52話 ビリビリとピリピリ
3人目。
D-08。“ムギ”。
能力“鳥類掌握”
視界に入った動物を操り、その視界や感覚を共有することができる能力。本来なら人も含めた生き物も操ることができるはずだが、能力の不安定さからか、基本的にカラス相手にしか能力を発揮できない。
私は彼女のいる部屋のドアをノックする。
「突然すまない。入ってもいいか」
「えぇっ?!は、はい、どうぞ…」
怯えた返答の後に、私はドアを開けた。
リルの部屋と比べると物が多い部屋だった。机と椅子、ベッドが置かれているのは共通しているが、彼女の部屋には本があちこちに置かれていた。
08は私が入るなり、即座に椅子から立ち上がった。
「おっ、お疲れ様ですっ!何か御用でしょうか!」
「大した用じゃない。椅子に座ったまま聞いてくれ」
「う、ウス…」
08は伏し目がちに、ぎこちない笑顔を私に見せている。彼女の緊張が嫌という程に伝わってくる。
大豆バー(安全)はもうない。そもそも物でどうこうできる亜人はリルくらいだろう。
「へ、へへ…へへへ…亜人管理官様、ようこそいらっしゃいましたぁ…」
「昨日は自分のことをD-08と呼んでいたが、お前には名前があるだろう?その名前を教えてくれないか?」
「えぇっ?!な、名前…?どうして…?」
「単純に知りたいだけだ」
「まさか…これから入るは、墓に刻むためとかですか…?流石に登録番号を刻むのは忍びないという、わずかばかりの配慮ってワケじゃ…」
「そんなこと言ってないだろ」
「ひィっ…!ご、ごめんなさいごめんなさい」
「昨日も言った通りだが、私はお前ら亜人を人間と同じか、それ以上に尊重するつもりだ。どう間違っても、気分で殺したりはしない」
「は……じゃ、じゃあこの“首輪”取ってくださいよ」
「悪いが、外し方を知らない」
「そ、そのコントローラーで外せますよ」
リモコンのボタンを眺めていると、確かに“解除”と書かれたボタンがあった。これはワンボタンでできていい事なのか…?
「外したとして、その後の戻し方は?」
「な、なんでそんなこと知りたいんですか」
「そりゃ、外したら戻さなくちゃいかんだろ」
「や、やや、やっぱり…!口だけだ…亜人の私たちを人間として扱う気なんてないんだ…!」
「はぁ…」
躊躇うことなく“解除”のボタンを押した。
カシャ、と音を立て、08の首から“首輪”は外れる。
「え…?」
「これで外したままその辺をうろついてみろ。他の職員に見つかって殺されるだけだ。だろ?」
「……」
「で、付け方は?そのまま首にはめ直すだけか?」
「…考えなかったんですか」
「ん?──────っ」
08は近づき、私へと手を伸ばした。
08の指が私の首元を這ったと思うと、グッと死なない程度の微かな力が込もる。先程とは全く様子が違う。彼女は、光のない目をしていた。
「私がアナタを殺して、ここから逃げ出す可能性を」
「っ…か…!」
「バカなんですねぇ…いくら愛想振りまいても、このまま死んだら意味ないですよ…!」
「か…考えた、上での判断だ」
「は…?」
「お前が、こうすることを、考えた上で…だ」
「意味不明、です。殺されてもいいと?」
「お前が、望むのなら、それでも、いい」
「はあ…?」
「だが、ちゃんと先のことまで考えろ…逃げたとして、どこへ行く…?1人でこの荒廃した世界を生きられるか…?あてがないのなら、まだ、こうして生きられる分、ここの方がマシのはずだ…」
「……」
08は少しの間に固まった。そして、しばらくもすると私から手を離した。
息苦しさからの解放に、思わず咳き込む。
08は息をつくと、元いた椅子へと座し、また怯えたような瞳で私を見た。
「い、今は止めておきます…まずは、受け入れてくれる場所を探すところからです…」
「それなら、ウチの本部はどうだ?いい所だぞ」
「絶対嫌です…ここの本部なんて、絶対ろくな所じゃない…!」
「そんなことはないんだがな」
「い、いいからはやく“首輪”を付け直してください!誰かに見られでもしたら、殺されちゃいます…!」
