81話 こっちが大事
時を追う毎に重くなっていく足取り。
私は息を切らしながら階段を登っていく。
クルネ曰く、今の私の体内には亜人に匹敵するほどのAC因子が潜んでいるらしい。常人ならば、空気中から体内に取り込むだけではありえない量とのこと。
今の状態は、間違いなくユルムのやったことが原因だろう。
男性がAC因子に適合し、亜人になった前例はないらしく、完全にAC因子を取り除けない限り、私が助かることはない。
「は…あと、何時間だろうな…?」
階段を登り切った頃には、息も絶え絶えだった。
たどり着いた4Fは下の階と比べるとテーブルが少ない。
人々は食べることよりも、話すことを優先しているようであった。
「──────わっ、サナメン!!」
「うそっ!どこっ?!」
4Fに着いたとほぼ同時に、遠くから手を振りながら走ってくる2つの影が見えた。やはり白衣は目立つのか。
私は二人に手を振り返しながら、反応を返す。
「ミア、マイカ、元気だったか」
「元気だったー!」
「…ん。まあぼちぼちね」
「うわーっ、ホントに起きてるじゃん!むっちゃ痩せてて草」
「そりゃ一週間も寝たきりだったらしいからな」
「えっ、だいじょぶそ?なんか食べる?」
「下で散々食わされたよ。しばらくはいい」
「ふーん…出張、そんな大変だったんだ。怪我して帰ってきたって聞いたけど」
「まあな…しばらくはこっちでゆっくりするつもりだ。話に聞いた通り、ここが1番平和だったよ。外は何かと物騒だった」
「トゲトゲの肩パットしてる人とかいた系?」
「世紀末と言えど流石にそれはいなかった」
「……。」
「…どうしたマイカ」
突然マイカは押し黙り、私の目をじっと見つめた。
いつかの熱のこもった瞳とは違う、私の目の奥にあるものを見通さんとする目である。私は少しその様子にたじろいだ。
「マイカ?どしたー?」
「いや、なんかサナメンさ…元気ない?」
「それは…寝たきりから起きたばかりだからな。まだ体力が戻ってないんだ」
「そう…?それならいいんだけど…うーん…」
「……ドレス似合ってるぞ」
「っ、な、なに急に…!」
「いや何となく」
「えー、サナメンサナメン。私は?」
「ああ、ミアも似合っている」
「感想同じで草ー…あっ!てか写真撮っとこうよ!身体が戻ってくの毎日記録するヤツやろ!」
「やらん」
そう言うとミアは肩を寄せ、3人が画角に収まるよう調整した。
「はい、ウィスキー」
パ シ ャ
カメラに写ったのは笑顔のミアと、掛け声に困惑した私とマイカであった。
ちなみに私の体はほとんど写っていない。
「…2人とも全然笑ってないじゃん」
「なんでウィスキーなんだ。そこは普通チーズじゃないのか」
「チーズって…なんかオジサンっぽくない?古いっぽいっていうか」
「うぐっ…私は、お、オジサンではない…」
「ウィスキーの方がなんかオッサンのイメージなんだけど」
「そう?なんかオシャレじゃない?」
どうでもいいことを話しながら、自然な流れで写真の顔を加工し始める2人…私の顎がみるみる伸ばされていく。万年筆の如く鋭くなったところで2人は満足いったらしく、ようやく加工を終えた。
「……あっ!てか、忘れてた!アレもうそろそろじゃない?!」
「あー、確かに。アタシそろそろ行ってくるわー」
気だるげな様子でマイカは歩いて行く。
向かう先はステージの上。目立つ位置にポツンと置かれたグランドピアノまで近づき、隣にあったピアノ椅子に腰を下ろした。
ステージには他にも楽器を持った亜人が複数人立っていた。
〜♪
そして、おもむろに演奏を始めた。
優雅な音色が合わさり、館内へと響き渡った。
それと共に周りの人々にザワつきが広がる。
「なんだ?なにが始まるんだ」
「よし。いいからいいから…サナメンはこっちね…!」
ミアに誘導されるがままに、ザワつく人混みの中を進んでいく。
周りを見てみると、人々は男女で1組になり、互いに手を取って大広間へと歩いていく。そして、慣れた様子で音楽に合わせてステップを踏んでいた。
「舞踏会か…?」
「ダンスパーティー。私たちで企画したんよねー。あっ、ほらあっち!」
「いや、私は白衣のままだぞ。こんな格好で踊っても──────」
ミアに背を叩かれ、真っ直ぐ進むよう催促される。
私の進む先にいたのは、藍色のドレスを纏ってこちらを見ている亜人だった。
私は何も言わず、彼女の目の前まで歩を進めた。
「サナダさん、私と踊ってくれますか?」
「──────もちろんだ。シズク」
真剣な表情で手を差し出された。
私はシズクの手を取り、重い足取りでステップを踏み出し始めた。正直辛いが、表情に出さないよう、気をつけながら動いた。
動く度、シズクの水色の髪が流れるように揺れていた。私は見とれないよう、シズクの瞳を見つめながら踊った。
「っ、と。悪い。こういうのには慣れてなくてな、上手く踊れん」
「いえいえ。その方がサナダさんらしくて、私は安心します」
「んん?どういう意味だ」
「ふふ…白衣を着た、不器用なアナタが好きです、と言いたいんです」
