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58話 暖簾に腕押し作業

 

 本部での“亜人”に関する調査結果をミルモに取って来てもらい、私はエドガワのいる支部長室へと足を運んだ。

 そして、それは全て説明し終えた後のエドガワの反応であった。


「サナダさぁん、いくら本部の方と言っても、嘘を言っちゃいけやせんよ。嘘は」


 亜人は“毒”を発することはないと説明しても、エドガワにはまるで取り合う気がなかった。証拠はある。彼は渡した資料には全て目を通しているはずだが、何にも納得していない様子だった。


「嘘ではありません。本部では30を超える亜人を管理しており、全員が規制することなくシェルターを出入りしています。ですが、“毒”によって死んだシェルターの人間はここより少ないです」

「それは〜、そちらの医療技術がこちらよりも優れているだけなのでは?ほら、あちらには置いてあるのでしょう?毒を除去するという清浄機?ああいうのがウチにも作れればいいんですがねぇ…」

「だから、シェルターの外にでも出ない限りはそんな物は必要ないんですよ」

「いや、そうは言いますけどねぇ…」


 エドガワは困ったように息を吐くと、机の引き出しから別のまとまった資料を取り出した。

 分厚いそれは、シェルター内にいる人間の連名簿であった。亡くなった者に関しては、その死因まで詳細に記載されていた。


「見てください。この者はシェルター内から出たことのない人間なんですが…致死量のAC因子が体内から検出されとります」

「…シェルター内の空気中からもらったんじゃないんですか」

「いえいえ、お宅ほどじゃありませんがウチもシェルター内の“毒”の除去には尽力しとるんですよ。空気中のAC因子はそちらと遜色ないくらいです」

「そんな馬鹿な…だったら何故…?」

「何故ってねぇ…さっきから言っておりでしょう」


 言いながら、エドガワは肩をすくめた。

 たしかに彼の出す資料を見てみると、原因は亜人にあるとしか思えないような物となっていた。信じられないが、今この場ではこれが真実のようだった。


「それとですけどね、傾向としてはやはり“亜人”と接している時間が多いもんが“毒”で死んどります。サナダさんも気をつけてくださいね。本部の方がこちらで死んでも責任は取れませんので」

「…わかりました」


 今ではどうしても、これだと言えるデータが無い。私はまだ調査が必要だと思い、その部屋を後にした。


「さて…どうしたものか…」

「どうでした?」

「うおっ…!」


 部屋を出ると、防護服とガスマスクに身を包んだミルモがすぐ前で立っていた。


「ダメだった。どういうわけかここでは亜人に近づく人間が、本当に“毒”で死んでるみたいだ」

「…見たところ、シェルター内に漂っている毒は極微量だったのです。亜人が仮に“毒”を撒き散らしながら出入りしたところで、この中にいる人間が死ぬとは思えないのです」

「それは私も思うのだが…どうも、まだ私たちの見るべきものがどこかにあるようだ」

「とりあえず一時撤退して兵舎に戻るのです。この格好が窮屈でならないのです」

「あいわかった」


 ガスマスクを着けた小さな影と共にシェルターを行く。

 道中、シェルターの人々には不審げな顔で見られたが、もはや慣れたものであった。


 シェルターの外を経由し、荒野にポツンと立っているD部隊兵舎へと帰った。番台にユルムはいなかったが、そう珍しいことではない。気にせず、共有スペースへのドアを開けた。


