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56話 もどき共

 

 リニスいる部屋のドアを叩く。

 中からの返答はない。耳をすますと、中から金属を弾くような音が、不定期的なリズムで鳴っていた。


「リニス、入ってもいいか」


 やはり返答はない。

 私やミルモの予想が正しいのなら、今のリニスは精神的に不安定な可能性が高い。亜人管理官(メンター)として、それを放っておくわけにはいくまい。


「返事をしないなら、5秒後に入る」


 5秒が経てども、何もない。

 やむを得ないということで、私は無許可でドアを開けた。


 部屋は仄暗く、オルゴールの音が鳴り続けていた。

 窓はカーテンに遮られており、肝心のリニスは、綺麗に整理整頓された部屋の中、ベッドの上で1人タオルケットとうずくまっていた。


「リニス…?私の声が聞こえているか」


 なおも、オルゴールは不安定なリズムで鳴り続けていた。音の出処はリニスだ。

 私はタオルケットを剥ぎ取った。


「…!?い、いつからそこに…?!」

「聞こえてなかったのか」


 リニスは驚いた表情で顔を上げる。

 目の下は赤く腫れており、涙の跡が残っている。それを見て、私の感じていた“申し訳なさ”はより一層強くなった。


「グスッ…勝手に人の部屋に入るなんて、非常識だと思わないんですか?」

「思っている。だが、今私がここにいるのは亜人管理官(メンター)としての仕事のためだ」

「へぇ…私の居場所を奪って、こうして泣いてる私を笑いに来るのが仕事ですか」

「勝手にお前の仕事をやったのは悪いと思っている。差し出がましいマネだった。今後はきちんとわきまえるつもりだ」

「なら、このD部隊から出ていってください」


 ピリ…とリニスの目元で紫電が弾けた。

 流れていたオルゴールの音が加速する。

 それは恐らく、リニスの意図的なものではない。


「リルもハルラもツムギも…私の部下なんです…私が、私が面倒見なくちゃいけないのに…!アナタがいたら──────」

「リニス…!落ち着け。誰もお前の居場所を奪おうなんて考えていない」

「っ──────!いけない…落ち着いて…落ち着いて…」


 瞬間、私へと走りかけた電撃が方向を変えた。

 リニスは一呼吸起き、手元にあった電導コードを握り、目をつぶった。オルゴールのテンポが徐々に安定するようになると、今にも爆発しそうだったリニスの電撃は落ち着き始めた。


「…!」


 その様子に、私は驚いた。

 亜人が、本人の意思で暴走しかけた能力を制御しているのは初めて見たからだ


「ふぅ…ふぅ…大丈夫…大丈夫…」

「私は亜人管理官(メンター)だ。お前のメンタルを安定させる役割がある…今のお前の不安は、やはり私か…?」

「ええ。亜人管理官(メンター)というその存在自体が、不安要素なんですよ」


 リニスはベッドから身を乗り出し、私の胸ぐらを掴んだ。彼女の片方の手に握られていたのは、電子オルゴールだった。


「このオルゴールは、前のリーダーが私にくれた物です。この音が安定させられるうちはまだ大丈夫だと…私のために用意してくれました物です」


 リニスは手を離し、立てかけてあった写真立てを指さした。

 困った表情のリニス肩を組む、緑髪の亜人がそこには映っていた。前のリーダー、というのはやはり以前までD部隊にいた亜人なのだろう。今はいないということは…。


「彼女は亜人管理官(メンター)に“首輪”で殺されました。能力を制御できなかったから、危険と見なされて」

「それは…いたたまれないな…」

「そうやって、アナタ達亜人管理官(メンター)が耳あたりのいい言葉を言ってられるのは、私たちと違うからです。常に能力の暴走に怯える私たちとは、奴隷同然に扱われている私たちとは、そもそも生きている世界が違うんですよ…!」


 リニスは電子オルゴールを握り、殺意こもった目で私を睨む。


「リーダーを殺した亜人管理官(メンター)も、アナタのような人間でした。表向きでは善人ぶって…いざという時には亜人が死ぬのを見過ごせるような、悪魔のような人間…まあもう死んだからいいんですけど」

「私は…!」

「同じ感じなんですよ。アナタの声を聞いている時と、死んだアイツの声を聞いているときの感覚が」


 ビリビリと、再びオルゴールの音が加速すると共に、紫電が走り始める。


「何かを偽って話している。そんな感覚なんですよ。アナタの声というのは…!」

「…!!」

「あんな幸せそうな子達を裏切るというなら…ここで私が、刺し違えてでも…!!」

「…そうだな。話すなら、対等に扱いたいというなら、それ相応のことをするべきだ」


 私はリモコンを取り出し“解除”を押す。

 カシャン、と“首輪”は落ちた。

 紫電迸る空間の中、私はリニスへと近づいた。


「これで、今すぐ死ぬという恐怖はないだろ。能力の制御のことは考えなくていいよ。俺の話だけ、聞いてくれればいい」

「っ…!何を考えて…」


 一瞬だけ走った、一筋の紫電が私の腕を焼いた。

 痛みに顔を顰めながらも、私は話し続ける。


「俺の叔父は、亜人と人間の共存を望む亜人管理官(メンター)だったんだ。“毒”に犯されて死んでからは、その望みを託した、と俺は思ってる」

「だから、俺は叔父のマネをして、こうして亜人管理官(メンター)をなんとかしてるんだ。普段の口調は叔父をマネたもので。ここに来たのは、この組織の亜人の扱いを人間と平等なものにするという、叔父のやったことを俺も達成するために来たんだよ」


 淡々と。

 ただ私の内にある本当のことを話し続けた。

 自分の口から話したのは初めてだった。


「俺は、叔父のように事を成して、叔父のように死にたい」

「──────」

「だから、出来ればでいいんだけど。君が殺すなら、オレが成し遂げたのを見届けて、それから殺してほしいんだ」

「──────そうですか」


 リニスは少し、憐れむような顔をした。

 気づけば、部屋を取り巻いていたはずの紫電が弱まっている。能力の制御は意識しなくていいと言ったはずだが…。


「これで互いに、腹を割って話したことになる」

「…では、わかりました。アナタに“人間”にしてもらってから、私はアナタを殺す。それで、文句はないですね」

「ああ、そういう約束でいい」


 リニスは私に向かって薄く微笑んだ。

 そして、落ちていた“首輪”を拾い、自分で付けるでも、放り捨てるでもなく、私に渡した。


「…?」

「付けてください」

「ああ…これって、自分で付けられないのか?」

「いえ、別に自分でも…あ、いや。亜人管理官(メンター)が付けなきゃダメなんですよ」


 そうか、とだけ返事をして“首輪”を受け取った。

 ゆっくりと、リニス首を絞めるかのように付けている時…リニスはどこか微笑んでいたように見えた。

 オルゴールは安定したリズムで、音を奏でている。


 〜〜〜〜〜〜


 あの時、能力で彼を殺すことは容易だった。


 リモコンは手放されていたし、その気になればD部隊の皆を連れて、この地獄から逃げ出すことだって出来た。それでも、それをしなかったのは──────彼が私に似ていると思ってしまったからだ。


 誰かになろうとしているところ。

 その誰かに、激しい劣等感を感じているところ。

 そして、早く死んでしまいたいと思っているところ。


 全部、共感できてしまった。

 共感できてしまってからは、彼から物悲しさを感じるようになった。どんな思いで生きているのだろう。毎晩不安に駆られているのだろうか。毎晩死にたい想いを抑えているのだろうか。

 そう思うと、胸が締めつけられるようだった。


 叶えられるならせめて、彼には望んだ死を。


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