61話 本の虫に毒はない
ツムギは真っ青な表情で私を見る。
初対面の時と同じ、少し怯えた顔だった。
「見た…!見ましたね、私の絵…!」
「ああ、すまん。見る気はなかった」
見えたのは数瞬だったが、そこに見えたのは少女漫画風な、私に似たキャラクターだった。白衣や髪型がそのまんま私であった。
「どっ、どこまで見えました?!」
「私のようなキャラクターがいた、というのは見えた」
「吹き出しの中は…?」
「いやそこまでは…なあ、そこに描かれてるのは私か?」
「い、いやあ…?どうでしょうねぇ…」
「さっきから何も誤魔化せてないぞ…私なんだな?なんだ、私に何を言わせてるんだ」
「そ、創作なんですから何を言わせてもいいでしょ!!」
「一気に不穏になったな…ちょっと見せてみろ。1ページ分でいいから」
「いっ、嫌です…絶対に、ドン引きしますから」
「しないしない」
内容は予想もつかないが、そんなことよりも私に何を言わせているのかが気になった。まさか、自分自身を題材に創作がなされてるとは夢にも思うまい。
「…いっ、言いましたね…?あの、じゃあ、少しでも引いたら…殺しますから」
「…流石に代償が重すぎやしないか」
「これを見せるのは、私にとって命より重いことということです…!」
「あ…いや、流石に私とて死にたくないし、お前がそこまで嫌がるのなら見ないが」
「えっ……?」
ツムギは複雑な表情で止まった。
悔しがるような感情と安心するような感情、2つが織り交ざったような顔だった。
見てほしいんだか、見て欲しくないんだか。
「あっ…う、ええと……」
「はぁ……見る。見るよ。死を覚悟するから、見せてみろ」
「あっ……へへへ…すいませんね。気を遣わせて」
「全く…表情に出すぎるというのは、こちらとしても勘弁してほしいものだな」
そして、おずおずと差し出される紙の束。
ついさっき机の上にあったものとは別のものだ。16ページくらいだろうか。
一応、覚悟しながら目を通した。
そこに描かれていたのは…。
「……。」
「ど、どうでしょう…」
「これ、私以外に見せたことはあるか」
「いや、サナダさんが初めて…ほら、サナダさんなら万が一があっても殺せるから…へへ…」
はにかんだ顔でサラッと怖いことを言ってくる。ある意味、心を許しているということなんだろうが…。
描かれていたのは、所謂“成人向け漫画”
ジャンルとしてはラブコメなんだろうけど…物語自体は“性的な行為”を中心に展開が進んでいく。
そして、“そういう行為”を行っているのは基本的に亜人…というか、D部隊の面々であった。
「なんか…男に顔がないが」
「へへ、竿役は…今まで適任がいなかったもので…」
「今まで…?お前、まさか」
ツムギの視線は真っ直ぐに私を捉えていた。
「今描いてるのは、サナダさんが竿役ですよ」
へへへ、と冷や汗をにじませながらも、ツムギは個性的な笑みを浮かべる。
「どうしても皆で話を作ろうとすると、最終的にハーレム展開になっちゃうもんで…それに相応しい人って今までいなかったんですよね。前の亜人管理官 はクソサイテーなやつでしたし、兵隊クソどもはクソだし…でも、サナダさんのおかげで最近はインスピレーションがモリモリなんです…サナダさん中心に皆のこととこ考えると、なんか次々にいやらしい展開が思いついちゃうんですよね…さっきのリルちゃんとの情事とかマジでヤバいっていうか……」
「……そ、そうか」
「っ…!い、今引きました?!引きましたね?!」
「…!まっ、待て!違う!これはお前の作品を見て引いたワケじゃなくてだな!」
「私自身に引いたってことです?!余計ギルティですよ!それ!!あー、もう殺します!アナタ殺して私も死にます!マジで!」
ツムギは目に涙を浮かべながらも、私を睨んだ。わなわなと、今にも飛びかかってきそうだ。
