63話 吐露
「「ハッピバースデイトゥーユー!」」
「「ハッピバースデイトゥーユー!」」
祝いの日。
今日は俺の誕生日。
父も母も、手を叩いて祝ってくれていた。
「「ハッピバースデイディア□□〜!」」
きっとこれは夢だ。
何故なら、俺の実家は“天使”が現れた騒動で何もかも崩れて無くなっているはずだからだ。父も母も、とっくの昔に亡くなっている。
今じゃ見れないはずの光景。
だが、それが夢だと分かっているはずなのに、私はこの空間から目覚めることができない。目を背けようにも、光景は絶えず流れ続ける。
『サナダの』
『サナダさんの』
『サナダくんの』
『『下の名前は──────?』』
皆、決まって聞いてくる、
私はサナダ。名乗る時、決まってそう言っている。私は自分の名前が嫌いだから。そういうと、大体の者は気を遣って聞いてこなくなる。
──────だが、君は違った
『『いいから教えて』くださいよ』
「いやぁ…でもなぁ…」
『『嫌いとかじゃなくて、私が聞きたい』んですよ』
いつもベッドの上で君は不機嫌そうな顔をしている。気を遣うなんて煩わしいと言わんばかりに、君は話しかけてくる。
これは夢。だって君は──────
『いいから教えてくださいよ』
──────死んだはず。だが、何故だか赤髪のお前が、あの子と重なる。なんでだ…?
〜〜〜〜〜〜
「──────サナダさん…?」
少し心配げな声色に、私は起こされた。
目を覚ました瞬間、これは夢じゃないと気づく。
視界に映った人影の正体が、防護服を着たリニスだったからだ。
「ああ、寝てたか…」
「違いますよ。アナタは気を失ったんです。ミルモさんを呼んできますね」
「…待て。私が気を失った…?」
その場を去ろうとするリニスの手を掴んだ。
ここはシェルターの医務室っぽいが、私はここに運ばれてくるまでのことを全く覚えていなかった。他には誰もいないようだが、そもそも何故こんなところに…?
「何があった?私はなぜベッドで横になっている?」
「覚えてないんですか?ミルモさんが言うには、なんの前触れもなく突然倒れたそうですよ」
「それは…今までそんな経験はないな。貧血かなにかか?」
「私に聞かれましても…それを今から診断するんだと思いますよ」
「……」
妙に頭がボーッとしている。
ものが考えられない。
私はなんでここにいるんだったか…。
今日の仕事は、なにをするべきだったか。
メモでも取っておけば良かったか。
「…ちょっと、大丈夫ですか?倒れる時に頭でも打ったんじゃないですか」
「いや、どうだろうな…痛くはない」
「あの、私になにかできることがあるなら言ってください。その…私にも少しくらい、恩返ししたいという気持ちはあるんですよ?」
「恩返し…?」
恩なんて、私は誰かに売っていたか。
覚えはないが、貸しがあるなら、早く返せた方が相手としては気が楽なはずだ。
「もう少しだけ、そばにいてくれないか」
「っ…い、いいですけど」
「ああ、すまない」
リニスの手を握る。
人肌というのは安心する。
母や父の存在を思い出すからだ。
小さい頃、今でも鮮明に思い出せるのは、共に添い寝をしてもらったことだ。あの時は幸せだった。何も考えず、ただ好きに振舞って。誰のことも考えず。自分のことだけを考えて…。
世界がどうとか。
外がどうとか。
亜人の皆がどうとか。
自分がどうとか。
そんなこと、微塵も考えてなかったはずだ。
「…泣いてるんですか」
「涙が出ているだけだ…泣こうと意識してやってるのではない」
「それは、大体は皆そうだと思いますけど」
「違う。これはそういうのではない…」
私は泣かない。
これは私の涙ではない。
こんな時、叔父なら泣かないはずだ。
つまり、これは私の涙ではない。
「亜人管理官は弱みを見せてはいけないんだ…皆に不安を与えてはいけない…」
「そんなことをいつも考えてるんですか?」
「考えなくてはいけないんだ。そのために、私は生きているのだから…」
「…無理しないでください」
手を握り返される。
リニスは哀れむような顔で、私の手を額に寄せた。
「大丈夫です。サナダさんは私が──────」
「サナダは起きたのです?」
「うわあっ!?ミ、ミルモさん!」
医務室の扉を押し退けるようにしてミルモが現れた。
思わずリニスは私から手を離した。
「起きてるじゃないですか」
「あっ、はは…すいません。今さっき起きたところなので、すぐ呼びに行くつもりだったんですけど…」
「そうですか。では、もう行ってもいいですよ。後は私が」
「…あの、私ももう少しいてもいいですか。サナダさんが少し心配なので…」
「いいですけど、すぐ終わりますよ」
ミルモは真っ直ぐ私のところまで歩いてくると、私の頭の上をじぃっと覗き込んでくる。そして、何かを見つけたと思うと、すぐさまそれを手に取った。
プツン
一瞬の痛みと共に、何かが私から抜かれた。
虚ろな意識では、それが何なのかまでは分からない。
「やっぱりなのです。これは…」
「ミルモさん、なんですかそれは」
「今は気にしないでいいのです。その前に、一度応急処置が必要なのです」
躊躇うことなくミルモは私の頭を両手で押さえ、そして──────
「応急処置なのです」
そう言って私に口付けをした。
マウストゥーマウス。ミルモの口の中は、まるで作り物のような滑らかな質感だった。
「……!?!?」
「んむ……ん……」
「あ、あの、ミルモさん。私、いるんですけど」
「ぷぁ…気にしないでください。すぐ終わりますので」
「す、すぐ終わるって…」
「んん……ん……」
抵抗しようという気すら起きない。
まさに、未知の生命体に体の中を弄り回されているような感覚だった。見えない何かが体の中を探り回っているような──────少し、気持ち悪いような気分。
「っ、…!!離れ、ろっ!」
瞬間、私の意識は鮮明なものに戻った。
くっついていたミルモを反射的に突き飛ばした。
「はぁ…!はぁ…!」
「とりあえず応急処置は完了なのです」
「はぁ…?な、何が起こった…?!今、私に何をした?」
「それを説明したいのも山々なのですが、それよりも今は私についてきてください」
ミルモはまるで何もなかったかのように踵を返し、医務室を出ていった。
私はしばらく唖然として、ベッドに座っていた。
朧気だった思考回路が、ハッキリとしたものに戻っている。そもそもどういう状態だったかも分からないが、どうもミルモに助けられたことは確からしい。
後でミルモに礼を言わなければ。
「…あの、サナダさん。手を離してくれます?」
「ん?ああ、いつの間に握っていたんだ。すまない」
「い、いえ全然」
「ていうかリニス、いつの間にいたんだな。いつからいた?」
「いや、ずっと居ましたけど。さっきのこと覚えてないんです?」
「さっき…?」
「なんでそう、都合よく忘れられるんですか…」
はて。
さっきの私は何をしていただろうか。
朦朧としていて何も覚えていないが。
「まったく…ここだけの話にしておきますから。感謝してくださいね。あんなこと、大の大人が」
「…?よく分からんが、恩に着る」
「でも、まあその…正直アナタに頼られるのは気持ちのいいものでした…また、その、頼りたくなったらいつでも言ってください」
「何の話だ」
「気にしないでください。覚えていないなら、別にいいですから」
何やらリニスの機嫌がいい。
一体私は何をしたのか…?
だが、これ以上聞いてもリニスは答える様子もない。私は小首を傾げながらも、服を着替え、医務室を後にした。




