53話 羽根拾い
青空の中を光る銀色の太陽。
荒野に風が吹く。
舞い上がる砂埃が、ガスマスクのレンズにカチカチと当たっている。私の中には雨の日に家の中にいるような、妙な安心感があった。
「──────そらっ!」
「うへっ、うへへへへ!!」
持っていたボールを放り投げると、リルが飛んでいくボールを追いかけていく。
「なんでアナタまでついて来てるんです」
「社会勉強だ。私は戦場というのを経験したことがなくてな」
リニスがしかめっ面で私を見る。
“明けの明星”支部から少し離れた軍事基地。
今、この場は戦場となっている。敵対している組織“帝煉軍”による侵攻を食い止めている状況だ。
が、戦力的にはこちらの方が圧倒的に優勢らしく、D部隊は後方での待機を命じられていた。
「ツムギはどうした?姿が見えないが」
「D-09。名前で呼ばないでください…彼女の能力は偵察に向いていますから、私たちより少し前の方で、他部隊を支援しています」
「D部隊とは言っても、常に固まって動くのではないのだな」
「09は能力が便利な故、よく他部隊で動くよう命じられます。彼女は精神面が脆いので、本当は私たちも一緒にいるべきなのですが…」
「行ってやればいいじゃないか。お前一人が離れても、ここには亜人が2人もいるぞ」
「勝手なこと言わないでください。アナタみたいに役割もなく自分勝手に動く人ばかりじゃないんです」
「一応、亜人管理官という役割があるが」
「──────サナダ!取ってきたぞ!」
ボールを拾ったリルが向こうから戻って来た。
息を切らしつつも、嬉しそうに私へボールを返した。
「サナダ!褒めて褒めて!」
「よしよし、よくやったぞ」
「えへへへ…」
「09!今は戦闘中です!遊んでいる暇があったら、周囲を警戒していてください!」
「あ…ご、ごめん、リニス…」
「っ…アナタのせいですからね…リルがこんな顔なったのは…!」
「わ、悪い。あまりに暇だったものでな」
「ここで戦闘が始まっても、私たちにアナタを守る余裕はありませんからね」
「ああ、そこは安心しろ。私には頼もしい護衛が──────」
周囲を見回す。
そこにいたはずのミルモの姿は見えず、荒野に座り込んでいるD-10の姿しかなかった。おかしい。数分前まではすぐそばにいたはず…。
「ミ、ミルモ…?おいミルモ!護衛するんじゃなかったのか?!」
「近くにいた亜人の子なら、カメラを持って全線へ歩いて行きましたよ」
「アイツ…!わ、悪いんだが、もし戦闘が始まったら守ってくれないか」
「アナタが死ぬならそれはそれで…」
「…!リ、リル!頼む、守ってくれ…!」
「いいぞ!帰ったらまたあの美味しいヤツくれ!」
「ああ、爆発しないやつをやる。だから──────」
ボ ガ ァ ン !!
突如、3m離れた地点が爆発した。
礫が飛び交い、砂埃が大きく舞う。
何かが着弾したことを悟ると同時に、嫌な汗が体中を伝い始めた。ここが戦場であることをそこで初めて、今更ながら実感した。
ヒュー…と、出処の分からない音が空を響く。
「さ、散開ーっ!!」
リニスが叫んだ
同時にリニスとリルはその場から駆け出した。
だが、それよりも前に私は走り始めていた。行先も何も考えずに、足を動かすことだけを意識した。何故こういうタイミングに限って、ミルモはいないのか。
ヒュルルル……ボガンっ!!
「っ──────とわぁっ!!」
すぐ背後から爆発音。
吹き荒れる突風に背を押され、思わず前へと飛び出してしまう。そのまま地を転がり回った後、何かにぶつかり私は止まった。
「いっつつ……ん?」
「……」
転げた先にはD-10が立っていた。
私は仰向けになっており、スカートから下着を覗き込む形になっていた。
すぐに立ち上がり、D-10の手を引く。
「何を突っ立っているんだ!」
「…私は当たっても構いません」
「バッ…!死にたいのか!?」
「生きたいとも思ってないので…」
ヒュルルル…
また、笛のような音が聞こえている。
恐怖からか、汗が吹き出した。
必死にD-10の手を引き、走った。
「っ…!亜人だろ!私を担いで走ってくれ!」
「アナタは生きたいのですか?こんな、神のいない世界で」
「神も救いもないことなど、10年前に嫌という程思い知った!今更そんなこと考えてはいない!」
「はぁ…アナタは何も分かっていない…」
「何が──────!?」
D-10から呆れたようなため息が聞こえたと思うと、直後で私の体は浮きあがったような感覚に襲われた。
担がれ、運ばれていることに気づくまでに一拍分かかった。
風や砂埃が頬を切り裂くように過ぎていく。
これが亜人の身体能力…さながらジェットコースターにでも乗っている気分だった。
D-10は爆発の包囲網を綺麗に綺麗に駆け抜け、そのままあっという間に建物へと着いた。
入ったのは廃れた建物だった。
「ふぅ…すまん。助かったよ」
「うるさかったので…」
「…ここは、誰もいないみたいだな」
「私のいた組織が、かつて中継の拠点にしていた場所です。爆撃を防ぐには心もとないですが、大分遠くには離れましたので」
「組織…“救いの羽根”だったか?」
「ええ。天使の襲来に便乗して創られた、ちんけな宗教組織」
「…驚いた。まさか所属していた組織をそこまで言うとは」
「今となっては思い入れなんて微塵も。全て、嘘っぱちだったんですから」
「資料で読んだ気がするな…“神”が宿った人間を“神人”と呼んで、教祖として崇めてるんだと」
「ええ。ある時、教祖様は言いました──────」
D-10は目を閉じ、祈った。
そして、物語を読み聞かせるように語る。
「──────“天使”を遣わした“神”は人に宿る。そして、その“神”は宿った人の中から、私たち信者を見守ってくれている。そして、“神”を宿した“神人”はその絶対的な力で弾丸をも弾き返し、どんな傷をも癒す…と」
「思ったよりスケールが小さいんだな。こういうのは大体、地を割り花が咲く、くらいに盛るものだが」
「多少はリアリティを持たせたのかと…これでも幼いながらに信じてました。けど、やっぱり神なんていませんでした。教祖様は弾丸を頭に受けて絶命…死体もやはり、普通の人」
「そりゃそうだ。というか、弾丸を受けても死なないのはお前ら亜人の方じゃないのか」
「そう…だから、絶望したんです。人が思う“神人”とは、まさしく私のような亜人のことだった…気づいた途端に、世界が小さくなって見えました」
D-10は悟りきった瞳で、空を仰ぐ。
何もかもがどうでもよくなっている顔だった。
「私の信じてきた世界って、こんなにちっぽけだったんだって…」
「だからといって死ぬ必要はないと思うが」
「ええ。でも、生きる必要もないんです。生きてても、やることなんてないんですから」
「そんなことは──────」
コツ…
唐突に、背後から聞こえた足音に振り向いた。
見ると、ローブ姿の男が拳銃をこちらに向けて立っていた。
防護服も、ガスマスクも付けていなかった。
男は血走った目で話す。
「そこの者、そのガスマスクと防護服をこちらに寄越せ」
そして、その姿を見たD-10は不意に呟く。
「幹部様…?」




