83話 ウィニングラン
「サナダさん…?」
屋上に着くと、夕日の光を浴びながら座っているサラがいた。風が吹き、赤色の長髪が宙でなびいている。
「……サラ」
「起きたんですね…凄い具合が悪そうですけど」
「ああ、心配ない」
私は薄れそうになる意識を必死に保ちながら、なんとか話した。
ダメだ。ここじゃ死ねない。サラを悲しませてしまう。
ここから離れようとする思いと…もう少しだけ君と話したいという思いで、私は葛藤していた。
「酒をな…少し飲みすぎたみたいだ」
「えぇ…病み上がりなんですから程々にした方がいいですよ…どうりでガスマスクもなしで屋上まで」
「……少しだけ、話をしよう」
「やめといた方がいいですって。ここ外ですよ?」
「問題ない。本当に少しだけだ」
「もう…万が一があったら、クルネさんには自分で説明してくださいね」
少し不満そうな顔の君の隣に座る。
最期なんだ。このくらいは許して欲しい。
私は息をのみ、震えそうな声を抑えながら話し始める。
「…私がいない間、ここは随分発展したらしい」
「ええ、アナタがいない間も何人かここへ移り住んでくる人がいましてね。居住区拡大のためにも色々と。私は何もしてませんけど」
「私がいなくても、皆いつも通りだったか」
「最初は皆寂しがってましたよ。けど、ミルモちゃんがちょくちょく帰ってきて、写真を見せてくれましたから」
「そうか…それならいいか」
「なんですかそれ。まるで子を持つ保護者のようですね」
「似たようなものだ。私のイメージとしては、生徒と教師だが」
「生徒……教師…」
サラの表情が曇る。
彼女は少し気まずそうに、顔を俯かせた。
「どうした?」
「…10年前の、記憶なんですかね。うっすら思い出せるんですけど、私まともに学校に通ったことがないらしくて」
「なに…?」
「生まれつき体が弱かったんだと思います。どうもほとんどベッドの上で…いつも外を眺めるか、本を読むか。唯一の趣味は、やっぱりお菓子作りで、それもたまにしか出来なくて…」
「…辛かったんだな」
「ええ…でも、たまに遊びに来てくれる男の子がいて…その子が来てくれる日が、私の楽しみっていうか…」
サラは照れくさそうに笑った。
彼とのことは良い思い出なのか、サラの表情はパッと明るくなる。だがすぐその後に、サラの表情は再び曇り始めた。
「でも、いつかの日を境にその子は来なくなって…何故かは分からないですけど。忙しかったんでしょうね。別れの挨拶もありませんでした」
「……。」
口をつぐむ。
彼のことを、私は知っている。
今どこで、何をしているかまで、把握している。
だが、言ってはならない。今の私は──────
「今、あの子はどこで、何をしてるんでしょうか…」
「…多分、元気にやってるだろ」
「そうですかね。このご時世ですから、もう亡くなっていてもおかしくは無いんですけど…」
「そう…暗いことを言うな。今のお前は、その、前とは随分と違うだろ?」
「…そうですね。今の私には強靭な肉体がありますから。もう少ししたら、外の世界に出てあの子を探してみるのも悪くないかもしれません」
君は夕日を見上げながら、晴れ晴れとした表情で呟いた。
「今度は私の方から、会いに行くんです」
その風に吹かれる姿が、なんて美しいことか。
髪色が変わっても、瞳の色が変わっても、君は変わらない。どんなに境遇が変わっても、君は君だった。暗闇の中でひっそりと灯っている、蝋燭のような──────君の存在こそが、今生と僕を繋ぎ止めていた。だが、それももう…
チーン
唐突に、エレベーターの呼び鈴が鳴る。
「サナダ、お迎えに来たのです」
「ああ、ちょうどいいんじゃないですか?そろそろ中に戻った方がいいですよ」
「…ああ。そうだな」
「…?」
ふらつく身を起こし、エレベーターへと向かう。
きっとこれが最後の言葉となる。
もうこれっきりなんだ。