「わかったわかった」
床に落ちた“首輪”を拾い、08の首に付ける。カチ、と音が鳴ったと思うと、首輪は淡い光を放ち始める。
肩を撫で下ろす08に私は聞く。
「改めて聞くが、名前は?」
「そ、そんなこと聞いて、後で殺しにくくなっても知りませんよ…」
「殺す気は無いと言っている」
「…は、萩原ツムギ…忘れてもらっても、か、構いません」
「安心しろ。このメモがある限りは、その名を忘れることはない」
しっかりと彼女の名前をメモに書き記した。
ツムギは奇怪なものを見る目で私を見ている。
最初の怯えた様子など欠片もなかった。
「協力感謝する」
「よ、用が済んだならさっさと出ていってください…」
「そうする。何か困ったことがあればいつでも頼ってくれ。助けになる」
「……」
返答はない。
私はツムギがいる部屋を後にした。
まだ、私に対しての警戒の色は見えるが、最初よりは大分心を許してくれたようだ。
あとは最後の一人。
4人目。
D-06。“リニス”
能力“放電”。
D部隊の中で最も古参の亜人。
能力は名前のまま、体から最大120万ボルトの電流を一帯に放てるらしい。精密なコントロールは出来ず、ただ全方位に放つことしかできないので、基本的には単独行動をするべきだが、今のD部隊にまともに指揮できる者が彼女しかいないため、今は彼女がリーダーとなっている。
第一印象は最悪だったかもしれないが、まだ巻き返せるはずだ。
今度は入る前に、しっかりとノックをする。
コンコン
「おーい、いるかー?」
返答はない。部屋から物音もしない。
寝ているのか、はたまた部屋にいないのか。
「何か御用でしょうか」
「うおっ…い、いたのか」
背後にはいつの間にか06が立っていた。
紫髪を揺らし、ムスッとした顔で私を見ている。
「いつの間に…いや、最初からいたのか?」
「はい。D-08の部屋から出た時からいました。視界に入ったと思いましたが…」
「わ、悪い…考え事をしていた」
共用スペースにまで出てくる亜人はいないと考えていたからか、見えていながら完全に意識の外だったみたいだ。
「なんの御用でしょうか」
「ああ、なんてことは無い。名前を聞きたいんだ。お前の名前を教えて欲しい」
「リニスです。丹下リニス」
思っていたあっさりと教えてくれた。
他の亜人とは違い、戸惑うこともなかった。
「他の亜人にも聞いて回ってますよね?D-10には聞けなかったでしょうけど」
「よく分かったな。そう、訪ねたが門前払いでな…」
「今すぐに、やめてください」
「…やめる?」
「どうせ、アナタも他の亜人管理官と変わりません。淡い希望を持たせるくらいなら、最初から本性を見せてください」
「本性な…私はありのままを見せているつもりだが」
「嘘ですね。私には分かります。今のアナタは本当のアナタではない」
リニスは私の戸惑いなどよそに、着ていた軍服を脱ぎ、上だけ下着姿になった。隠されていた乳房が大きく前へと出る。
私はすぐに目を逸らした。
「あの子たちに手を出すくらいなら…私に手を出してください」
「はぁ…お前は何を言ってるんだ」
「好きに抱いていいと言っているんです。その代わり、他の亜人には何もしないでください」
「服を着ろ…私は亜人に手を出す気はない」
「…誤魔化しているつもりですか?今にでも飛びつきたい衝動を抑えているのですよね」
「ああもう!くそっ…お前が一番面倒なやつだったか…!」
私は着ていた白衣をリニスに被せた。
他2人とは違う。勘違いしたまま、話を聞かなくなるタイプの亜人だ。こういう奴には力づくで制するに限る。
私は白衣で包んだまま、リニスを持ち上げた。
「なるほど、人の来るようなところではやりたくないと…」
「だーまーれ。お前とはまた落ち着いてから話すことにする。それまでに考えを改めておけ!私は、亜人に手を出さない!」
半ば放り投げるように、リニスを部屋のベッドに下ろした。険しい表情で睨んでくるリニスを無視して、そのまま部屋を出た。
丹下リニス。
ルピンの同じタイプ。
そう、メモに殴り書いた。




