55話 管理者たるもの
“明けの明星”支部(仮) D部隊兵舎。
いつも散らかっていたはずのテーブルの上が綺麗に片付けられていた。テーブルだけではない。D部隊のミーティングにしか使われなかったためか、長い間放置されていた共用スペースはかつてないほど綺麗に、清掃されていた。
コト……
買ったばかりのような机の上に、高価そうなソーサーとティーカップが重ねて置かれた。
「サナダ様…紅茶とコーヒーなら、どちらがよろしいですか?」
「コーヒーだな」
「ミルモ様は」
「紅茶なのです。ミルクもあれば欲しいのです」
「かしこまりました」
ガチャ…
そこに早朝の散歩から帰ってきたリニスとリルが現れる。
「ただいまー……?!」
ミーティング以外、自室から一切姿を見せなかったはずのハルラが、自分から共用スペースに出てきている。そして、誰かのために飲み物まで用意している。
その事実に、リニスは動揺を隠せないようだった。
「な…?!これは一体どういうことですか?!」
「やった!ハル!ハル!私はジュースがいいぞ!果物のやつ!」
「そんなものは用意してません」
「それなら、私が本部から持ってきた物がある。ちょっと取ってくる」
「…!サナダ様は座っていてください!私が行ってきますので!」
ハルラはポットを置くと、忙しない様子で部屋を出ていった。
なんの迷いもなく出ていったからか、呼び止める暇もなかった。いつ私の部屋の場所を把握したのだろうか。
リニスはハルラの出ていく様を呆然と眺めていた。
「な…何をしたんですか?ハルラのあんな顔、見たことが…」
「すっごい、なんかキラキラしてたな!」
「私は本部の人間だからな。支部の人間が媚びへつらうのは当然といえば当然なんじゃないか…?」
「嘘をつきなさい!ハルラはそんな権力に屈するような人間ではありません!アナタが何かしたのでしょう?何か、そう!脅すようなマネをしたんでしょう!?」
「脅す…?でも、ハル嬉しそうだったぞ」
「…それはそうですけど」
「何か吹っ切れることがあったんだろう?私は知らないな」
「サナダは知らないらしいぞ!」
「嘘を言いなさいな…私は昨日のD部隊の報告書類の作成があるので、自室に戻ります」
「それならさっきやったぞ」
「…!?」
「書類仕事は、この亜人管理官に任せてもらおう」
「くっ…!この…!!」
リニスは喜ぶどころか、わなわなと怒りに震えていた。やがて、私の前に置かれたカップを奪い取ったと思うと、中身を豪快に飲み干し、自室へと戻って行った。
「…彼女のテリトリーだったみたいだな」
「サナダ。やってしまいましたね」
「私なりに気を利かせたつもりだったんだが…」
「…?サナダはいいことをしたと思うぞ」
「ああ、ありがとう。だがリニスにとってはそうでもないみたいなんだ」
リルの頭をわしゃわしゃと撫でると、不思議そうな顔が嬉しそうに綻んだ。
亜人管理官たるもの、ああなった亜人をほっておくわけにはいくまい。だが、その前に…。
「ミルモ」
「はい…?」
「お前昨日、私の護衛を放棄しただろ」
「…してないのです」
「分かりきった嘘をつくか」
「嘘じゃないのです」
短い足を組み、優雅に紅茶を飲みながら当然のように話した。そして、やれやれとでも言うように肩をすくめ、続ける。
「サナダ。アナタは今生きてますよね?」
「聞かずとも見ての通りだが」
「私の“護衛”とは、アナタを死なせないことなのです。つまり、護衛は完了しています。リルもそう思いますよね?」
「…?うん!」
「何も知らないリルを巻き込むな。お前がいないタイミングで何度も爆撃にあったぞ」
「でも死んでないでしょう?当たったとしても無事だったはずなのです」
「ということはやはり…」
ミルモは多くを語らない。
察しろと言わんばかりに、紅茶を口に含んだ。
謎の防護服はやはり、ミルモの仕業だということだ。
「あんな物、どこから手に入れてきた」
「私の髪の毛から。本部で作ってもらったのです。あれがあれば、私がそばにおらずともそう簡単に死なないのです。おかげで写真をたくさん撮れました」
「それが主な目的だろう?まあいい…でも、いざという時は本当に頼むぞ。私とて、死にたいのではない」
「当たり前なのです。アナタを死なせたら、皆に顔向けできなくなりますから」
「本当に分かっているのならいいんだがな」
「…?…?」
どうもあの戦闘の中では、私が死なないということを見切っていた…という風にしたいらしい。合流した時は、頭の傷に動揺していたくせに、今では余裕ぶってカップに口を付けている。
どこまで本気なのだろうか。
「サナダ様、ただいま戻り…」
ちょうど、リルが私の膝の上に乗ったタイミングでハルラが戻ってきた。
「ハルおかえり!なんのジュースだった!?」
「…リル、その前にまずサナダ様から降りなさい。サナダ様はお優しいのでそのくらいの無礼は許されると思いますが、シンプルに私が許せません」
「…ハルも座りたいのか?座ってもいいぞ!サナダの半分!」
「私の意思は無視か…?」
「っ…!!そ、そそそ、そんなうらやまはしたないこと!できるわけがないでしょう?!」
ハルラは私に引っ付いているリルを引き剥がそうと奮闘を始める。
そんな中、昨日の夜から一度も開くことがなかった部屋の扉が開かれた。出てきたのは眠そうに目を擦るツムギの姿だった。
「う、うるさいですよ…こんな朝っぱらから…」
「起きたか…お前もどうだ。モーニングティー」
「え……ど、どういう状況…?」
あまり見慣れないであろうハルラとリルのやり取りに、ツムギは困惑の表情を見せていた。




