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6話 捲れ!スパイダーキラー

 

 雪宮シズクは息を潜めていた。

 いつもの書庫で、いつもの時間帯で。

 本も読まずに隠れていた。

 気づいた時にはもう遅く、“それ”はいつの間にかガラスを割って入ってきていた。


 カツ カツ カツ…


 犬がフローリングの上を歩いているような音。

 時折早く、時折遅く。

 そのリズムが尚更に彼女の恐怖を煽った。


「ふぅ……ふぅ……」


 恐怖で息が切れる。

 音を立てまいと思えば思うほどに、呼吸を意識してしまう。息が苦しくなってしまう。

 当然だが、助けはまだ来ない。

 逃げようにも、恐怖で体が上手く動かない。

 頭が真っ白になっている中、自然と頭に浮かんでいたのは。


『名前を聞かせてくれ。散々会っておいて今更になるが──────』


 あの人だ。

 ガスマスクと防護服に全身を包んだあの人。

 ずっとずっと話してみたかったあの人。いつの間にか気になっていたあの人。まだ謝れていない、あの人。嫌われるのが怖くて、逃げてきてしまった自分を呪う。


 ──────あの人が目覚めるまで、傍にいられるような勇気が自分にありさえすれば、こんなことにはならなかった。


  カツ


 一際大きな音。

 背の本棚のすぐ向こう。

 いつの間にか足音はすぐそこに来ていた。


「ひっ……!」


 意識外からの音に思わず声が漏れ出る。


 カツ カツカツカツカツカツカツ


 途端に足音は速度を増した。

 声が聞こえていたのか。

 月明かりに照らされた影は機敏に動き回る。何かを探し求めて。動き、止まり、かと思えば影は消え…それと共に足音も途絶えた。


「…?」


 おかしい。

 姿が見えない。

 そう思った矢先。


 カツ


 最後の音は真上からだった。


「……ぁ。い、嫌。やめて。来ないで。やめて」


 巨大な蜘蛛は飛びかかるでも、走り去るでもなく、糸を使ってゆっくりと降下してくる。

 それと触れ合うまで逃げる時間はあった。しかし、恐怖で全身が竦んで動かない。蜘蛛はそれを理解しているかのように、恐怖をあえて与えるかのように。


 キ チャリ…


 口を開け、近づいてくる。


「あ……ぁ……」


 そして、蜘蛛がシズクに触れようとした直前に。


 バタン!!


 書庫のドアは勢いよく開かれた。


 〜〜〜〜〜〜


 開けると同時、間髪入れずに弾丸を真上に放つ。


 パァン! パァン!


 乾いた発砲音が部屋中に響いた。

 間一髪でシズクに近づいていた巨大な蜘蛛はこちらを向いた。シズクは涙目で、声すらも出せずにこちらを見ていた。


 8本の足。8個のビー玉みたいな赤い瞳。鋭く伸びた2本の牙。丸い腹、尻。その全てから程よく毛の生えている。

 そんな生き物が目の前に、人間大のサイズにまで。


 蜘蛛が苦手でなくても、恐怖で体が竦む。

 嫌悪感に加え、危機に対する本能的な反応が働いているのだ。

 逃げた方がいいのは確かだ。


「虫風情が。“亜人管理官(メンター)”の前で亜人を泣かせてただで帰れると思うなよ」


 それでも、必死の悪態をつく。

 恐怖は悟らせない。他でもない、シズクには絶対に感じさせてはいけない。見えないであろう、ガスマスクの下で笑ってみせた。


「これだけデカイならシズクには当たらんなぁ…!」


 引き金を引く。


 パ ァ ン!!


 命中。

 が、ダメージなし。

 残りは9発。


 蜘蛛はカチャカチャ音を立てながら猛スピードでこちらに迫ってきた。

 しめた。このまま書庫を出てくれればシズクの安全は──────


 シャアッ!!