最期くらい、我儘なことをさせて欲しい。
私でも、俺でもない。
最期は僕に喋らせて欲しい。
「サラちゃん…」
「えっ?」
「僕の、本当の名前は──────」
。
「──────え…?」
「両親が離婚してさ…サナダは父方の名字」
「……待って………待って!!」
エレベーターの扉は閉まった。
ウ ゥゥゥゥゥ …
エレベーターは静かに駆動しながら、その高度を下げていく。それと共に、僕の意識も虚空へと落ちていくようだった。
もうすぐ死ぬ。
立ち上がることすらできない。
不明瞭な視界の中、壁にもたれた僕をミルモが見下ろしていた。
「満足しましたか?」
「うん…伝えられた。悔いはないかな」
「もう喋るのすら辛いはずです。これから私がする話への返答は、首を振るだけでいいですからね」
ミルモはしゃがみこみ、僕の顔を覗き込んだ。
「私たち天使は本来、傷つかず、病まず、老いもしません。それ故に、生殖をする必要がありません。ですが、己の要素を“因子”として振りまくことで、私たちの一部を他の生物に受け継がせることができます」
「その一例が“AC因子”や“世羽根”と呼ばれる物質です。私たちはそれによって“亜人”を生み出し、同胞を増やし、この星をより住みやすくしようと試みました。結果は…正直あまり芳しくありませんでした。ほとんどの生命は適合する前に完全に息絶えてしまいます」
「そこで、私たちは協議しました。この星に適合するには…この星をより住みやすくするにはどうしたらよいか。このまま亜人を増やし続けるだけでいいのかと…そして案の1つとして出たのが、天使と亜人、そして人間の共存なのです」
「人間がAC因子を持っていないように、天使が持っていない何かを人間は持っている。それを活かすことこそ、私たちが住みやすくなる近道だと、私は強く推しました」
「そしてそれは正解でした。ユルムのように人がどのようにして亜人になるかを解明した者や、AC因子を空気中から取り除く清浄機を作った者もいましたから、やはり人間だからこそ出来ることはあるのだと、証明できました」
「…話が長い」
「すいません。ここからが本題です──────人類の共存のために、アナタを取り込ませてください」
僕は首を振らず、ただ傾けた。
「アナタは人間と亜人、果てには天使さえも、区別することなく接することができる。その差別のない意識。それが私は欲しいのです」
まだ首は傾げたまま。
ミルモは続ける。
「先程も言った通り、私たちは何かの要素を“因子”として、生物に受け継がせることができます。私はアナタを取り込み、その意識を“因子”とさせて欲しいのです」
「……そうすると、どうなるの」
「私の予想では、人間は亜人を恐れなくなり、人間は亜人を恐れなくなる──────あの日のような悲劇が生まれなくなります」
“あの日”
ミルモの表情から察するに“亜人解放戦線”の時の話か。あんなことが起こらなくなるなら、それはとてもいいことだ。それはきっと、平和な世界だ。
僕は、最後の力を振り絞り、首を縦に振った。
「…いい、よ」
「──────ありがとうございます。アナタのことは、忘れません」
ミルモの背から、白銀の翼が広がる。
なんて綺麗な最期なのだろう。誰にも見られず、天使に迎えられるなんて。
「おやすみなさい」
翼が僕の視界を埋めつくす。
それが、最後の光景だった──────
〜〜〜〜〜〜
「「ハッピバースデイトゥーユー!」」
「「ハッピバースデイトゥーユー!」」
祝いの日。
今日は俺の誕生日。
父も母も俺を励ますように、手を叩いて祝ってくれていた。
「「ハッピバースデイディア、シンジ〜!」」
そう、俺はシンジだ。
他の誰でもない。
誰かであってはいけない。
シンジがいなくなるなんて、そんなことはあってはいけない。
だって、あの日に死んだのは──────




