82話 生きない
階段を登り、ようやく現在の最高階である5Fへと私は到着した。
5Fは下の階と変わらず、テーブルと椅子、それと少し高めのステージが置かれているだけの空間。だが、何故かここには白衣を着た人間が多くいた。
しっかりタキシードやドレスを着た人々はいるのだが、チラホラと白衣姿の人間が闊歩していた。周りはその様子を気に留めることはない。
「あら、起きたんですねサナダさん」
このフロアでは目立たないはずが、階段のすぐ横にいた、同じく白衣姿の亜人にすぐ話しかけられた。
「…エイル。いたのか」
「ええ。ここでならエレベーターも階段も、どちらも待ち伏せできますからね」
バインダーを片手に、エイルはあっけらかんと言った。バインダーに挟まった紙には、何やら空気中にあるAC因子について記載がされていた。
「これは、今なんの最中だ?」
「この階の清浄機の性能調査です。3日前にやった時は問題なかったのですが、一応。ここが1番新しい階なので」
「もしかして、私も何かした方が良かったりするか」
「そうですねぇ…今日で1ヶ月分の働きをしてもらおうかと」
「そ、それはちょっと…」
「…と、言いたいところですがやめておきましょうか。今日くらいは楽しんでください」
「ああ、それなんだが…」
私は、自分のことについて話そうとした。
亜人管理官として、エイルには託さなければいけないものがあるから。彼女にくらいは、私の口から話すべきだと思った。流石に何も言わずにドロンはマズイだろう。
「どうせ人生最後の日なんですから、好きにしてください」
「……おっと…?エイル、お前…」
「…?なんです」
「知ってるのか?私の体のこと」
「そりゃあクルネさんから聞きましたからね」
「えぇ…アイツ、誰にも言ってないって…」
「普通に考えて、私に言わないわけがないでしょう?アナタのことです。無言で死ぬのも有り得るんですから」
それはそうなのだが、何だか釈然としない。
私は今日死ぬというのに、エイルの態度には何の遠慮も感じられない。死ぬんだぞ?もっと優しくするべきじゃないのか。
「えーっと…エイル、ちょっと肩が凝ってて、揉んでほしいんだが」
「ご覧の通り仕事で忙しいので」
「私は、今日で死ぬんだが」
「じゃあ肩凝りなんて気にしなくていいんじゃないですか?」
「…お前、人の心ってあるか」
「ええ、どこかの命知らずなお馬鹿さんよりは、人の心を理解しているつもりですけど」
「っ、この…!死んだら枕元に出てやろうか?」
「ええ、ええ、でしたら1ヶ月分の働きはそこで返してもらいましょうかね」
「…叔父のような返しをするようになったな」
「マサムネさんを見習っていますので」
エイルは誇らしげに鼻を鳴らした。出会った時と比べると、大分亜人管理官の仕事が板についてきたように思える。今のエイルなら、私がいなくとも上手くやっていけるだろう。
「心配する必要はなかったか…」
「なんの心配ですか」
「私がいなくなっても、お前一人でやっていけるかなと思ってな」
「ああ。それなら、なんの心配もいりませんよ」
「──────エイル姉様ー!調査一通り終わりましたわー!」
宙を浮きながらこちらへと飛んでくるのは、白衣姿のルピンであった。ルピンの真下には、フラン、フレンが人混みの間を抜けて走ってきている。
「ん…?あら、サナダ!起きてらしたのね!もう大丈夫なんですわ?」
「問題ない…ところで、今ルピンは何をしてたんだ?」
「もちろんエイル姉様のお手伝いですわ!私様、これでも亜人管理官見習いなんですわ!」
「…なに?」
「ルピンさん、ここ記載に漏れがありますよ」
「あらっ!いけない、すぐに行ってきますわー!」
「…と、このように。見えます?白衣を着ている方があちこちに見えますよね?」
「ああ、それは来た時に見たが…まさかとは思うが」
「あれ全部、次期に亜人管理官になる方達です」
ざっと見渡しただけでも10人は見えている。
ルピンやフレン、フラン、彼女らも亜人管理官になるのだとしたら、かなりの増員だ。
「当然、前の部屋では狭すぎるので管理局は引越し予定です」
「そうだろうな…あの大量のボトルシップも飾り切れるくらいの広さだといいな」
「もう飾ってありますよ」
「…新人達が辟易しないといいが」
「それはもう、副管理局長の権限で押し切りますよ」
「偉くなったものだな」
「ちなみに今の管理局長はサナダさん、アナタですからね」
「それは…残念。一日の天下だったか」