 蜘蛛は私の元まで近づくことはなく、腹から糸を放った。

 飛ばされた白い線は拳銃を持っていた私の手を捉え、絡まりつく。


「コイツ…!離──────」


 蜘蛛の引っ張る力に反応して踏ん張ってみるが、健闘むなしく私の体は宙を舞った。

 そのまま引っ張り上げられるように私の体は書庫の中へと叩きつけられてしまった。


「──────っ、コハっ…!!」


 背中に走る衝撃と共に、ガスマスクが外れた。

 体の空気が口から外へと出ていく。痛いし、苦しい。変な汗が湧くように出てくる。


「き、きゅ、給仕さん…」

「…!来い、虫風情が」


 それでも笑って立ち上がるのは、私がまだ“亜人管理官(メンター)”だからだ。シズクに心配されないように、抵抗してやろうという気力があるからだった。


 運よく蜘蛛はシズクから完全に離れた。

 私を仕留めるまでヤツはシズクの方など見向きもしないだろう。

 しっかりと握っていた拳銃を蜘蛛へと向ける。


「はぁ……はぁ……人様に勝てると…!」


 蜘蛛は本棚をなぎ倒しながらこちらに接近してくる。

 その巨躯に標準を合わせ、引き金を引いた。


 パンッ パンッ


 残り8、7発。

 そこでもうカウントは止めた。


「っ……!ぐっ、ああぁ!!」


 蜘蛛の足先が私の腿を貫いていたから。


「あぁ…!っ…ふぅ…っ…く、ぁ…!」


 情けない声など上げるな。“亜人管理官(メンター)”ならば、シズクを怖がらせないよう、勇んで見せろ。


「この、距離なら!外せ……ぁ?」


 蜘蛛の顔が目前にまで迫っている。

 そこで悟ってしまった。今が自分の死ぬ間際であるということを。もうその時点で俺は“亜人管理官(メンター)”ではいられなくなっていた。


 貫かれた腿からとめどなく血液が溢れている。

 自分の血の気が引いていくのが分かる。

 己を“亜人管理官(メンター)”として奮い立たせることで誤魔化していた死への恐怖が、徐々に支配していった。

 もはや引き金を引く気力も失せてしまった。


「……叔父さん、俺──────」


 ふと、目につく。

 蜘蛛の足先が貫いていた1冊の本。

 紺色のカバーは星空を表しており、星が散らされた綺麗な表紙だったのを覚えている。

 いつか読みたいと思っていた。

 今の今まで覚えていたのは多分──────シズクが大事そうに抱えていた本だからだ。


「──────テメェ…いたいけな女の子のテリトリーを適当に踏み荒らしてんじゃねぇ!!」


 よかった。俺はまだ“亜人管理官(メンター)”だ。

 持っていた拳銃の引き金を一心不乱に引いた。


 パンッ! パンッ! パンッ! パンッ!


 マズルフラッシュで蜘蛛の顔が点滅する。

 分かっていた。効くはずがないことは。


 パンッ! パンッ! パンッ! カチッカチッ


 弾切れ音を合図に蜘蛛の足は振り下ろされた。


「──────!!」


 凶器が俺の腹を貫く。


 当然だが、もう死ぬ。

 なんて自分勝手で、利己的な死に様なんだろうか。他人が苦しむ様を見たくないがために、他人に迷惑をかけて。叔父がこの場にいたら、情けないと笑うだろうな。


「………!………!」


 シズクが何か言っている。

 あー、泣かないで欲しい。

 そういう顔は死に様に見たくなかった。

 おレの嫌いな顔だ。醜い顔だ。笑っていて欲しい。安心していてほしい。俺の前では誰も何も苦労しないで欲しい。


「…………!」


 すげぇよ。指1本動かねぇ。

 せめて彼女が襲われて苦しむ様だけは最後の光景にしたくない。幸せな感じで終わらせたい。

 だが、俺がそんなことをどうこうできるわけもなく。

 後はもう、絶好のタイミングで“駆除隊”が駆けつけるしかねぇ──────


 コト コト コト コト コト


「──────標的を発見した!処理を開始する!」

「負傷者一名!生死は不明!」


 そう、その絶好のタイミングで、銃声が書庫を埋め尽くした。


「はは…らっ、きー…」


 振り絞った声を最後に、俺の意識は無くなった。


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