80話 死への足取り
──────まるで全てが夢だったかのように。
私は目覚めると“明けの明星”の本部にいた。医務室のベッドに寝ていた。すぐ横には穏やかな表情のクルネが座っていた。
その日で、私が帰って来て一週間が経っていた。
気を失った私を、ミルモが背負って帰ってきたとのこと。外傷はクルネによって全て治療されて、ベッドの上でずっと眠り続けていたらしい。
ここ1ヶ月ちょっとの出来事を、本部の皆は知らない。そう考えると、本当にあの全てが、夢だったみたいだ。
だが、あれが夢じゃなかったことは、私の身体がハッキリと物語っていた。
私は多分、今日死ぬ。
そして、恐らくクルネはそれを知っている。
「…ベッドから下りて、歩いていいか」
クルネから事情を全て聞いた後、恐る恐る喋った。
「どうしてそんなことを聞くんだい?」
「お前なら安静にしているように言いそうだから…」
「その身体は君の身体だよ?君の自由にすればいいじゃないか」
「…もしかしてだが、結構怒ってるか?」
「はぁ〜??わざわざ聞かないと分からないのかい〜?」
クルネは深くため息をつきながら、持っていた手鏡を私に向けた。
鏡には、酷くやつれた私の姿が写っていた。
「君、死ぬよ。今日中に」
「知ってる。最期くらい、皆に挨拶していこうと思ってな」
「はっ…皆に悲しんで欲しいのかい?」
「いいや。私が死ぬことは伏せるつもりだ。まだ皆には話してないだろ?」
「ああ…今はまだ、私だけだ」
「ありがとう」
「っ…君たちは、厄介な家系だよホント…!またそうやって、私にトラウマを植え付けていくんだ…!」
クルネは泣き崩れそうになった顔を手で覆った。
申し訳ないとは思っている。叔父が死ぬ時も、きっとこんな調子だったのだろう。誰より早く気づくのは、いつもクルネだ。叔父の時も、死の直後までその事実は伏せられていたのだろう。
「早く…出ていってくれ。もう君の顔は見たくない」
「ああ…すまんな。世話になった」
「…マサムネも同じこと言ってたよ。最期くらい、アイツの真似なんてやめたらいいのにさ」
「……うん。ありがとうクルネ」
最初で最後の言葉を俺は投げかけた。
部屋を出る直前に聞こえたクルネの堪えるような泣き声に、私は顔をしかめた。もうこの部屋に戻ることはないだろう。
〜〜〜〜〜〜
医務室を出て、シェルターから上。
いつもの白衣を着込んだ私は、亜人の居住階でもある1Fへと上がっていった。道中、人が全くいなかったことを疑問に感じていたが、1Fに上がることで、その疑問は解消された。
「…またか」
エントランスには普段は置かれてないであろう机。その上には色鮮やかな料理が皿の上に乗っている。
賑わう人々は皆、ドレスやタキシードを着込んでいた。
何かしらの催し事か。“目覚める前”との温度差で、異世界にでも来たみたいな気分になった。
「──────おおっ?!二代目じゃねぇか!!」
「あ、ほんとだ。やっほーサナダさーん」
「お目覚めになったのですね」
「おお、久しぶりお前ら」
ロコ、ユニ、クリフの調査組3人がドレス姿でこちらへと向かってくる。彼女らさえも格調高い格好をしている。白衣姿の私は、今すぐにでも着替えるべきかもしれない。
「ははっ!鳩が豆鉄砲食らったみたいな顔してんぞ。またクルネに何も聞かされてないんだろ?」
「見れば何かしらのパーティだと分かるがな…私の分の服は用意されてるか」
「多分ないよ。でも、サナダさんは白衣のままでいいよ。分かりやすいし」
「私としては恥ずかしいんだが」
「気にする事はありませんわよ。何故なら、このパーティの主役はアナタなのですから」
「私が…?」
ロコがポッケから出したくしゃくしゃの紙を手渡してくる。広げてみると、紙にはでかでかと文字が記されていた。
“亜人管理官サナダ、帰還パーティー”
紙面はスーパーのチラシみたいに、原色で彩られた文字のみで構成されていた。余ったスペースにはこれでもかというくらい白衣とバインダーが描かれている。
「…ミルモも祝ってやれ」
「アイツはちょくちょく帰って来てたからなしだ」
「そうなのか…帰還と言っても、たかが1ヶ月ちょっとだぞ。わざわざ祝われるほどではないが」
「ふっふーん、サナダさん知らないだろうけど、出張行ってる間に色々あったんだよ?」
「何か周りを見て、気づくことありませんの」
「周り…?」
見回して気づいたのは実に些細なことであった。吹き抜けから見える1F〜3F。シェルターの人間はほとんど出払っていたので、そこにはほぼ全員が見えていないとおかしいはずだが、明らかに少ない。
あと、清浄機が小型化している。
「…清浄機か小さくなっている」
「ボケてるつもりですの?」
「あー…人が少ない。合ってるか?」
「正っ解!なんとなんと、この“本部ビル”の5階までが解放されましたー!」
「いきなり2階もか…!」
「清浄機の高性能化、ウチで抱えてる人数の増加ってのもあってよ…1ヶ月にしては目まぐるしい発展だろ?」
「あぁ、ちょっと怖いくらいだ…この調子だと15階までそう遠くないんじゃないか?」
「ですね。もう早とちりして、屋上までのエレベーター直しちゃいましたもの」
「それは早とちりしすぎだろ…清浄機といい、ウチのエンジニア優秀すぎないか?」
「おお、そうだ。まだ二代目には紹介してなかったじゃねぇか。紹介してやるよ」
「ほらほら、料理も食べなよー。そんだけ痩せちゃってさぁ」
「…なんか至れり尽くせりって感じだ」
「そりゃ主役なんですもの」
そう言って、3人は私のまだ知らない亜人達を紹介していく…。
初めて会う亜人ばかりだった。
これが最初で最後の会話になるなんて、彼女たちは知る由もないだろう。私はさも、明日も会うかのようにして振舞った。
「──────ああ、ありがとう3人とも。私はそろそろ上の階に行くよ。他の者にも挨拶がしたい」
「おお!また、明日からよろしくな!」
「サナダさんまたね〜」
「それでは」
「ああ、また明日…」
らしくもない笑顔振りまいて、私はその場を離れた。もうその頃には、上げる脚が何倍にも重く感じられるようになっていた。




