経ったからって、あんな山奥がこんなになるかって」

「なってるけど。ほら、見える?あそこにあるのが元本部ビル」


 ユユが指す方向を見ると、確かにそれらしいビルが見える。周辺にはその名残らしい、立派に変異した紫色の松の木が数本見えている。


「…すごいじゃん」

「へへ、これぞデミヒューマンパワー!今じゃ900の亜人がここで暮らしてます!」

「900って…」


 思わず苦笑してしまう。

 本当に、3年という月日は大したものだ。

 何も無いところにここまでの街並みが作れるのだと思うと、感動する。もはや平和だった頃よりも発展しているようにも見えるほど。僕が生きている間にここまで復興するとは…。


「…ユユ。僕って、なんで生きてるの」

「ミルモちゃんが生き返したから。サナダさんの因子を元にして、その体を作り上げたの。こうして目覚めて動き出すかは賭けだったらしいけど」

「ふーん…生き返り、なんかまだ夢心地だけど現実なのは確かかぁ…」


 手のひらを太陽に掲げ、透かしてみる。

 鼓動する心臓。躍動する血液。眩い光を浴びながら、己の生を実感できる。


「ふふん、ミルモちゃんに感謝しなよ?こうして“明星シティ”を見られたのも、全部ミルモちゃんのおかげなんだから」

「…生き返して、なんて頼んでないけど」

「…どういうこと?」


 キッ、と鋭い目で睨んでくるユユを横目に、僕は長く伸びた髪を掻き上げる。

 あのまま、死んでいてもよかった。それでハッピーエンドだったというのに。この生はとんだ蛇足だ。あのままが死ぬのが、僕としては1番綺麗だったのに。


「…ま、どうでもいいか。3年も経てば、もう僕のこと覚えてるやつなんていないだろうし…」

「サナダさん、なんか、変わった?」

「僕は元からこうだっての…そういうユユちゃんこそ、そんな目で睨んで、お利口ちゃんだった君はどこにいったのかな」

「む…別に、今もお利口ですけど。あーあ、前のサナダさんの方が好きだったのになー」


 前のサナダ。

 それは“亜人管理官(メンター)”としての僕であり、今の僕とは違う。それは、“叔父に憧れる人間のフリ”をしていた頃だ。そして、何故だか分からないが今の僕は全くもって、そんなことをしたい気分ではなかった。


「今の僕はサナダじゃなくて、シンイチね。そこんとこ間違えないように頼むよ」

「何それ…偽名?」

「うーん?そんな感じかな。下手に前の名前使ってたら、他の子達に気づかれそうだし。どうせいるんでしょ?“明けの明星”にいた亜人の子たち」

「いるけど…会いたくないの?」

「全っ然…前の子達が知ってるのは、“サナダ”だし。今の僕は別人だって」


 理由は分からない。

 どうでもよくなっていた。

 多分、もう飽きたんだと思う。誰かを演じる自分に酔っていた頃に。死ぬ間際にそれに気づいた。だからもうやらない。それに…


『……待って』


 赤髪の君。

 彼女の人生から僕はとっくに消えたはずなのに、死ぬ間際に僕は、未練がましく割って入ってしまった。彼女の人生に泥を塗ってしまった。もうコンマ1秒たりとも、彼女の邪魔はしない。


「…ねぇユユ。僕が生き返ったこと、他には誰が知ってるの?」

「私とミルモちゃんくらいだよ…」

「隠してんだ。はっ…つーことは、アイツ、またなんか僕にさせようとしてるね?」

「っ…ミルモちゃんは、そんな人じゃ…」

「いや、いいよ。目的があった方が、今の僕は生きやすいし。一応?生き返してもらったっていう恩義もあるんだしさ」


 気まずそうにユユが目を逸らした。

 また何か面倒事に巻き込む気だ。嫌では無いが僕の了承を得てから、こきを使って欲しいものだ。人伝いな当たり、何か事情があるようだが。

 僕はユユの頭を掴み、貼り付けたような笑みを彼女へと顔を向けた。


「ユーユちゃん。こき使うまえにちょっといい?」

「…なに」

「街の案内してよ。こんだけ発展してるんだから、美容室の一つや二つあるでしょ?あと服屋。髪切りたいしさ、このダッサイ服装も、いい加減着替えたいんだよね」


 暑苦しい白衣を肩に掛け、不敵に笑んで見せた。

 たじろぐ彼女に、気を遣うことなどしない。

 僕は僕のやりたいようにやらせてもらう。


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