7話 ヘブンオアホスピタル
「──────ん?は?」
覚醒。
微睡みはなく、スッキリとした覚醒。
視界に飛び込んできたのは、氷漬けにされた後と同じ光景。変わらずそこには医療的なスメルが立ち込めている。
「夢。それとも天国かな…」
同じ部屋のはずだが、見回してもクルネはいない。
…よくよく考えたら、この部屋はシェルター内にある部屋だ。亜人がシェルター内に普通にいるだろうか。いや多分いない。つまり…。
「氷漬けにされた後が全て夢だったか…?」
再度見回すが、部屋には人一人いない。
というか、シェルター内がいつも以上に静かに感じる。今が夜じゃないなら、部屋の外から足音の1つでも聞こえてこないとおかしい。というのに、聞こえてない。
棚に置かれたデジタル時計は14時を示している。
「妙、だが…まあいいか」
どこからが夢にせよ、シズクの様子は見に行かねばなるまい。置いてあったガスマスクと防護服を着用し、上へと向かうべく部屋へと出た。
やはりシェルター内はがらんとしており、いつもより明らかに人が少ない。というかいない。
「見てお母さん。あの人変なのー」
「こらっ!やめなさい。すいません、お仕事中に」
いるにはいたが、このがらんどうを気にも留めていない。数人、人とすれ違うがシェルターの人気より、どちらかと言うと私の格好の方が気になっている様子だった。
何があるというのか。
ここが天国ではないことしか分からない。
不審がりながらも、1階へと続くゲートに辿り着いた。
「…?なんだ、警備がいないじゃないか」
ゲートにはいつも立っている警備の2人がいなかった。
それどころか立て看板で“ご自由にお通りください”とまで、ゲートの先を矢印で示している。
「…んん〜……と、通りますよ!いいですね!」
誰もいない空間に呼びかけながら通った。
ゲートは電源が切られているようで、通ってもなんの音も光も出ない。普段と比べて、なんだか後ろめたい気持ちだ。
私は何が起きているのか分からないまま、1階へと続く扉を開けた。
「──────は?」
扉を開けて飛び込んできたのは異様な光景だった。
1階から3階まで、“世羽根の毒”に侵されているはずの階層に人がごった返していた。
そこにいた誰もがガスマスクも防護服も着用していない。皆当たり前のように、楽しそうに行き来していた。
「な…?!なんだ、何が」
「お〜、しゃべきゅーじゃん。お前しゃべきゅーだろ」
下からの声に反応し、顔を下げる。ドラムスティックを持った少女が私を見ていた。見覚えがある顔だ。
「こんな日にそんな格好できるのお前くらいだからな〜」
「…倉木ケリン、だったか」
「お〜、よく覚えてるな。私も覚えてるぞお前の名前。しゃべきゅーだろ」
「サナダだ。それよりこれはどういう…」
「あー!!喋れる給仕さんだ!絶対そうだよ!あの人!」
「…ふふ、防護服。恥ずかしいやつ…」
遅れて楽器を持った2人の少女が私の方へと駆け寄ってくる。こいつらも全員、見覚えのある顔だった。
「清戸レン。あと阿多レヴィオ」
「やっぱりその声!なんでそんな格好してるんですか?」
「レンちゃん…言ってやんなって…喋れる人知らないんだよ…」
「ん?……あー!そっか!喋れる給仕さんもしかして今起きました?」
「サナダだ!そうだ。ついさっき目覚めたところだ。これは、一体どうなってる?」
「サナダさんのおかげですよ!ほら!」
そう言ってレンは少し遠くにある機械を指さした。円柱状の機械は青白い光を発しながら、微かに音を立てている。
あそこは確か、私がマーカーを設置ところだ。
「まさか…空気清浄機か?!完成したんだな」
「そうですよ!今日はビル解放記念日です!シェルターにいた人たちも皆出てきてパーティーなんですよ!」
「待て、私が寝ている間に何日経ったんだ」
「…大体、1週間…」
「1週間…?私は、そんなに」
私は1週間も意識が無かったことになる。
本当に、よく生きていたものだ。今こうして立って歩いていることが不思議なくらい。あれが本当に起こったことだとするなら、腹や腿に空いた穴はどこに行ってしまったのだろう。
「そんなことより!サナダさんマスク取りましょうよ!皆マスクが嫌でこうして集まってるのに!」
「空気読めな〜」
「…ガスマスクあった方が、カッコイイ…」
「はぁ…確かにこの場においてこの格好は失礼にあたるか」
暑苦しい防護服を先に脱いでから、ガスマスクを外した。
「「「お〜!」」」
「…なんだお前ら」
「案外若めな顔なんですね!もっと老けた顔してると思ってました!」
「…思ったより、普通の顔…」
「つまんな〜。見るもの見たし準備しよ〜」
私の顔を見て満足したのか、3人は踵を返して同じ方向へと歩いていく。
その途中、レンは突然振り向き私の方へ手を振った。
「もうすぐライブしますから!見に来てくださーい!」
「盛り上げ役よろしく〜」
「…拒否権なし」
各々言いたいことを言って去っていく。
目覚めたばかりなのに、もう疲れているような感覚だった。
「相変わらず、女の子に囲まれて鼻の下伸ばしてるんですね」
今度は背後からの声に振り向く。
長い赤髪を後ろで結わえた、エプロン姿の彼女が不機嫌そうにこちらを睨んでいた。
「…サラか」
「おはようございます。サナダさん」