「そうでもないですよ。マサムネさんが今も私の中にあるように、サナダさんも皆の心の中にいます…知ってます?新人の人は皆、アナタに憧れて亜人管理官を目指したんですよ」
エイルは少し嬉しそうに話した。
恐らくルピンやフランフレンを除いてだろうが。とても目指されるような振る舞いをした覚えはない。
「アナタが亜人と接しているところを見て、亜人に対しての見方が変わったって人も多いです」
「あー…ダメだ。無茶して死にかけた思い出しか出てこない」
「ですよねぇ…なんで皆、アナタを目指すんだか」
「これ、私が死んだら亜人管理官のイメージダウンに繋がらないか?」
「大丈夫ですよ。皆“サナダさんだから”って理由で、長生きしないものだと思ってます」
「…叔父の時と一緒だな」
「ええ。つまり、サナダさんはもうマサムネさんと同じ域に達しているということですよ」
その言葉を聞いて、私は嬉しくなっていた。
叔父のように振る舞い、叔父のような功績を残す。“出張先”では何も達成できなかった。私はこのまま何も達成せず死ぬものだと思っていたから。
私はその言葉で満足してしまっていた。
「はは…もう、叔父は超えたかな?」
「それは無いです…が、マサムネさんと同じくらい立派なことをしたと思います」
「お前が言うなら相当か」
「ええ、私がマサムネさんに救われたように、アナタに救われたという人は多いと思います」
「…本当か?」
「ええ、きっと今のこの状況も、アナタが大きな一因となっています。私が言うんですから、間違いないですよ。誇ってください」
「……ああ…ありがとう」
目頭が熱くなる。まさか、エイルからそんなことを言われるとは思わなかった。涙ぐんでいるのをエイルに悟られないよう、そっぽを向いた。
ジ ャ ー ン !!
すると、人々のざわめきを全て押し退けるような振動が当たりを響き渡った。
『──────お待たせしました!!海色ディーヴァ!サナダさん復活祭、特別ライブ!!開始いたします〜〜!!』
透き通った、うるさい声がスピーカーを通して放たれる。それに合わせて、館内には大勢による歓声が上がっていた。いつの間にか5Fには大勢の人間が集まっている。
『いえ〜い、サナダ〜、見ってる〜?』
『…シェルターのベッドまで…響かせちゃうぜ…』
『サナダさんもう復活したのか知らないけど、もう始めちゃいますね〜!』
「復活って…まだ死んでないぞ」
「手、振って上げたらどうです?気づくかもしれませんよ」
「白衣が多い。振るだけ無駄だ」
「あの子たち喜びますよ」
「どうだか。イベントにこじつけてライブしたいだけだと思うが」
「そんなことないですよ。あの子たち、ファン第1号だからって、アナタのこと大事にしてますよ」
『──────じゃあ一曲目は皆大好きあの曲!“SA・NA・DA”〜!!』
「…ね?」
「ね、じゃないが。お前どんな曲か知ってるのか」
「コールアンドレスポンスで盛り上がる曲です」
ワ ア ァ ァ ァ …
異様なまでの盛り上がりを見せるフロア。
曲名からして、途中で私を罵る歌詞が入ってくる“あの曲”だ。あれで盛り上がるのだと思うと、かなり複雑な気分だった。
「…さて、騒がしくなってきたし、私はもう行くかな」
「聞いていかないんです?」
「聞いたことある曲だ。それに、もうこの場で盛り上がれるほど体力が残っていない」
「そうですか…」
エイルは少し寂しそうに笑むと、すぐ横にあったエレベーターのドアを指さした。
「ここから屋上まで行けますよ」
「…流石、分かってるじゃないか」
「ええ、結構近くで見てきましたから。アナタのこと」
誰もいないところで死のうと思っていた。叔父のように、誰にも気づかれないようなところで、ひっそりと死のうと思っていた。今ならば、死ぬ間際の叔父の気持ちが分かる。
誰にも悲しんで欲しくない。
「エイル…後は頼んだ」
「ええ。言われずとも」
開いたエレベーターへと、ふらつく足取りで向かう。
今にも倒れそうな体を、壁へと持たれさせて保たせる。
震える指で、ボタンを押す。
「誇ってください。アナタは立派な人間でした」
エイルは穏やかな表情で言った。
私はそれに返事することなく、薄く笑うだけ。薄れる視界の中、エレベーターの扉を閉めた。
〜〜〜〜〜〜
チ ー ン
エレベーターの到着と同時に、目を覚ました。
扉が開くと飛び込んできたのは、夕焼けに染まったアスファルトの床。そして──────
「──────サナダさん…?」
赤髪とオレンジ色の瞳の君。