シズクはどこか物悲しげな顔で笑った。
いつも通りに見えた彼女に、どこか陰を感じた。悩みがあるのかもしれない。
「こんな時でも、他人のことを考えてるんですか?」
そんな私の考えを見透かしたように、シズクは言い放った。
「わざわざ“好き”なんて言葉まで使ったのに…アナタはいつも他人のことばかり」
「いや、今ちょうどお前のことを考えていたぞ」
「私は今、アナタの話をしてるんです」
「私自身のことを考えろと?…悪いが職業病のようなものだ。私にとって、自分のことだけを考えることは少し難しい」
「そう──────今際の際くらい、自分のことを考えた方がいいですよ」
困ったように笑いながら、彼女は言った。
私は一瞬だけステップを止めたが、すぐに持ち直した。そんな私の様子に、やはりシズクは困ったような顔をする。
「今際の際…というのは?」
「サナダさんが今日、死ぬかもという話です」
「…知ってたのか」
「ええ…偶然クルネ先生のメモを見ちゃいまして。安心してください、他の人には言ってませんよ。知ってるのはまだ、私とクルネ先生だけです」
「…そうか」
「メモの文字、クシャクシャでした。後でしっかり謝ることをオススメします」
「謝ったさ…もう私の顔は見たくないんだと…」
「ふふ…でしょうね。私だって、同じ立場ならそう言ってました」
「酷いことをしたと思ってる…彼女のトラウマを1つ掘り起こしてしまった」
「そう、本当に酷い人です…私たちはこれだけ想っているのに、当のアナタはなんでもないみたいに、死のうとしてる」
「私なんて、想われるほど立派じゃないさ」
「……馬鹿ですねアナタは」
「う…いや、こういう癖があるのは、毎日申し訳ないとは思っていた」
「少しでも申し訳ないと思ってるなら、一つだけ私の頼みを聞いてくれますか?」
シズクは私に握られていた手を、より強く握り返した。
ヒヤリとした感覚が、手から全身に一瞬だけ走った。
「私の力で、今の生きているアナタを氷漬けにさせて欲しいんです」
「ははっ…なんだ、何かの仕返しか?」
「それもありますけど…主なのは、今のアナタを永遠にするためです」
シズクは困惑する私の目を一点に見つめ、薄く笑みを浮かべた。シズクの瞳には、病的なまでの、なにか強い感情が感じられた。
物理的な寒さとは違う、私は冷たい何かを感じ取っていた。
「…そんなことをして何の意味がある」
「意味しかありませんよ。いつかアナタの身体の治療法が見つかれば、きっとそこから…どうにか出来るかも」
「どうだろうな。私一人にそこまでする必要があるのか…」
「それに…私はサナダさんが腐っても、骨になっても、目に見えなくなったとしても、愛する自信がありますが…今のアナタが、私は1番好きなんです」
「…別に氷漬けと大差ないと思うが」
「いいえ。氷漬けになったアナタを見て、毎日愛の言葉が捧げられます」
「おお…いつにも増して、情緒的な物言いだ」
「茶化しても無駄です。ちゃんと答えてくださいよ」
ピシャリと私の無駄な言葉ははたき落とされた。
シズクは本気だった。私を氷漬けにして、永遠に残しておくつもりらしい。私としては、死んだ後をどうしようが関係ないが、どうも生きている状態の私を残したいらしい。それは勘弁だ。
──────私は死にたい。
「あー……ええと…」
「っ──────な、なーんて!冗談です!」
そう言うと、やはり物悲しげにシズクは笑った。
そして、そこで私たちのステップは止まった。鳴り続ける音楽の中、私たちは2人、手を握ったまま立ちつくしてしまった
「シズク…」
「…本当は、どんな姿のアナタも嫌いです」
「…ああ」
「その声も、その匂いも、その顔も、その肌の温度も…全部、全部嫌い。もうこれっきり、思い出したくもありません」
「ああ」
「ですから、もう…二度と…私の前に現れないでください」
「ああ」
「ですから、ですから、私──────最後に、一回だけ、抱きしめて欲しいです」
シズクは俯き、声を震わせながら言った。
「……ああ」
それで君に償いができるのなら。
それで君が少しでも救われるのなら。
私は握っていた手を離し、シズクの背に腕を回した。手にあった冷たさとは違う、温かな体温が感じられた。
「ごめんなさい…」
「謝るなら、それは私の方だ」
「それでも…ごめんなさい…私には、アナタを失うことが耐えられないんです…」
「シズクなら耐えられるさ。大丈夫さ。私のことなんか、すぐに忘れてくれていい」
「なんですか、その、今考えられる限りの最悪の言葉は…」
「悪い。君に嫌われようと思ったんだ…」
「馬鹿…!」
それ以上の言葉は無かった。
震えるシズクの身体をしばらく抱きしめると、私は体を離した。名残惜しそうに伸ばされる手から逃げるように、私はシズクから離れていく。
「…じゃあな、シズク」
なんでもないみたいに、小さく手を振る。
「はい…さよならサナダさん」
そして、涙に濡れた彼女の笑顔を見ないよう、背を向けてその場を後にした。
「──────いかないで」
そう言われた気がした。
聞こえないふりをした。




