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76話 変身

 

 “亜人解放戦線”地下部。

 そこは組織内の亜人でも一部しか知らない秘密の実験施設。そんな薄暗い地下室に、ミルモは立っていた。その研究室の主、ユルムによって呼び出されていたのだった。


「もし、そこにいるのはどなたですか」


 訪れてすぐ、ミルモは暗闇の向こうに見えた人影に向けて声をかけた。


「…あ、ミルモ嬢。君も来たんだね」


 人影は亜人解放戦線リーダー、ヘルザであった。いつも通り、軍服姿で芯の入った立ち姿でミルモの下まで歩いて来た。


「ユルムはまだ来てないみたいだよ」

「アナタも呼ばれたのですか」

「ああ、薬は完成したとは聞いたが、実際に亜人にはまだ試してないみたいだよ」

「つまり、私たちは実験台として呼び出されたということなのです?大丈夫なのですか?」

「ああ!なんて言ったって、ユルムだからな」


 ヘルザは屈託ない笑顔を向けた。

 その表情からユルムに対する信頼が窺える。

 ミルモはその反応から、ホッと肩を撫で下ろした。ヘルザがここまで信用しているのだ。それに、自分とてここまで協力してきたではないか。安全なのは間違いない…はず。


「だが、これでミルモ嬢ともお別れか…寂しくなるよ」

「ここを発つだけですよ。会おうと思えばいつでも会いに来れます。なんだったら、ヘルザもウチに来ますか?」

「はは!嬉しい申し出だけど、お断りさせていただくよ。私はここのリーダーだからね」

「そうですか…残念なのです」

「ごめんね。ここにいる、虐げられてきた子達のためにも、私はここにいなきゃならないんだ。リーダーだから」

「……。」

「──────おっ。待たせて悪いねぇお二人さん」


 声がした方向、暗闇の向こうから白衣を着たユルムが嬉しそうに歩いて来ていた。片手にはカプセルが入ったケースを持っている。


「ユルム!遅いぞ!」

「許しな。ちょいと準備に手間取ったんだ」

「…その手に持っているが“例の”なのです?」

「ああ…ついに完成したのさ!その名も“フェザーシーフ”!略してFC薬だよ!」

「おお…これがあれば能力の安定しない亜人の子達も安心して生活できるのだな!」

「そういうことさ。早速で悪いが、実験台を頼むよヘルザ」


 ユルムはケースからFC薬を取り出すと、ヘルザへと投げ渡した。それを受け取ると、ヘルザはなんの躊躇いもなく口の中へと放り込み、飲み込んだ。


「ふむ…なんともない」

「今はね。徐々に効き始めると思うよ」

「私の分は無いのですか?」

「あぁ、ミルモには別の薬を試してもらうよ」

「別…?他に何かあるのですか」

「ついでで作ったやつさ。ちょっとばかし、動かないでくれよ」


 ユルムの頭髪が蛇のようにうねったと思うと、その毛先は鋭く尖り、ミルモの身体へと突き刺さる。

 そして、髪を通して液体はミルモの体内へと注ぎ込まれた。


「…?これはなんの薬なのです?」

「ああ、それは薬というより──────」


 刹那、ミルモの全身に寒気にも似た感覚が駆け巡る。苦痛、それが己の身体に何か良からぬ物が侵入したことを知らせていた。


「──────毒だね」

「っ…!?」


 ミルモの視界は揺らいだと思うと、いつの間にかまともに立てなくなっていた。

 ───人間に近づいたとはいえ、元は“天使”の身体。それがよ苦痛に膝を着くとは。

 ミルモの頭にはまとまらない思考が巡り続けていた。


「はぁ…っ…!は、ぁっ…!」

「耐えるねぇ…並の亜人ならもう気を失ってるはずなんだけど…」

「ユル、ム…これは、一体…!」

「細胞と結合したAC因子を、細胞ごとぶっ殺しちまう薬さ。要するに“亜人を殺す薬”だね」

「…!!」

「これは結構前から完成させてた物なんだけど、アンタのおかげでより強力になった代物さ…でも、こうして耐えられてる辺り、まだ改良の余地ありだね」

「ユルム…!アナタはぁ…!!」

「──────うっ、が、ぁぁ…!!」


 ヘルザの苦痛に歪む呻き声が響いた。暗闇の中、ヘルザは苦しそうにのたうち回っている。


「あっ……あっ……ああ…!」

「へル、ザに、何を…」

「ふふ…今回作ったFC薬はなんと真逆。体内のAC因子を限界まで増殖させる薬さ。まだ亜人には飲ませたことなかったけど、ああなるんだねぇ…」

「ヘルザは…!アナタの友人ではないのですか!!」

「友人ねぇ…まぁそうとも呼べるかもしれないけど、元よりアイツはこの時のために作ったヤツだからね」

「作っ、た…?」

「たまたまだったよ。死にたてホヤホヤの死体にAC因子をしこたまぶち込んだら、ソイツは亜人になったんだ。死ぬ前の記憶はほとんど無かったみたいだから、吹き込んだことなんでも信じたよ」

