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64話 瓦解

 

 医務室を出ると、どんどん歩いて進んでいくミルモの後ろ姿が見えた。ついてくるように言っておきながら、彼女に後ろを振り返る気はなく、廊下を進んでいく。


 私はミルモの背を走って追った。

 半ば競歩で進んでいく彼女に追いつくには、私はほぼ全力で走る必要があった。


「はぁ…はぁ…おい、待て。ついて来て欲しいなら、少しは待て…!」

「すいません。少し急いでいるです。こうしている間に、事態は悪化している可能性があります」

「事態が悪化…?何がどうなるんだ?!」

「分かりません。ですが、誰が事を企てているのか分かったのはついさっきなのです」

「それは、誰なんだ」


 恐る恐る聞くと、ミルモは珍しく急ぐような調子で、細い糸のようなものを渡した。

 薄い緑色の糸、それはまるで…。


「髪の毛のようだが…」

「それがサナダの頭に刺さっていたものなのです。それのせいで、アナタの身体は蝕まれていました」

「これが…?」

「おそらくなのですが、それは亜人にしか出来ない芸当なのです。今この組織にいる亜人の中で、そんなことができる者は1人しかいないのです」


 髪の毛を介して何かする亜人。

 私はつい最近、その存在を知ったはずだ。


「もしかして、ユルムか…?」

「はい。亜人の力というのは全て、AC因子を元にして発動しています。火も氷も電撃も全て、無から生み出されているのではなく、体内にあるAC因子を元に生み出されているのです」

「ユルムの能力は確か…化学物質を生み出す力のはずだが」

「ユルムはかなり訓練された亜人なのです。AC因子を人間にとって有害な物質に変換するのではなく、AC因子をそのままに、アナタの体内に打ち込んだのです」


 ユルムと会った日、背筋を走った寒気は気のせいではなかった。恐らくあの日に、私はユルムに攻撃されたのだろう。

 だが何故?私はユルムに対して何かした覚えはない。知らぬ内に恨みを買ってしまうほど、そもそもここに滞在していない。


「何故なんだ?なぜ私を」

「恐らくですが、ユルムの目的はこの組織にある亜人への偏見や差別的な意識を強めることにあります」

「なに…?そんな、亜人である彼女が何故そんなことを」

「動機は分かりません。ですがこれまで“毒”、つまりAC因子によって死に至ったこの組織の人間の遺体からは、彼女の頭髪が確認できたのです。彼女が、毒により殺したのです」

「…!」

「きっとそれは“亜人に近づけば毒で死ぬ”という意識を植え付けるため。人間の亜人に対する恐怖を強めるための行動なのです」


 エドガワやこの組織の人間誰もが亜人を避けていた。その理由が今、こうして明らかとなった。

 だが、そんなことをして亜人であるユルムになんの得があるというのか。きっとそれは今ミルモでさえハッキリと分かっていないことだ。


 合点がいった。

 だから今こうして進んでいるのだ。


 シェルターの通路を抜け、支部長室を通り過ぎた先。

 迷わず“通信室”の扉を開いた──────


 ──────立ち込める死臭。


 異様な臭いに、私は顔をしかめる。

 視界に飛び込んできたのは、血溜りの中に横たわっている死体の群れ。そして、その中で1人、回転椅子に座っているユルムの姿だった。


「…おっと、本部のお二方かい。嫌なとこを見られちまったねぇ」


 ユルムは現れた私たちを見て、焦るわけでも誤魔化すわけでもなく、ただ困ったように笑った。


「さすがは本部の人だ。紛い者の連中とは違うみたいだねぇ」

「なに…?お前、ここが“明けの明星”ではないと気づいていたのか」

「殺したやつが死に際に言ってたからね。“本物”がわざわざここに来るってのは意味がわからないけど…あ、もしかしてアンタらも偽物だったりするかい?」

「…どうだろうな」

「ふふ、その反応は“本物”とみた」


 ユルムはクツクツと笑った。

 まだ、その内に秘めているものは読み取れない。

 今の彼女には、まるで一仕事を終えて休憩しているような余裕が感じられた。


「ユルム、お前の目的はなんだ…?」

「アンタらと真逆だよ。アンタらはこの“組織”をまともにしようとしてたんだろ?でも、悪いけど私の目的はここの連中をロクデナシにするのが目的だったんだ」

「そんなことをして何になる…!D部隊の皆が苦しむだけじゃないか!」

「そうだね…あの子らには少し酷な思いをさせた。でも、もう大丈夫なのさ」

「何がだ」

「まあ見てなよ──────」


 ピーン

 ピーン

 ピーン


 通信室に置かれた端末から音が鳴る。

 その瞬間、全端末のモニターに同じメッセージが表示された。


 “緊急停止”


「──────次期にこの組織はなくなるからさ」


 ヒ ュ ゥ ン


 と、消え入るような音ともに通信室のあらゆる光は消えた。

 次第に外から聞こえてきたザワつきから察せられるに、電源が絶たれたのはこのシェルターの全てらしい。


「なくなるだと…?」

「そう、この“組織”に消えてもらうのが私のしたいこと。邪魔なんだよね。こういう組織はさ」

「…なるほど。そういうことなのですね」

「まあ安心しなよ。D部隊の連中は間違いなく死なないし、そこの本部の子も大丈夫さ。アンタは…知らないけどさ」


 ド ゴ ォ ン !!


 上から爆発音が響く。

 電源が絶たれた直後、まるで示し合わせたような、戦闘が始まる合図だった。

 ユルムは暗闇の中、不敵に笑いながら私の前を通り過ぎていく。


「待て。せめて、今から何が起きるのかは説明してもらいたい」

「はは、こんな状況なのに真面目だねぇ。聞こえるかい?ここの連中は大忙しで走り回ってるよ」

「いいから教えろ。私とて、死にたいとは思っていない」

「えぇ?はは、何言ってんだい──────」


 瞬間、視界が揺らぎ、身体は平衡を失った。


 その間際、私はまたあの夢を見る。夢だと自覚していながら、目覚められない。あの日の光景。


『──────嘘つき』


 否、これはもしかすると夢ではない。これは死ぬ間際に見る、所謂──────走馬灯?

 そんな思考を最後に、私の意識は再び暗転した。


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