「ふぅ…ただいま戻っ…何をしてるんだお前ら」

「お帰りなさいませ、サナダ様」

「あっ、サナダさん。ちょうどいい所に来ました」


 帰るとリニスとハルラが清浄機を囲んで何かしていた。


「空気清浄機がバッテリー切れですよ。アナタ、これが動かないと困るんでしょ」

「ああ…予備のバッテリーがあるんだっけか?」

「今使っていたのが予備です。動かすにはまた本部からバッテリーを取ってこなくてはいけないのです」

「充電とか出来ないのか」

「こことは規格?が違うらしいのです。1度戻らないと充電はできないのです」

「どのみち本部か…」

「…これ、どこからバッテリー取り出すんですかね?」

「ここじゃないでしょうか」


 と、ハルラは真顔のまま、躊躇なく側面のカバーを引っぺがした。中から真四角な黒いバッテリーが現れる。


「これでしょうか」

「うーん、なら、ここが接合部ですかね」

「お、おい、あまり乱暴に扱うな」

「サナダさん、“首輪”解除してくれます?」

「…?ああ、いいが」


 ボタンを押すとリニスの“首輪”は容易に外れ落ちる。

 リニスは外れたのを確認すると、バッテリーに付いた端子をトントンと叩いた。


「よし……えいっ」


 パチパチパチ、と音を立て、リニスの手から光の帯が走った。帯は不規則にうねりながらも、バッテリーの端子に吸い込まれていく。


 パチパチパチパチ……


 しばらくもすると、バッテリーに表示されたメーターに淡い明かりが灯った。


「……ふぅ。こんなもんじゃないですか?」

「…!フルで充電されている…!」

「流石です。リニス隊長」

「まあまあ、今日は調子がいいので、このくらい朝飯前ですよ♪」


 リニスは得意げに指先から電流を発現させる。

 資料には、全身から一斉にでなければ電流を放出させられないとあったはず。だが、今のリニスは自分の能力を完璧にコントロールできているみたいだった。

 曰く、亜人の能力の安定にはポジティブな感情が不可欠だという。


「何かいいことでもあったか?」

「いえ、これと言って…ただ、能力が安定するようになってから、不思議と気分もいいんです。なんの不安も感じないんですよね」

「ふむ…不思議だな。誰のおかげだろうか」

「私も同じでございます。最近、能力が安定するようになってから、なんの不安も感じません。以前と比べて、常に晴れやかな気分です」

「不思議ですね」

「不思議だな」

「不思議でございますねぇ」

「…わざとなのです?」

「…?なんのことだ」


 ミルモは解せない顔をしている。

 何やら最近、皆の調子がいいようだ。

 亜人管理官(メンター)としては仕事が減るようなものなので、正直助かる。


 充電を完了したバッテリーを入れ、電源をつけると清浄機はなんの問題もなく、再び動き出した。人間充電器、このご時世ではかなり重宝することだろう。


「ひとまず安心か」

「さ、“首輪”を付けてくださいな」

「…前もやったが、自分で付けれるだろう」

「いいでしょこのくらい。もし、亜人の私が触れて誤作動を起こしたらどうするんです?そんな悲しい死に方、嫌ですよ私」

「むぅ…」

「…♪」


 渋々、首を差し出したリニスに“首輪”をはめる。リニスは上機嫌な鼻歌まで歌っている。どうしてそこまでして、私にさせるというのか。

 と、振り向くとハルラが私の方をじっと見つめてた。


「…サナダ様。私のも、一度解除してくれますでしょうか」

「んん…?いいが、何故…?」

「ありがとうございます……では、私にも“首輪”を付けてください」

「どういうことだ。意味がわからん」

「意味はありません。私が貴方様にそうして欲しいのです。ダメですか」

「いや、そこまで言うならするけどな…」

「…♡」


 カシャ、とハルラの首筋を這うようにして、“首輪”が取り付けられる。

 意味が分からない。今の一連の流れになんの必要があったのか。こうまでなると、他の亜人達にもしないといけない気が…。


「む…?そういえば、リルはどうした。この時間帯、いつもなら部屋から出てきているイメージなんだが」

「そういえばそうですね。今朝は一緒に散歩に行ったんですけど…そういえばいつもより大人しかった気がしましたね」

「私も朝方に見かけました。心なしか、いつもより元気がない様子に見えましたが…」

「リルが…?部屋だよな…少し様子を見てくる」


 あのリルに元気がない…?

 全く想像できないが、2人がそういうのなら、きっとそうなのだろう。私はすぐさまリルの部屋をノックしてみた。


「──────はぁい」

「声に感嘆符が足りてませんね」

「リル!入ってもいいか?」

「あっ、ちょ、ちょっと待って…!」


 ゴトゴトと物音が聞こえる。

 が、数秒もすると静かになった。


「い、いいよ!」

「入るぞ」


 扉を開けると、毛布にくるまったリルの姿がそこにはあった。

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