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70話 Bzzz…

 

 腹を巡る痛みに耐えながら、宮殿内を歩いた。宮殿内には赤い絨毯やシャンデリア、女神の像など、イメージしていた通りの内装で、逆に感心してしまう。


「この辺には人がいないな…うぐっ…」

「本当に大丈夫ですか?」

「腹の辺りが痛むが、折れてはいないようだ…あのヘルザという亜人はどういう立ち位置なんだ」

「よく知らないんですけど、1番偉い人…?って感じですかね。組織のリーダーだとは聞いてます」

「彼女ならミルモの居場所も分かるんじゃないか?」

「いえ、一度聞きましたが知らないみたいです」

「ううむ…やはり聞き込みが必要か…」


 ツムギの“鳥類掌握”とリルの研ぎ澄まされた嗅覚により一帯の調査は大体終わっている。他にやれることと言えば、ここ亜人に聞き込みをすることだろう。


「よし、中庭の方に行こう。あっちの方が人が多い」

「ついさっき酷い目にあったのに、よくそんなやる気出せますね…」

「全員がああではないはずだ。見ろ、あそこにいる亜人なんて、虫も殺せなそうじゃないか」


 窓越しに見る中庭には、じっと1人で本を読んでいる亜人がいたヘルザと比べると、比較的温厚そうな見た目である。

 早速リニスに引かれながら、彼女の下へと向かった。


「は、初めましてぇー…私、最近ここに来た者なんですけどぉ…」

「……。」

「あ、あの…?」


 本を読んでいた彼女は何も言わずに本を閉じると、すっくと立ち上がった。

 そして、私の側へと近づいたと思うと──────


「ふんっ!!」

「っ、あがぁ…!?!」


 ──────私の脛に蹴りを入れた。

 私は痛みに悶絶し、その場に転がり込む。


「いっ、いぃっ、だぁっ…!!」

「最悪。私の視界に奴隷を入れないでくれる?」

「あっ、はい。ごめんなさい」


 本を読んでいた亜人は、苦しむ私のことなど見えていないかのようにその場を去って行った。


「取り付く島もないって感じでしたね」

「くっ…おぉ…!」

「ど、どうします?やっぱり一旦戻りますか?」

「ま、まだだ…!今のは、運が悪かっただけだ!次こそ…」

「…これ、サナダさんがいる必要あります?」

「言うな!帰りたくなってくる!」


 部屋にいても暇だから、というしょうもない理由で外へ出たことを後悔している自分がいる。だが、この程度でへこたれる私ではない。もう少し頑張ればミルモの情報が得られるはずだ


「次はあそこの亜人なんかどうだ?見た感じ暴力を振るわなそうだが」

「もはやサナダさんのフィーリングはあてになりませんが、行くというのなら行きましょう…」


 ベンチに座って談笑している2人の亜人の少女達の元へと向かった。


「初めまして。私、最近ここに来た者なんですけど」

「キャハハハ!知らない人!奴隷連れてる!変なの!キャハハハ!」

「はぁい初めましてぇ。お名前ぇ、なんて言うんですかぁ?」

「あ…丹下リニスって言います」

「リニスちゃんですねぇ。僕は小舞マコって言いますぅ…こっちのうるさいのはキヌですぅ」

「キャハハハ!うるさくないよ!リニスちゃん!キャハハハ!」

「すいませんねぇ…」

「あはは…」


 マコは常に目を閉じており、キヌは飛び出すんじゃないかというくらい、目をガン開きしている。

 対照的な2人は、奴隷の私に暴力を振るおうという様子はない。これなら殴られずに済むかもしれない。


「すいません。いきなりですけど、お2人にお聞きしたいことがあって…」

「キャハハハ!それよりも、リニスちゃんはどんな能力持ってるの?気になる!気になる!」

「ごめんなさいねぇ…キヌ、思ったことすぐ口に出しちゃう子でぇ…よろしければ答えてあげてくれますぅ?」

「は、はい。私の能力は“放電”で、手とかから電撃を出せるって感じです」

「見たい!見たい!」

「危ないからダメですよぅ…ねぇリニスちゃん?」

「いえ、見せるだけなら。最近は安定しているので、調節すればそんなに危険ではないですよ」

「やったー!見せて!見せて!」


 そう言うと、キヌはリニスの手を取り、その指先を私の方へと向けさせた。


「あ、ぇ…?」

「奴隷がギリギリ死なないくらいの強さ!」

「ああ、奴隷に向けてなら、全然危険じゃないもんねぇ」

「いや、あの…」

「どうしたの!」


 リニスは私に指先を向けさせられたまま、青い顔をしていた。そしてそれとは対照的に、キヌはワクワクした表情で私を見ていた。


「てっ、手錠が電撃で壊れたりしませんか?あれって機械なんでしょ?」

「大丈夫よぉ。壊れたらまた新しいの付け直せばいいからねぇ」

「はやく!はやく!」

「っ…わ、私はこの人を──────」


 私は彼女が引け目を感じないよう、無言で頷いた。ここで彼女の精神が不安定になってしまっては、電撃の出力を誤ってしまうかもしれないから。下手すればそれで私は死んで、それから…。


