69話 エレガントスマッシュ
結局のところ、ハルラ達3人の能力を駆使して捜索してもミルモは見つからなかった。私を無視して、ミルモだけ本部に帰っている可能性も考えたが、流石のミルモでも何も告げずに去るというのは考えにくい。
私達の目の届かないところで、何かしらの理由で連絡が取れないのだとすれば…。
「やはり私から出向くしかないか…」
「…え?何か言いました?」
部屋に奴隷1人というのは怪しまれるとのことで、この日から当番制で、誰かしら亜人が部屋にいるようにしていた。
今日の当番はリニス、洗濯した衣服を丁寧に畳んでいる最中であった。
「リニス、組織では人間が出歩くことはあるか?」
「亜人に連れられて歩いているところはたまに見ますけど…まさか、ここから出る気でいます?」
「ああ、ミルモの手がかりを少しでも得たいし、亜人だけの組織の様子というのにも興味がある」
「興味って…危険なんですって!ハルラからも聞きましたよね?人間ってだけで恨みを持つ亜人もいるんですよ」
「なら尚更、ミルモを見つけてさっさとここから離脱するべきだろう?」
「何のためにこの部屋を用意してると思ってるんです…」
「衣服はボロボロにした方がそれらしいかもしれないな…皆、歩く時は這って歩いたりしてるか?」
「なんでちょっとノリノリなんです?!」
あまりに退屈だったので、外に出られることに喜びを感じている自分がいる。外から見た時は洋風の宮殿のような建物だったが、それに応じた内装となっているのだろうか。
「別に四つん這いにはならなくていいです。その手錠見せてください」
「…?これか」
機械的な手錠は右手と左手で分離している状態だったが、リニスが触れると手錠同士は強力な磁力によって引き寄せられ1つとなった。
「ええと、これにチェーンを付けて…と。あ、防護服とマスクも忘れないでくださいね」
「…リードみたいだな」
「まあ奴隷ですし、組織からしたらペットのような扱いなんじゃないですかね」
「えらく高機能そうな手錠だが、何かあるのか」
「逆らったり、組織の敷地から出ようとしたら、毒が流し込まれるくらいですかね」
「…“首輪”の意趣返しということか」
「亜人達に着いてた“首輪”を流用した物らしいです。流れる毒は人間用ですけど」
こんなものが首元に着いていたと思うと、少しゾッとする。外の亜人は皆、こんな気分で生きているのか。
恐る恐る、首輪をつけた腕を防護服の袖に通した。
「…では、行きます?私はいつ出ても構いませんけど」
「行こう。こうしている間にもミルモがその辺を歩いてるかもしれないからな」
「…あ。外では私のこと呼び捨てにするのはやめてくださいね」
「どう呼べばいいんだ」
「ご…“ご主人様”と、呼ぶのが一般的ではあります」
「ご主人様」
「うう…なんかサナダさんが言うと変な感じです」
「すぐ慣れますよ、ご主人様」
「ひぃ…」
苦虫を潰したような顔をしながら、リニスは扉を開ける。チェーンで引かれながら、私も続いて外へと出た。
来る前に見た通り、部屋を出るとすぐに通路となっている。通路には窓、絵画、謎の壺が交互に配置されており、どれも高価そうだった。
窓の向かいには扉があり、扉には動物を模した紋様が刻まれていた。
窓を覗くと、昼時だからか、亜人達が中庭でたむろしている様子が見える。
「平和だな」
思わず呟いた。
「実際、私達にとってはいいところではあります」
「見ろ。あの木なんか、リンゴがなってるぞ。木になってる所は初めて見た」
「AC因子に侵されてるので、人が食べれる物じゃないですけどね」
「え、亜人は食べても問題ないのか?」
「むしろ能力が安定するので、ここでは食べることを推奨されてるらしいですよ?」
「ほぉ…?あぁ、しまったな。メモ帳をどこかで落としたみたいだ」
「サナダさんの私物なら、多分リルが拾っててくれますよ」
「──────おお、君か」
と、話していたところに、前方から亜人が微笑みながら歩いてくる。“支部”のものとは違う、ギラギラと勲章が付いた軍服のような服装を着込んだ亜人であった。
「ヘルザさん、こんにちわ」
「ごきげんようリニス嬢。どうかな?もうそろそろ、ここでの生活には慣れたんじゃないかな?」
「はい、おかげさまで」
「うんうん…以前よりも大分能力が安定している。ところで、そこにいるのは君の奴隷かな?初めて見る顔だが」
「はい、ちょうど今日から連れていまして」
「君のような亜人が奴隷を連れるとはね。よほどその男に恨みがあるようだ」
「はい、前にいた組織の亜人管理官だった男です」
「へぇ…亜人管理官か…」
亜人は品定めするように、私をまじまじと眺めた。ガスマスクに隠れてほとんど見えないはずだが、彼女はうんうんと頷きながらは私の周りをぐるりと一周回った。
「……。」
「ふふ…パッと見、悪者には見えないが…人間だからねぇ。この奴隷には、表面上は見えないような邪悪が宿っていると見た」
「ええ、おっしゃる通りです」
「だろうだろう。でも大丈夫さ。ここなら、こんな邪悪に君が屈する必要はないんだ、よっ!!」
「かっ──────?!?!」
彼女の拳が鳩尾に突き刺さる。
血の味と息が詰まるような感覚が一斉に私を襲った。直後の目眩と共に、私はその場に崩れ落ちる。
「…か……ぁ…!!」
「おや、ごめんよ。君を傷つけた人間だと考えたら、思わず手が出てしまった。手加減はしたから悪く思わないでくれたまえ」
「っ……え、えぇ…構いません。むしろ感謝してます。彼を苦しめてくれて」
「ふふ…それじゃあね。ここでの生活、楽しんで」
ヘルザと呼ばれた亜人は優雅に踵を返すと、カツカツとハイヒールの音を立てながら、その場から立ち去って行った。
私の鳩尾には、未だに消えない鈍痛が残っていた。
「ぐ、ぅっ……」
「大丈夫ですか?一旦、戻ります?」
「い、いやまだだ…まだ部屋から出て数歩じゃないか…!」
「で、でも…」
「大丈夫だ…もう、立てる…」
痛みに耐えながらも、よろよろと立ち上がった。これがこの組織に来た人間への洗礼なのか。これは、早いとこミルモを見つけ出した方が良さそうだ。最悪、死ぬ…。




