51話 狼と森林
出張2日目。
初日が少し珍しかっただけのようで、この日は銃声も爆発もない、いたって平和な時間が流れていた。今のうちと思い、前任の書き残した書類を読み、亜人4人についての情報を集めてみた。やはり彼女らの名前についての記載はなく、呼び名は常に識別番号となっていた。
となると、彼女らから直接聞くしかない。
基本的に、私が共用スペースにいる時は皆、各々の部屋に篭ってしまう。私を避けているのだ。彼女らに嫌がらせをしているようで不本意だが、私とて亜人管理官だ。彼女らについてより知るために、私の方から行くしかあるまい。
「──────入ってもいいか」
「…!は、はい…」
1人目。
D-09。能力“獣化”。
全身体能力を一時的に高める能力だが、能力の発動に伴って身体及び精神が獣へと近づくとのことで、本能的に行動するようになるデメリットがある。
彼女は能力の制御が他の者より安定していないらしく、発動していない状態でも思考が本能的になってしまうらしい。
「すまない。迷惑かもしれないが、少し話をさせて欲しい」
「いえ!どうぞ!」
言いながら、彼女はピンと背筋を伸ばして正座をした。灰色の頭髪から伸びている耳も、上へと伸びていた。
見たまんま、彼女は私のことを警戒している。なので、私は早速用意してきた“秘策”を取り出した。
「…ところで。これ、本部から持ってきた携帯食なんだが食うか?」
「……!!」
09はあからさまに興味を示した。
爆発しない大豆バーだ。普段の彼女らの食事がどのようなものかは知らないが、09は本能的な分、食欲に忠実なはずだ。ちょうど今は昼時…。
「私の分だが、今は食欲がない。食べるといい」
「…!やった!やった!」
09は半ば奪い取るように私から受け取ると、一心不乱にかぶりつき始めた。その後、ものの数秒で食べ切ったと思うと、私の方を見てすぐに顔を青ざめさせた。
「ひっ…!す、すいません。ごめんなさい。申し訳ありません」
「いい。謝るな。無礼を働いたからといって、殺しはしない」
「…本当、ですか?」
「ああ。敬語も使わなくていい。疲れるだろ?」
「…本当か?」
「ああ…むしろその方がいい。その方が私としても楽だ」
09はほう、と肩を撫で下ろした。彼女は本能的な分素直なのだろうか。思っていたよりも、言った通りにしてくれた。
「それで、話というのはお前ら亜人の名前についてだ。記録には無かったが、登録番号とは別にちゃんと名前があるんだろ?」
「あるけど、なんでそんなこと知りたいんだ?」
「なんのことはない。その方が私としては接しやすいからだ。亜人とはいえ、同じ人間を番号で呼ぶのは慣れてない」
「同じ人間…!亜人管理官様、お前いいやつだな!」
「サナダでいい。様付けもしなくていい」
「サナダ!」
「いいぞ。その方がずっといい」
09の表情がパッと明るくなったと思うと、おずおずと頭をこちらに向けてきた。撫でてくれとでも言わんばかりに。
私は無言で09の頭を撫でた。
「…!えへ、えへへ…」
「よしよし…犬みたいなやつだな」
「いつもな!頑張った時はリニスにこうやって撫でてもらうんだ!亜人管理官に撫でてもらうのは初めてだぞ!」
「リニス…っと、その前にお前の名前を聞きたい。お前はなんて言うんだ?」
「私はリル、小笛リルって言うぞ!」
「リルか。ありがとうな、教えてくれて」
「えへへへへ…!本当はな!教えちゃいけないんだって!けど、サナダには特別に教えるぞ!」
「なんで教えちゃいけないんだ?」
「分かんない。リニスはジョーが移るから?って言ってたぞ」
「情か…?組織は元から人として扱う気がなかったのかもしれないな…」
「私が教えたっていうのは内緒だぞ!」
言いながら、後ろへ伸びている尻尾がブンブンと左右に動いている。先程までは無かったかに見えたが、どうやら足の間に隠していたようだ。
「それで、さっきのリニスっていうのは誰のことなんだ?」
「リニスはデー部隊のリーダーだぞ!昨日一番喋ってたヤツだ!」
「アイツか。じゃあ他の2人はなんて言うんだ」
「ビクビクしてるのがムギで、あんまり喋らないのがハルだぞ!」
「なるほど…よーしよしよし。覚えてて偉いぞリル」
「ふぇへへへへ…」
思った以上に上手くいった。
他の亜人の名前も聞けたし、今のリルから警戒の色は一切見えない。この調子なら、他の亜人達とも上手くやっていけるはずだ──────
二人目。
D-10。リルが言うにはハルラという名前の亜人。
「──────突然すまない。入っても…」
「ダメです。入ってこないでください」
以上、その日の彼女との会話。
門前払いである。
能力“精神操作”。
彼女の言葉に対して返答した者は、ある種の催眠状態となり、彼女の言いなりとなる。大変危険な能力だが、組織内の人間に能力を発揮することを合図に“首輪”が作動することになっているので、戦闘以外で警戒する必要はない。
他の亜人と比べ、能力は安定しており、今のところ能力が暴走した記録はない。だが、それはそもそも彼女は組織に来てから短いからだ。
宗教団体“救いの羽根”
彼女は壊滅した組織から“鹵獲”された亜人だと、記録には記されていた。




