72話 ニゲロ!!
「はあ…暇…」
ツムギがため息混じりに呟いた。
ヘルザの監視を初めて一時間が経過していた。
私視点からは何も見えないが、ヘルザは敷地内を歩き回るくらいで、特に変わった動きを見せていないらしい。
「何にも起きないなー…サナダさん、ちょっと行ってきて、あの人犯してくれません?」
「そんな軽いノリで私を殺そうとするな」
「いやいや、多分一発ブチ犯したらヘルザさんもハーレムの仲間入りですよ…へへへ」
ツムギは無防備に床に寝転がりながら不気味に笑った。能力使用中は何も考えなくていいよう、目をつぶって横になるのが1番いいとのこと。
「ずっと組織の亜人と話してますねぇ…本当にこの人が怪しいんですか?」
「怪しい、というかヘルザくらいしかミルモに繋がりそうなヤツがいないんだ。何か一つくらいミルモへの手がかりが見つかればいいんだが…」
「あっ…ハルラちゃんとリルちゃんだ。会って何か話してますね…」
「探りを入れてるんだな」
「…あー、ヘルザさんが投げたボールをリルちゃんが追いかけていきました」
「おいおい…」
「ちょっと話してから離れていきますね…ハルラちゃんは走っていったリルちゃんを追いかけに行ってます」
ツムギから状況を聞く限りでは、ヘルザに軽くあしらわれたような印象を受ける。確証を得たわけではないが、やはりヘルザは隠し事をしているように思える。
「……ん?」
「どうした」
「ヘルザさん、急に人気の少ないとこに向かっていきます。小走りで」
「…目を離すなよ」
「もちろんそのつもりです…ん、んん…?今、辺りを見回して…あ、入った!なんか隠し扉みたいなものの中に入りましたよ!!」
「お、追いかけろ!」
「うおおおおおぉ!!いけぇーっ!」
目をつぶって寝転がりながら、ツムギは熱く吼える。やはりいつも以上にツムギのテンションが高いことに困惑しつつも、ようやく手がかりらしい手がかりが現れたことに私も少し高揚していた。
隠し扉。いかにもじゃないか…!
「……あ」
「ど、どうした?」
唐突に、寝転がっていたツムギが目を開く。
「…私の操ってたカラス…ヘルザさんに捕まっちゃいました…」
「それは、つまり…」
「ばっ、バレちゃいました。監視していたこと」
「なるほど、隠し扉は私たちが接近しようとすることを見越しての罠だったわけか…」
「れっ、れいせきっ…冷静にに、分析してる場合ですか!マジでここに居づらくなっちゃったじゃないですかぁ!」
「覚悟の上じゃなかったのか」
「8割冗談でしたよっ!元より見つかる気はサラサラなかったんです!どうしてくれるんですか!」
私は考えた。
ヘルザがツムギの能力による監視に気づいたとするなら、恐らくヘルザは探しに来るはずだ。他でもない、ツムギを。そうなった場合、1番に困るのは…。
「……ツムギ」
「はい?」
「この部屋から出ていけ」
「おぉおぉぉお?!今恩を仇で返されてます私?!」
「今できる最善の行動だ。このまま私もツムギがいるところを見つかってみろ…共犯を疑われ、最悪私だけが死ぬ…!」
「あ、なるほど…てっきり私見捨てられたのかと思いました…」
「とりあえず私はこの部屋に隠れておく。ツムギは自室にでも戻って、皆に現状を伝えておいてくれ」
「ぜ、善は急げですかね…?とりあえず、はい、そうします…」
「大丈夫か?」
「ま、まあ私は何とか…ばっ、ばいばーい」
大分低めになったテンションでツムギは部屋から出て行った。
これで、ひとまずは安心だろうか。まさか、奴隷が亜人の能力を使って自分を探っているとは思うまい。また折を見て、ヘルザが入ったという隠し扉のことを調べれば、いずれミルモの居場所にたどり着くに違いない。
キィィ…
扉が開く音。
そこで、ツムギの原稿が何枚か机に置かれたままなのに気づく。恐らくツムギが取りに戻って来たのだ──────
「──────やあ。ご機嫌よう」
「…!」
が、扉から現れたのは、予想に反してヘルザであった。笑みを浮かべながら、私を見下ろしている。
「ねぇ、さっきのは君だよね?」
「……。」
「黙ってちゃ何も分からないよ。サナダくん」
「…!私の名を…」
「人間の名前なんて覚えたくなかったけどね。ミルモ嬢が何度も口にするもので、覚えてしまったよ」
ミルモの名が彼女から出てきたということは、やはり私の予想は当たっていたことになる。
恐らく、彼女はミルモの居場所を知っている。
「君のことは既に彼女から聞いているよ。あの“明けの明星”の亜人管理官なんだってね」
「私の肩書きなどどうでもいい。ミルモはどこにいる…!」
「下さ。地下だよ。この建物の地下に、研究施設があってね。そこにいるよ。さっき隠し扉があっただろう?そこから入れるよ」
「あっ…?」
「なんだい。君が聞くから教えてあげたのに」
「っ…!つまり、これを聞いた私を生かしておく気はないと…そういうことか」
「いやそうしたいのも山々なんだけどね…君を殺したら、ミルモ嬢が私たちに協力してくれなくなるから、それは出来ないんだ」
ヘルザは困ったように肩をすくめた。
思ったよりまともに会話してくれている。
思っていたよりも、平和的な解決が望めそうだ。
「だから、ミルモ嬢には、君のことを諦めてもらおうと思う」
「…それは、どういう意味だ」
「君からミルモ嬢を説得してもらいたい。ここに残るように言って欲しいのさ。上手く行けば、君を元の場所に返してもあげてもいい」
「断ったら、どうなる」
「言わずとも…だと思うのだけれど。殺ス以外でも、君の言うことを聞かせる方法はいくつかあるだろう?」
ヘルザは笑顔のまま、握り拳を私に向けた。
前言撤回だ。こいつは端から平和的に行く気はない。今行われているこれは交渉ではなく、脅しだ。
「さて、どうしたい?私は正直どの方法でもいいさ」
「…分かった。ミルモと1度、話して見よう」
「はは、意外と聞き分けがいいんだね」
「私とて、優先するのは自分の身の安全だ。たとえミルモが望まぬとしても、私が戻れるなら…」
「ふふっ、いいね。君がそんな性格でよかった」
「…っ?!ちょっと待──────」
ズ ゴ ッ !!
突き出された拳が振り上げられると、そのまま私の鳩尾へと刺さった。一瞬にして、私の意識は刈り取られた。




