60話 セイなるもの
「う…ん?」
リルが気を失った状態から目を覚ます。
私とミルモはベッドの前で彼女を見守っていた。あれから約一時間。耳や尻尾は消えていないが、“首輪”を装着した状態で能力の発動は抑えてある。この状態なら暴走はしないと考えたいが…。
「リル、気分はどうだ?」
「…?私、寝てたの?」
「ああ。目覚める前のことは覚えてるか?」
「んー…分かんない。寝る前、私何やってたんだっけ…?」
ほっ、と肩を撫で下ろした。
先のことを覚えていないのなら、その方がいい。どう説得しても、わだかまりが残りそうだったから助かった。
「私の手違いで“首輪”を外してしまってな。能力が暴走してたんだ。もう大丈夫そうだが…」
「大丈夫っていうか、いつも通りだぞ」
「ふむ…」
ミルモはリルを気絶させた時と同じように、折り曲げた指をリルの目の前で構えた。それに対して、リルは首を傾げるのみであった。
「本当に覚えてないみたいなのです」
「怖い確かめ方をするな…」
「なんだ?どうした?」
「気にするな。あっちでハルラがジュースを用意してくれている。行ってくるといい」
「本当?!やったー!」
リルはいつも通りの調子で部屋から出て行った。
能力が制御できていたのは一時のことだったようだ。
当然、能力は制御できていた方がいいのだが、今のリルに私は安心してしまっている。亜人管理官としては失格だろう。
「はぁ…すまんなミルモ。助けられた」
「護衛ですから当然なのです。あのまま助けなければアナタは…」
「ああ、あのままいってれば…」
「……どうなっていたのです?」
ミルモはまるで純新無垢な子供のように尋ねてくる。
「…それはー、お前分かってて聞いてるのか?」
「いえ、全然。何となくアナタの身の危険は感じました」
「そうかお前…そっちには疎いってクチか」
「もったいぶらず教えるのです」
「そもそも、お前らは生殖するのか?あ、いや、まず生殖という言葉の意味を理解できているのか?」
「私の思考能力を舐めないでください。そのくらいの常識、理解できているのです」
「ほう?」
「ですが、“私たち”は生殖しません。怪我や病気は自然に完治しますし、寿命という概念もありませんから」
「知識としては知ってるって感じだな…」
「話の流れとしては、ここでリルは生殖行動をしようとしていたと?」
「…まあ、そういうことかもしれない」
「それは…! 興味があるのです。もう一度リルを暴走させて、まぐわってください」
「するか、そんなこと」
「えー…止めなかったらよかったのです。記録に収めるチャンスだったのに」
ミルモはデジタルカメラを片手に、肩を落とした。
危なかった。ミルモがあの場の状況を完璧に理解していたら、あのまま事は進んでいたかもしれない。
「資料にするなら、私以外を撮影しろ。ちなみにだが、夜に本部のシェルターを歩き回っていれば遭遇くらいするかもしらん」
「今度帰ったら試してみるのです」
ミルモはウキウキでデジタルカメラを構えている。興味はあるが、あくまで好奇心のようだ。
「さっさと戻るぞ。一応ここはリルの部屋だ」
ミルモと共に退室をしようとしたその時。
バサバサッ…
窓の外で鳥が飛び立つ音。
なぜだか妙に、その音が耳に残った。
〜〜〜〜〜〜
共用スペースに戻ると、亜人3人はテーブルを囲んでトランプに興じていた。見たところ、勝負事にはハルラが1番強いらしく、最弱はリニス。
それなりに盛り上がっていた。
「なんです?あれ」
「娯楽。お前も混ざってくればいい」
「サナダはやらないのです?」
「4人でやるのがベストだ」
盛り上がっている彼女らの背後を通り過ぎる。
私はあの手の遊びが苦手だった。自分が弱いからというわけではない。私は人の表情を読むのが上手い分、極端に強すぎるのだ。強さとは孤独なもので、幼少期に勝負事を勝ち抜きすぎた私は、この手の遊びに誘われなくなった。
それ以来、勝っていいんだが負けていいんだか分からなくなってしまったのだ。
ミルモも参加した卓を後目に、私はある部屋を目指す。先程のリルの部屋でのこと。私には気になることがあった。
「ツムギ、いるか」
「…!は、はいなんですか…」
「入るぞ」
有無も言わさず入室。
ドアを開けると、相も変わらずツムギは机に向かっていた。机の上の物に覆い被さるようにして、突っ伏している。
「いつも引きこもって、何をしてるんだ?」
「お、教える義理はありません」
「そうか?こんなとこに1人でいないで、皆と遊んでこい」
「……。」
「…と、ガキの頃に嫌いな教師によく言われた」
「お、思い出話…?」
「特に咎める気はないということだ。それよりもだな…」
私は聞こうとしていたことを単刀直入に聞いた。
「ツムギ、見てただろ。リルの部屋を」
「…な、なん、なんのことでしょうなな、な…」
「分かりやすくどもっているが」
「くっ…!こういう時に自分の性分を呪います…!」
「外にいたカラス、お前の能力だろう?妙な動きをしていた…いつから見てたんだ?返答次第では…」
「口封じに殺すと…?!」
「…いや、口外しないよう普通に頼み込む」
「ほっ…」
コロコロと表情を変えて忙しいやつだ。
ツムギの能力は“鳥類掌握”
鳥類、主にカラスを操り、その視覚や聴覚を共有するというもの。拠点周りの見張りを任されており、能力自体そこまで危険なものではないこともあり、“首輪”による制限は他より緩い。
それ故に、彼女は“首輪”を着けたままでも能力を酷使できる。
「で、どこから見てた」
「リ、リルが朝の散歩から帰った辺り…」
「思ってたよりもずっと前だな…じゃあ、全部見たな?」
「まあ…サナダさんが、リルに性的に喰われそうになったところは…」
「…リルには黙っておけよ。あいつはあの時のことを覚えていない」
「ふん…わ、私は、そんな野暮なことはしないんですけど──────」
と、ツムギが椅子に座ったまま振り返った瞬間。
机に乗っていたであろう、1枚の紙がひらりと床に落ちた。
「…!」
「…ん?」
床に落ち、ツムギが拾ったその瞬間まで に、私はその紙に描かれていたものを見た。少女漫画的な画風の何か…そう、それは人だった?どこかで見覚えがあるような…。
「み、見ました…?!」
「今のは……自意識過剰だったら申し訳ないが…私か?」
「…!!!」
ツムギの顔色がみるみる変わっていく。
その色、まさしく顔面蒼白とはこのこと。




