84話 転生したらうんたらかんたら
チヨチヨ…
小鳥がさえずるような朝。
銀髪の少女は1人、カフェの窓から外を眺めていた。
紅茶の入ったカップを片手に、物憂げな表情でじっと空を見ていた。
ヴーッ ヴーッ
手のひらサイズの携帯端末が唸った。
少女の何気なく落とした目の先には、液晶を彩るメッセージ。そのメッセージを目にした途端、少女は慌てた様子で立ち上がる。
「──────いっけない!そういえば今日だった!」
〜〜〜〜〜〜
ピーッ ピーッ
けたたましい電子音。
それと共に覚醒した。
「…っ?!んぐっ、んんん!!」
目覚めた瞬間、全身は液体によって包み込まれていた。どうすればいいのか分からず、慌てて身体をバタつかせた。
『──────排出します』
すると、自動音声じみた声と共に、透明な何かが開く。満たされていた液体と共に体は外へと出たのだった。
「ごっほ、っ…!ごほっ…!!はぁ、はぁ…!」
真っ白な床に膝をつき、体内の液体を追い出すために咳き込んだ。ヒンヤリとした感覚が全身を伝う。
暗闇で何も分からないが、多分今、何も着ていない。
ピロリンッ♪
暗闇を照らす青白い光。そして…。
『おはようございます。スタンドから、端末をお取りください。おはようございます。スタンドから、端末をお取りください』
「は…?」
困惑などよそに、自動音声は同じことを繰り返し喋り続ける。こうして聞くと、どこか聞き覚えのある声な気がする。
『おはようございます。スタンドから──────』
「ああ、わかったわかった。取るから取るから…!うわっ…!」
液体がぶちまけられたままの床で危うく転びかけながらも、僕はようやく端末を手に取った。
『登録番号000──────アナタには、管理者権限が与えられています』
「はあ…管理者権限…?なんでもいいからさ、とりあえず、電気とかつけてくんないかな?」
『承知しました。照明をオンにします』
「ヴぁっ…!まぶしっ」
黄色の照明が部屋中を照らした。
突然明るくなった視界に思わず目を細める。
見えたのは、僕が入っていたであろう透明なカプセルと、壁のハンガーに掛けられたシャツとスラックス。それと白衣。ついでに鏡とタオル。
「なんだこのおあつらえ向きなセットは…うわ、サイズもピッタリだし…」
体の水分を拭き取ると、かけて合った衣服を一通り着てみた。靴下もなければ、靴もないが、これで出歩けということだろうか。
「……死んだ、よな…?あっれぇ…」
鏡に映る己の姿をまじまじと見る。
伸びきった髪と髭は死ぬ前の状態と随分と違うが、鏡に映る姿はどこをどう見ても、己以外の何者でもなかった。
とりあえず一呼吸置くと、端末に向けて話しかけた。
「ねぇ、とりあえずこのよく分からない部屋から出たいんだけど」
『扉は自動で開閉します。扉の前に立ってください』
「いや壁しかないんだけど?」
『ガイドを示します』
ポーンと電子音が鳴ると、真っ白な壁のある一点が淡く光を放った。恐る恐るそこへ近づいてみると、壁は静かに沈み、横へとスライドする。部屋の出口が現れた。
「近未来だなぁ…ここどこなワケ?僕って確かさぁ──────」
『──────登録番号000、アナタの名前を登録してください』
「えぇ…?なに急に。外出たから?僕は…いや、俺は…うん?白衣着てるから“私”の方がいいのかな?」
聞いてみても、端末は答えない。
当然だが、ここは自分で決める必要があるようだ。
僕はうんと考えながら、照明のない廊下を歩く。
廊下には扉は一つもなく、私の向かっている方から眩い光が差し込んでいる。
「まぁ、どうでもいっか。名乗る名前なんてなんでもさ」
急にどうでもよくなった僕は、今までひた隠しにしてきた本当の名を端末に言い放つ。
「シンイチね、シンイチ。聞こえてる?あっ、名字とかもいるかな」
『シンイチさん。登録が完了しました』
「いらないのね…なんか、呼ばれるの久しぶりすぎてすげー恥ずかしいその名前」
『ようこそ“明星シティ”へ!私はこれからのアナタの生活をサポートします“モニター”です!』
「明星シティ…?」
端末を見ながら歩いていると、いつの間にか廊下を抜け、私は光の刺す方から外へと出ていた。
顔を上げ、その光景を目の当たりにした。
「──────うおお…!」
まるで異世界に来たようだ。
高々とそびえ立つ丸みを帯びたビル群。長い軌条の下を走るモノレール。風車。ドーム。住居。人。人。人。そして、中心には謎の透明なタワー!
近未来的な部屋から出た先は、かつて天使襲来前に見た現代的な街並み。僕はそんな街を見渡せるくらい、高い地点にいた。
久々に見る青空。銀色の太陽。
全身を押すかのような風に、思わず手を広げ深呼吸をしてしまっていた。
「すっげぇな…!あ、ガスマスクとかしてねぇんだけど、いいのかな?」
『“明星シティ”には、街一帯の空気を浄化する高性能清浄機“フェザーキャッチャー”が設置されています。ご安心ください』
「へぇ…!てか、この話が通じるってことは、まるっきり異世界ではないわけだ。なーんだ!」
「──────ああっ、いた!良かった間に合ったぁ…!」
と、広がる景色に感嘆していると、脇の木陰から何者かが飛び出してきた。
銀の長髪。学校帰りなのか、制服姿の彼女は僕の姿を見るなり、嬉しそうに笑った。
「うわっ本当にサナダさん!久しぶりー!私の事、覚えてる?」
「あー…?」
私よりも高い背丈。
タレ目気味な目尻。
全体的に整った顔立ちとプロポーション。
私の記憶の中に、彼女に当たるような人物はいなかった。
「ふふ、これならわかるかも…?」
彼女は手を広げ、私の前へと突き出した。
すると、突き出された手はみるみる景色に溶け、透明となった。僕はこの現象に見覚えがある。
「もしかして、ユユ…?」
「そう。3年ぶりだねサナダさん」
五十棲ユユは満面の笑みで私に向かって飛び込んできた。




