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79話 帰ろう


 ユルムから伸びた触手がミルモに突き刺さる。

 立っていたミルモの体はそれを合図にみるみる体勢を崩し、触手を全て引き抜いた頃にはその身は地へと跪いていた。ミルモの表情から察するに、その攻撃を受けた彼女は平気ではない。かなり堪えているようだ


「ミルモ…?」

「っ…早く、離れて…逃げてください…!」



「ふん、馬鹿だねぇ…そんなヤツらほっときゃいいのにさ」


 ユルムは動けなくなったミルモを余裕の表情で眺め、つまらなそうに鼻を鳴らした。


「それに、なんだい。ちょっと見ない間に随分貧弱な体になってるじゃないか。その体、まるで人間みたいだよ」

「…!」

「何を考えているのか知らないけど、あんな便利な体捨てて死ぬためにできてるような体を目指すなんてアホとしか思えないね…ただでさえ消耗してんのにさ」

「あなたとて…以前は人間だったでしょうに…」

「そうさ。だから捨てた。あんなしょうもない身体、間違っても戻ろうとは思わないね…まあアンタが弱くなるならこっちとしては好都合だけどさ」


 ユルムは伸ばした触手を自分の元へと戻すと、攻撃を再開するでもなく、動かなくなった蛇の抜け殻へと腰を下ろした。

 そして、膝をついて動けなくなっているミルモを見下しながら話を続けた。


「アイツらはいうこと聞かないし…一時はどうなるもんかと思ったけど、案外どうにでもなるもんだね」

「っ…岩戸、ユルム…!アナタだけは…許しません…!」

「こっちもアンタのことを許す機内から、お互い様。天使を殺すのは私たちの悲願だった…それがこんな幕引きとはね」

「ユルム…!やめろ!ミルモはたしかに“天使”だが、人類を滅ぼそうなんて考えは無い!」

「ふふ…何言ってんだか。人殺しが更生したからって、被害者側が簡単に納得するわけないだろ?」

「っ…だが、こんな争いは無益だ!なんのためにミルモを殺そうとする!」


 ユルムは嘆息し、触手の先を私へと向けた。

 殺意に満ちた瞳を、私にも向けている。


「ねぇ、状況分かってんのかい?言っておくが、私は今アンタ殺すのなんてわけないからね」

「っ、だが、それがどうした…!私はお前がミルモから離れない限り、ここを動く気はない…!」

「……はっ、その目…いやな奴を思い出すねぇ…あーやだやだ…」

「…?」

「ま、いいか…思い出したついでだ。冥土の土産に教えてやるよ。私たちが“天使”を何故殺すのか…至極単純だよ。そういう目的で私たちは政府に雇われているからさ」

「政府に…?“明けの明星”以外にそんな組織、聞いたことがない」

「そりゃ、天使が確認されたばかりのころ、公に知られないよう作られたからねぇ…いざって時にどんな非人道的なことも行う、暗ぁい組織さ…もうほとんど死んだけどね」


 ユルムは自嘲するように、クツクツと笑った。

 話を聞いたうえで彼女の瞳を見ると、その殺意の篭った瞳に説得力が帯びてくる気がした。

 単なる恨みつらみだけではない…もっと色々な想いを含んだ上で、その全てを飲み込んでしまうほどの憎悪が見えた気がした。


「あんのさ、大義が。託されたものが。それが今、こうして成就する…感動的だろ?」

「生き物を殺すのに、感動的なんてあるものか」

「アンタにわからなくてもこっちにはあるのさ。大した理由もなく、ただの善意で人助けするようなヤツにはわからないものがさ…さあ、死にたくなかったらとっととどっか行っちまいなよ」

「サ、サナダさん…今の私たちには何もできることは…」


 私はマナの静止を無視して、ユルムの前へと立ちふさがった。

 ユルムの表情が、苛立ちの混じったものへと変わっていく。


「サナダ…やめてください…!」

「バッカだねぇ…ここで死んでもただの無駄死にだよ?なんの名誉もない。誰かに託せるわけでもない」

「数秒でも、ミルモの死を遅らせられるのなら、無駄ではない」

「はっははははは!!……なんだい。死にたいのかい」

「……。」

「あっそう。そういうわけだ」


 ユルムの苛立ちを表すかのように、触手がのたうち回り始めた。

 無数の触手のうちの一本が鞭のようにしなったかと思うと、私の足目掛けて飛んだ。


 パ シ ィ ン !!