まずい。今は“首輪”は解除されていない。ツムギが私を襲えば、死ぬのはツムギの方だ。
「いや、その、私は疎いんだそういうの!普通なのか?!こう、実在の人間を基に描くっていうのは」
「クソド変態に決まってるじゃないですか!!普通じゃないことくらい自覚してますよ!私だってそのくらい!!多分本人たちに訴えられたら負けますよ!」
「…?!」
「でもだって、だって仕方ないじゃないですかぁ…!見てたらふつふつと、湧いてくるんですよ創作意欲がぁ…!」
と、飛びかかるかと思われたツムギの体はその場にペタンと座り込み、ついには泣き出してしまった。
「ないんですよぉ、ここには娯楽が…だから自分で描こうって…でも、それには題材がないですし…創作するならエッセイみたいなものになるじゃないですか…でも、散々書いた結果飽きちゃったんですぅ…もうこういうのしかないじゃないですかぁ…これは最終手段なんですよぉ」
「だ、題材なら、そこに大量の本があるじゃないか」
「あれが、その散々書いたっていう、私が作ったエッセイですぅ…拾い物の本も混じってはいますけど、それはビリビリに破れてて読めたもんじゃないですよぉ…」
「……!」
素直に驚愕した。
ひとつの本棚から溢れんばかりに積まれている本の数々…まさか全てツムギが作ったとは。確かによく見てみると、本の背がテープで止められた物がほとんど。それには手作り感が見て取れた。
「おぉ…!」
「今、また引きました…?」
「違うが」
「っ、あー…ヤバい死にたくなってきた。話すんじゃなかった。マジで記憶消したい今すぐ頭ぶつけて全部忘れたいぃ…!」
「いや今のは本当に、単純に感心したんだ…あの積んでいる本は全部小説だろ?あ、エッセイか。それに加えてだ。今は漫画を描いてるじゃないか。その、随分と、多才だな…と」
「……ぃ、いや、まあ、ただ書きなぐっただけのものですし…読者1人もいないから、なんとも言えませんけど…」
「読者…なら私がなろう。丁度、最近は手が空いて暇していたところなんだ。暇つぶしがてら読ませてくれないか?」
「はっ…?」
と、ツムギの顔は唖然となって止まる。
その後、今度は嬉しいんだか、恥ずかしいんだかよく分からない表情でモニョモニョと話し出す。
「い、いぃや…う…い、いいや、人に見せられるようなやつじゃないし…人に見られるとぉ、思って全部書いてないしぃ…」
「人に見られるのを前提にして書いたものもあるんだろ?これとか、他と違って丁寧に製本されてるじゃないか」
「っ…それは、まあ、他と比べたら、自信作ではありますけど…」
「ならいいじゃないか」
「う……わ、私はハーレムの一員にはなりませんよ」
「…?それはお前の創作次第じゃないか?…なあ、これ読んでもいいか?」
「え…は、はい…」
きちんと並べられた本の中から、一際重厚感のある本を手に取った。本の背や表紙はしっかりとした厚紙で作られており、どうも拾った本を流用しているようだった。
1ページ目をめくろうとした時──────
「あ──────待ってください!!」
「…?どうした」
「その…目の前で読むのはやめてください。思ったより恥ずかしい…」
「あぁ…そういうものか。じゃあ、あっちで」
「皆の前で読むのもやめてください!!絶対に!1人で!誰もいない場所で読むんです!い、言いふらしたら、殺しますから…!アナタ殺して、私も死にますから…!」
「…あいわかった」
こうして、血走った目で見つめてくるツムギから逃れるようにして、私は部屋を出た。
結局のところ、ツムギにリルの暴走のことを言いふらす気はなく、むしろバラしたらマズイのは向こうの方でもあった。
ひとまず、今日のところは一件落着にしようと思う。
「──────ゲホッ」
なんでもない。咳き込んだだけだ。