「…それでもいいかもしれない」


 誰にも聞こえない声で呟いた。

 でもやっぱり、痛いのは嫌だから、できれば死なない程度でよろしくお願いしたい。


「──────ごめんなさい…」


 泣きそうなリニスから放たれた銀色の帯が、私の胸元に命中した。全身が動かなくなった直後に、私の意識の糸はそこで途切れてしまった。


 〜〜〜〜〜〜


 ──────不安定な電子オルゴールの音が聞こえる。


 目を覚ますと、視界の半分は見覚えのある部屋の天井となっていた。もう半分は、よく分からない。何かが私の半分を遮っていた。


「…?」


 よく分からないまま、その遮っていた物に触れてみる。指が沈み込んでしまうほど、柔らかな感触。ずっと触れていたいような心地よい感触に、思わず握りこんでしまう。


「ひゃっ…!」

「…リニス?」


 すぐ側でリニスの声が聞こえた。

 声の近さ、聞こえた位置、視界を遮っているもの、後頭部の感触…。

 あらゆる情報を元に、私は今の状態を察知した。そして、無言で“遮っているもの”から手を離した。


「あー…リニス?これは、わざとじゃない。今、寝起きで寝ぼけていたんだ。決してやましい思いがあったわけではない」

「……。」

「ん…?リニス?」


 返事がないようなので“遮っているもの”を避け、私は身を起こした。見ると、リニスは私の頭があった位置の辺りに正座していた。その目元は赤く腫れている。


 リニスは私と目を合わすなり、ポロポロと涙を落とし始めた。


「うっ…ぐす……構いまぜん…!アナダがぞれで許じでぐれるなら……っ、殴るなり、犯すなりじでくだざい…!」

「おかっ、ちっ、違うと言ってるだろう!まず第一に、今回非があるのは、外に出ようとした私の方だ!お前に責任は一切ない!」

「じゃあなんで外に出るなんて言い出したんですかバカァァ…!!」

「それは、もう、謝るしかないが…すまん」

「なんでサナダさんが謝ってるんですかぁ…!意味わかんないです…!」


 リニスの持っている電子オルゴールは不規則なリズムで音楽を奏でている。飛び散る紫電は今のところ見えないが、精神が不安定なのは間違いない。


「サナダさんに電撃を放ったのは、傷つけたのは、間違いなく私です…私に非がないなんてことはありません」

「そ、そうだな。私とて、攻撃されて嬉しいわけではないからな」

「でもあの時頷いたのはアナタですぅ…!!」

「お前はどうしたいんだ…!私としては、亜人に何かしらされる覚悟はしていた。それをするのがリニスだろうと、私は何も気にしない」

「ううぅ…私が覚悟してないです…嫌なんですぅ…大切な人が傷つくところを見るの…なのに、なのにアナタはァ…!」

「う、すまん…もう金輪際、暇つぶしで外に出ようとはしない。約束する」

「ん……そうしてください。もう次、部屋の外に出るとしても私はついて行きませんからね。約束ですよ…?」

「あ、ああ…」


 私のその言葉が聞きたかったのか、オルゴールのリズムは徐々に安定していった。

 大分落ち着いてきたのか、リニスは傍にあったティッシュで豪快に鼻をかむと、ふぅと息をついた。


「ミルモさんの手がかり、聞けましたよ」

「本当か?!苦労した甲斐があったな!」

「……」

「あ、いやすまん。続けてくれ…」

「こほん…どうもあの二人が言うには、ヘルザさんと一緒にいたところを見たそうです」

「…!」

「それも、私がミルモさんのことを聞く前に。つまり、ヘルザさんはミルモさんのことを知っていたのに、私から隠したことになります」

「間違いなくヘルザは何か知ってるな」

「案外すぐ会えるかもしれませんね」

「よし、そうと決まったら明日…」

「明日?」

「…は、ヘルザを問い詰めるよう頼むぞ」

「いいでしょう。アナタはこの部屋から1歩も出ず、吉報を待ち続けてください」

「…あいわかった」


 リニスの鋭い眼光に、私は縮こまることしかできなかった。

 なにはともあれ、こうしてミルモへと1歩近づいた。アイツ今、どこで何をしているのだろうか。面倒ごとに巻き込まれていないといいが。

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