「っ──────!!」


 打撃音と同時、声にならないほどの激痛が私を襲った。


「じゃあアンタが懇願するようになるまで痛めつける。そして、その後で二人もろともぶっ殺してやるよ」

「…!」

「あー、アンタもついでに殺しておこうかね。そこを動くんじゃないよ」


 伸びた触手がマナを取り囲み始めた。


「ひっ…!」

「…!マナは関係ないだろう!」

「ああ、そうか。アンタとしては他人が傷つけられた方が苦しむのかね」


 パ シ ィ ン !!


「いぃっ──────!!」


 触手による鞭打ちがマナを襲った。


「やめろぉ!!」

「ははっ!やっぱりそうかい!さっきより全然、いい顔をするようになった」


 パ シ ィ ン !!


「ひぁ、っ…!!」


 マナへの攻撃は続けられる。

 みるみる赤く染まっていくマナの四肢と、涙に濡れていく表情が痛ましくて、私は目を逸らそうとしてしまう。

 が、ユルムの触手がそれを許さなかった。私の顔は無理やり、マナのほうへと向けられる。


「いっ!あぁ、っ…!やだっ…!やだやだ!!痛いのやだぁ…!!」

「っ、ユルム…!お前ェ…!!」

「アンタらは人間でありながら“天使”に味方したんだ。裏切者には当然の罰さね」

「痛いっ!もうっ、やめて…!やめてよぉ!!」

「サナダ、アンタが余計なことしなかったらこの子も苦しまなかったかもしれないのにねぇ!」


 続けて何度も放たれる触手。

 マナは最初こそ逃れようともがき続けていたが、ついには痛みに悶えるだけとなっていた。


「もう、やだ…!知らなかった…!知らなかったの!その子が“天使”だったなんて!」

「はは、そうだろうね…そうだ。知らなかったのならしょうがない…」


 ユルムは頭から髪の毛をいくつか引き抜くと、束ねて針のように尖らせた。そして、触手の拘束を解いたマナにそれを渡した。


「サナダにこれを突き刺しな」

「えっ…?」

「そしたら、アンタの命は助けてやるよ」

「…え、え…?」

「そら早く」

「ひっ…!」


 触手が地を叩いた。

 マナは怯えと戸惑いが混じった様子で針を持ち、私へと近づいていった。

 マナは私を刺す気だ。そんな罪悪を感じている彼女に対して、私は無言で頷いた。


「サナ、ダ…!やめてください…!」

「いや、これでいいんだ…ミルモ。後は頼むぞ」

「…!ごめん、なさい──────!!」


 ──────数瞬の痛み。

 思ったより痛くは無い。だが、間違いなく体に良くないものが流れ込んできている。私はもう、そう長くないのだろう。だが、これでマナは助かる。それに、ようやく私は──────


「あ、れ…?」

「あ…?」


 閉じようとした視界に映るのは、触手によって後ろから穿たれるマナ。

 私は飛び散る鮮血に目を見開いた。


「残念だね。亜人も、私たちにとっては抹殺対象さ」

「っ…!ユル、ム…!どこまでお前は…!!」

「どうとでも思いな。今から死ぬやつになんと言われようが気にしないからね」

「ユルム、ゥ…!!」


 身体は動かない。立っていることさえままならない。身体を何かが蝕んでいるのが分かる。薄れていく視界の中、せめてミルモだけでも見ようとも、それすら出来ないでいた。


 〜♪


「なんだい?」


 聞き覚えのある音楽。近づいている。

 何かがこちらに向かってきている。


「──────!!待っ」


 ゴ シ ャ !!


 何かが落下し、ユルムがそれの下敷きとなった。ユルムの上に立っていたのは長い角を携えた、真っ白なヤギであった。


「アン、タ…!ふざけん」


 ゴ シ ャ ア !!


 5mはある体長でヤギは前足を振り上げ、ユルムへと振り下ろした。それ以降、ユルムの声は聞こえなくなる。その代わりなのか、ハッキリと聞こえてくる音があった。


 〜♪


 聞き覚えのある音楽。安定したリズムで、ゆったりとした電子オルゴールの音が延々と流れていた。

 紫電を纏ったヤギの瞳は真っ直ぐと、私を捉えていた。


「リニ、ス…?」


 何故か彼女の名前を呟きながら、私の意識は暗黒へと落ちていった。

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