75話 羽泥棒
「サーさんバイバーイ!またね!」
「またねー!」
手を振りながら離れていく幼女達。
彼女らに対して、私は無言で手を振った。
ユルムと約束を交わして6日が経過していた。
私はユルムによって生み出された人工的な亜人、という扱いでこの組織に留まることとなった。が、もちろん私はただの人間なのでガスマスクや防護服なしでは外に出られない。
ということで用意されたのが、ユルムによって特殊な加工がなされたクマを模した着ぐるみであった。ガスマスクと防護服では他の“奴隷”と見分けがつきにくいため、このような手になった。
「あっ、サーさんだぁ。こんにちわぁ」
「サーさん!サーさん!こっち向いて!キャハハハ!」
青空の下で、着ぐるみ姿のまま手を振る。
その愛くるしいフォルムと、基本的に喋らないスタンスが組織の皆の心を掴んだのか、私は亜人解放戦線の公認マスコット“サーさん”として馴染みつつあった。
安心しきった表情で話しかけては、通り過ぎていく亜人達。どうして、かくも人とはものを見た目で判断してしまうのか。
「人気ですね。サーさん」
「…あまり話しかけるな」
ベンチに座って虚空を眺めていたところ、リニスに声をかけられる。
「あ、普通に喋るんです?」
「周りに誰もいないようならな…いないよな」
「ふん、ここの子達に嫌われるのが怖いんですか」
「いやそんなことはないが…なんで少し怒ってるんだ。今日は何も悪さしてないぞ」
「…別に」
リニスはいつもより険しい表情で顔を逸らした。
こういう時の彼女は機嫌が悪い。何か彼女の機嫌を取ることを言わなければ。
「…そうだ。部屋の清浄機のバッテリーが切れかけている。また充電しておいてくれるか」
「ああ、いいですよ。また後ほど向かいますね」
「すまないな…」
「いえいえ…♪」
リニスにしかできないことを頼る。これで機嫌が取れるのだから助かる。私は、この6日間でD-部隊の面々の扱いにも慣れてきていた。
「ん……?今、私の機嫌を取るために言いました?」
「…そんなことないが。純粋にバッテリーを充電してほしいだけだが」
「ふーん…まあいいですけど」
それと共に、彼女らも私の考え方を理解しているようではあるが。
「その格好、暑くないんです?」
「ん?暑いぞ。だから昼間はなるべく出歩かないようにしている。そろそろ日も高くなってきたし、屋内に戻るつもりだ」
「それなら防護服とガスマスクでいいんじゃないですか?」
「確かにそっちの方が涼しいが…さすがに亜人達からの身の安全を優先する」
「アナタの安全くらい…私が、守りますけど…」
「…?今なんて言った?着ぐるみだと少し聞き取りにくいんだ」
「なんでもないです。一生着ぐるみの中で苦しんでください」
「やっぱりまだ怒ってるか…?」
今日のリニスはややご機嫌ななめなようだ。
機嫌を取ろうにも、もう頼み事がない。このまま自然に上機嫌になってくれるのを待つしかないようだ。
「しかし、こうして見ると平和だな。人間の扱いさえ除けば、“本部”となんら遜色ない環境だ」
「サナダさんのところは人間や亜人の差別とかは無いんです?」
「さすがに完全な平等とまではいかんが、少なくとも今、差別はないな。私が亜人管理官になる前はそれなりにあったらしいが…私の叔父が頑張ったらしい」
「…偉大な方だったんですね」
「ああ。私よりも全然、立派な人だったよ」
今でも叔父のことが頭を過ぎる。
いつあの人に追いつけるのだろうか。何をどうすれば、あの人のようになれるのだろうか。毎日、思い悩む時間がある。考える度に、私は自分の至らなさに落ち込んでいた。
「…少し遅れましたが、サナダさんに伝えなくてはいけない事があります」
「なんだ急に改まって」
「私たちD部隊は、この組織を離れようと思っています──────」
リニスはなんでもないように話した。だが、それはかなり大事なことだ。私は思わず声を荒らげる。
「…!なんでだ!ここほど平和な場所はそうないぞ!考え直せ!」
「──────そして、私たちも“本部”とやらに行こうと思っています」
「あ…なんだ。そういうことか」
「最後まで聞いてくださいよ…ミルモさんに話は通してあります。亜人を受け入れる部屋は十分にあるとのことです」
「ああ、ウチならいつでも歓迎してくれるだろうよ…でも、なんで急にそんなことを」
「急に、ですか。私たちは最初からアナタの行く場所について行くつもりでしたよ」
「そうなのか…?」
「はぁ…その顔。ツムギの言った通りでした。アナタ本当に分かってないんですね」
呆然としている私に対して、うんざりした表情でリニスは話し出す。
「私たち皆アナタに救われたんですよ?皆、アナタのいる場所に行きたいに決まってます」
「皆って…リニスもか?」
「…言わせたいんですか」
「あっ、いや、別にそういうつもりはなかったんだが…」
「いいです。この際だからハッキリ言います。アナタ何も分かってないみたいですから」
リニスは顔を紅潮させたと思うと、はぁ、と深く深呼吸をした。そして、意を決したように口を開く。
「私は、アナタを愛してます。親愛的な意味で」
「……。」
「あらゆる脅威から、アナタを守りたいと、本気で思っています。なるべくアナタが傷つく姿を見たくないと、か、考えてます。ですからぁ…」
「……。」
「なっ…!なんで黙ってるんですか!!着ぐるみで表情が見えないからってズルいですよ!!」
「いや、ここまでストレートに言われると、どう反応していいのか分からん」
顔の辺りが熱いのは、多分着ぐるみを着ているからだ。日も高くなってきた。そろそろ戻った方がいいかもしれない。
「ちょっ、どこ行くんですか!まだ話は終わってませんよ!」
「いい!もう十分だ!一旦部屋に戻る!」
「着ぐるみ脱いでから、もう一回話しますからね!覚悟してくださいよ!」
なんの覚悟だ。
私は追いかけてくるリニスから逃げるように、その場から離れた。親愛なんて言葉、人の口から初めて聞いたかもしれない。
〜〜〜〜〜〜
「できた…できたァっ!!はははははっ!!」
薄暗い部屋の中、ユルムの声が響き渡る。
その狂気的な笑みを浮かべている彼女の手には妖しく光るカプセルが握られていた。