「……それが、ヘルザ…?」

「まあね。私の最高傑作の1つさ」

「ああ、あああ…!ああああああああ!!!」


 ヘルザの身体が歪み、膨張を始めた。

 異様な光景を前にユルムは狼狽えるでもなく、持っていた煙草に火をつけた。ヘルザの叫びが響く中、一息つきながらユルムは続けた。


「元々この組織も、私が作ったのさ。人間に虐げられた亜人を集めるための実験場としてね」

「実験場…?」

「AC因子は、宿主の苦痛に反応して、宿主を守るために増殖する。それによって亜人の能力は暴走するのさ…でも、暴走は一時的なもの。増殖して、後はそれに慣れちまえば亜人の力ってのは増幅していく」

「そんなことが…」

「要するに、苦痛を与えられた亜人は強くなる。私は強い亜人を集めるためにここを作ったのさ」

「そんなことのために、こんなことをするのですか…?」

「それが私たちの役割…って、言いたいところだけどね。残念ながら私の趣味さ」

「あっ、がああ、ぁ…ぁぁアッ!!」


 ひと回りほど大きくなったヘルザの身体から何かが生え広がった。背中から伸びた真っ白なそれは、この場にいる2人にとって見覚えのあるものであった。


「世羽根…なるほどね。亜人もいくとこまでいっちまえば、最終的には“天使”と同じになるわけだ」


 白銀の翼が広げられると、辺りに羽が舞い散る。

 ヘルザのシルエットは細長く伸び、肌は真っ白な大理石にも似た色の肌に変色していた。


「アッ、イィィイィ…!ユル、ムゥゥゥ…!ナニヲ、ナニヲ、ナニヲ…ォォ…!」

「ヘルザ、大丈夫さ。いつも通り、待ってればすぐに楽になるさ」

「グッ、ウウゥゥゥ…!」

「ヘルザ…しっかり、してください…!」

「はぁ…なんだ、死なないね。上手くいったと思ったけど、これじゃ失敗作さね」


 そう言って、ユルムは持っていた小瓶の蓋を開き、ミルモへと投げつける。

 小瓶が割れ、中に入っていた液体が飛び散ると、広がったのは金木犀の香りだった。

 ユルムは手を叩き、変わり果てたヘルザの注意を引く。


「そら、ヘルザ!見ろよ!お前を襲った例の男だぞ!」

「ナ…ニ…!!ドコダ!アイツハ、ドコダァァ!!」

「金木犀の匂いがする方だよ!!いつもアイツがつけてた、忌まわしいあの香水の匂いだ!」

「コロス!コロス!!コロスゥゥ!」


 細長く伸びた脚を、ミルモ目掛けて振り下ろした。


 ズ ド ォ ン !!


 鈍い打撃音と共に、ミルモの小さな身体はヘルザの足下へと消えた。


「はぁ…ちょいと騒がしくなっちまったかね。上の連中は気づいていないといいが…」

「シネ、シネェ!!クズガァ!オマエガイナケリャ!イナキリャアナァ!!」

「おいおい、ちょいと静かにしとくれよ。この地下室だってそこまで頑丈には──────」


 そこで、ユルムは気づく。

 床に叩きつけられたはずのヘルザの足裏。床との間に、わずかながら隙間が生まれていたことに。


「──────アナタは、間違いを犯しました」

「…ヘルザ。まだ殺せてない」

「私は亜人は皆同胞、傷つけ合うべきではないと、そう考えていました」

「ヘルザ!さっさとこいつを殺しな!!」

「ウ、ウウウ…」

「ですが、今その考えを改めました、亜人の中にも殺すべき者はいる。共存できない者はいるのです」


 さっきまで雄叫びを上げていたはずのヘルザが怯えている。その原因、ミルモはヘルザの足元の影から這い寄るようにして、その姿を現した。


 銀色の翼。

 銀色の肌。

 銀色の肉体。


 小さかったはずのその肉体は、流動的な動きでその姿を再形成する。


「ア、アンタ…まさか──────」

「同胞を殺すのは、アナタで初めてなのです」


 舞い上がった翼は刃物のように、空間を走った。


 〜〜〜〜〜〜


「…ミルモ?!」


 真夜中。

 皆が寝静まった夜、私の部屋に彼女は姿を現した。

 いつもの余裕ある雰囲気はどこへか、フラついた身のこなしで、私の近くにまで歩み寄った。


「サナダ、そこにいますね…?」

「ど、どうした。元気がないようだが」

「この程度、数時間もすれば、回復するのです…」

「そ、そうか?」


 ここまで弱った彼女は見たことがない。

 何かあったのだろうが、話を聞ける状態でもないようだ。私は身体を預けてくるミルモを、そのまま受け止めた。


「明日の朝…ここを発ちましょう…」

「それはいいが…薬を作るってのは、もういいのか…?」

「ええ…もう、ここは、ダメですから」

「は?ダメっていうのは…?」


 答える前に、ミルモは深く目を閉じた。


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