66話 私利私欲
“亜人解放戦線”
この組織は、人間に“資源”として消費されている亜人を人間の元から解放することを主な目的としているらしい。この組織においては、私は忌むべき“人間”である。
「状況は分かった。D部隊の皆が無事なら、ミルモも無事なんだろう?今アイツはどこにいる?」
「はい…多分この建物のどこかにいるとは思うのですが。申し訳ありません、場所まではまだ…」
「いるのが分かってるだけ十分だ」
ハルラは申し訳なさそうに俯いた。
彼女の首に以前までついていた“首輪”はない。服装も軍服姿などではなく、小綺麗なチュニックワンピースを着ている。当たり前だが、“支部”にいた時と比べれば、かなりまともな生活を送れているようだ。
「ふ…」
「どうしました?なんだか機嫌が良いみたいですけど」
「…いやなに、ここならお前らも良い待遇で暮らせるだろうと思ってな。ここでの暮らしは悪くないか?」
「もちろん前の環境と比べれば、良いですけど…ここでは、サナダ様は奴隷みたいなものなんですよ?あまり良いところとは思えません」
「私のことなど気にしてどうする。あの組織はもう無い。私は亜人管理官ではなくなったわけだし、お前ももうD-10ではないんだ」
「はぁ…」
「自分のことは自分でなんとかするさ。お前はここで好きにした方がいいぞ」
「サナダ様のことを気にせず生きろと言うのなら、私には無理な話です。私にとってアナタは言わば、生きる意味。気にせず生きろというなら、それは死ねと言っているのと同義ですよ」
「大袈裟だな…」
「まあアナタが死ねというなら、私は死にますけど」
「バカを言うな。せっかく“首輪”から解放されたというのに…」
酷い境遇から脱したというのに、ハルラはなおも“神”とやらに囚われているようだ。私に“神”など宿っていない、切って割れば肉と骨の塊だというのに。
…私は思い切って口を開く。
「いいか?もう言っちゃうが、私はお前の思う“神”などではない。普通の人だぞ。お前の信じる“神”とやらはもっと別の次元にいてだな…」
「…なんでそんなこと言うんですか」
「お前は私を誤解しているからだ」
「いいえ。誰がなんと言おうとサナダ様は“神”です。間違っても天使です」
ハルラは珍しく不機嫌なふくれっ面を私に向ける。どうもそこだけは譲れないようだが、その程度のことで“神”同然に崇められるのは困る。
「その辺の人間と変わらない。寝なきゃ死ぬし、食べなきゃ死ぬ。性欲だってある」
「…嘘です。何でも言うことを聞かせられるあの状況で、私たちに手を出さなかったんです。性欲はないようなものです」
「…亜人管理官だからだ。仕事だからだ。プライベートなら、手の一本や二本出てたさ」
「では、今はどうです」
ハルラは急に服を半分脱いだ状態になり、下着を露わにした。私は瞬時に手で目を覆った。
「…戻せ」
「私はサナダ様に何をされても構いません」
「あのなあ…」
「…私の身体は好みじゃないですか」
ハルラは半べそかきながら呟く。
傷つけるつもりはなかったが、どうも彼女は襲われる自信があったようで。据え膳食わぬは男の恥とよく言うが、今の彼女を襲うのは、どちらかと言うと彼女の“信仰心”を利用した卑劣漢になってしまうのではなかろうか。
と、自分に言い訳をしながらも、私は彼女に服を着せる。
本心を語ろう。
そうすれば、きっとハルラも分かってくれる。
「視界に入った以上、関わってしまった以上…私はお前らのことを大事に思っている」
「…え?」
「お前らが大事だからだ。私はお前らの一時の誤ちで、後悔させたくない。分かるか?」
「どういう、ことですか」
「私のような男に引っかかる暇があったら、もう少しマシな男を探せということだ」
「……サナダ様」
「ん?なんだ──────」
ハルラの問いかけに答えると同時、意識が混濁し始めた。申し訳なさそうなハルラの顔と共に、私の意識は微睡みに沈む。
〜〜〜〜〜〜
「はぁ……っ……はぁ…これが、サナダ様の…」
ハルラの声が聞こえる。
水の中に沈んでいるような心地よい感覚。
全身が柔らかい物に包まれているよう。
だが、私の身体は言うことを聞かない。
「んんっ…♡はーっ…♡サナダ様が…サナダ様が悪いんです…♡あんなことを、言って、私の“神様”を馬鹿にするから…!」
汗ばんだ肌のハルラが小悪魔的な笑みを浮かべている。私の視界に映る彼女は上下左右に、忙しなく動いているように見える。
「あっ…♡んっ…♡でも、洗脳でこんなこと…♡ごめんなさい…♡ごめんなさいサナダ様…♡」
謝っている。
なんだろう…おかしな夢だな──────
〜〜〜〜〜〜
起きると、私はベッドの上で寝ていた。
いつの間にか防護服もガスマスクもしていない。
すぐ隣にはいつの間にか清浄機が置かれており、部屋の向こうには、エプロン姿のハルラの後ろ姿が見える。
「…?」
多分、寝て起きた後のはずだ。
だというのに、身体には疲れが残っていた。
汗で少し湿った衣服、それと髪。ベッドからはシャワーから上がった時のハルラと同じ匂いがしている。
「あっ…!サナダ様、起きたのですね」
「ああ…悪いな寝床を奪って。どのくらい寝てた。というか私はいつ寝たんだ…?全く覚えていないのだが」
「この部屋に来てすぐですわ…檻の中に長いこと入れられて、きっと疲れてたんです。今昼食を用意しますから、待っていてください」
「ありがとう…そうか。もう、昼時なんだな」
確かに、窓から外を見ると、最後に見た時よりも日が高い気がした。
何となく、不自然な時間の経過を感じる。いや寝た後なら時間が経っているのは当然なのだが。
「記憶の混濁…まさか“AC因子”の影響か…?」
「サナダ様、お待たせしました」
ハルラが小走りで私の前に机を移動させる。
机に置かれたのはパンやハム、スクランブルエッグなど…“支部”の環境では考えられないような、しっかりした食事が用意されていた。
「凄いな…全部ここで支給された物か」
「はい。私はもういただいてしまったので。どうぞ遠慮なくお召し上がりください」
「おお、ありがたくいただくとする」
何にせよ、久々のちゃんとした食事だ。
ちょうど、今は妙に腹が減っている。
私は手を合わせ、目の前の食事にありついた。
「ううむ…ところでハルラ、着替えたか?そんな服じゃなかったような気がするのだが」
「え、ええ…さっき少し運動してきて、汗をかいたので…」
「だよな!よかった、気のせいじゃないな…それと口元になにか付いてるぞ。毛というか、繊維的なもの」
「っ…!!あ、あはは、ほんとだ。ありがとうございます」
ハルラは焦った様子で口元の黒い繊維を取った。
はて、何か忘れているような気がするが…?
まあいいか、と久々に窓から見える青空を眺めていると、私の素朴な疑問は昼の空へと飛んで行った。




