表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/201

5話 ココアとガンパウダー

 

 10年前。

 その日は当たり障りのない1日だった。

 まだ、学生だった俺は普通に学校に行こうとしていた。


 いつも通り。

 しかしそれは、適当につけていたテレビから流れてくる速報で簡単に崩れ去る。


『──────未確認生命体が、宇宙より飛来しています』


 SF映画みたいな文言。

 直接見て確かめたわけではない。

 まだその情報の真偽すらも確かでないというのに、異様な緊張感が走っていたのを、今でも覚えている。


 〜〜〜〜〜〜


「──────サナダくーん。生きているかねー」


 間延びした呼び声に目を覚ます。

 目を覚まし、匂いと景色から情報を得た。

 おそらくここは医療的な処置を行う場所だ。

 鈍い体を起こし、状況を確認する。


「…すいません。私は何故ここに?」

「何故って、氷漬けにされたからだろう?覚えてないのかい」

「氷漬け…?」


 意識が途切れるその瞬間まで記憶を辿る。

 私は“亜人管理官(メンター)”としての仕事、空気清浄機の設置場所の下見をやり切った。そこまでは覚えている。たしか部屋に帰ろうとして、そこを亜人2人に止められて、それで…。


「──────シズクか。しまったな…」

「どうかしたかい?」

「亜人…あの年頃の子は繊細です。自分の力が人を傷つけたのだとすれば、罪悪感で何も手がつかなくなるでしょう…俺の失態です」

「そこで自分を責める当たり、やはり君はあの男の親戚らしい」


 横に座っていたクリーム色の頭髪をした少女は呟きながら、マグカップに入った飲み物をあおった。


「…叔父のことですか」

「ああ。君のことは聞いているよサナダくん。気難しい性格らしいな」

「ということは…亜人か。礼を言う。助けられたな」

「分かるや否や口調を変えるじゃないか」

「亜人と接する時は、叔父の真似をしながら接すると決めている」

「ほほ、なるほど…確かに気難しい性格みたいだ」


 少女はコロコロと鈴の音が鳴るみたいに笑う。

 叔父の知り合いの亜人ということは彼女のデータはどこかにあるはずだが、叔父の残した記録をわざわざ探す気にはなれない。

 近くの棚に置いてあったメモ帳とペンを手に取った。


「いきなりだが、名前は」

「ふむ…立石クルネだ。好きな物はココア。嫌いな物は野菜だ。将来の夢は“天使”の解剖」

「お前、メモ帳読んだか?」

「退屈しのぎにちょうど良かったよ…なに、おかしなことは書いてなかったさ」

「そういう問題ではない」

「怒らないでくれたまえよ。お礼といってはなんだが、書いてある子達の身長体重、あとスリーサイズを書き記しておいた」

「余計なことをするな」


 ニヤニヤとした表情で見られているところ、クルネのデータを書き込み、そのままメモ帳を閉じる。


「確認しないのかい?」

「データとしては記録すべきだが、私のメモ帳には必要のない情報だ」

「後で見るつもりだね?案外ムッツリだ」

「はぁ…お前の相手はウンザリするな。叔父はどうやって会話してたんだ」

「さあね。あ、好きな物に人の困り顔、というのも追加しておいてくれたまえ」


 先に聞いておきたかった。知っていれば嫌でも表情に出さなかったというのに。


 ポーン ポーン


 直後、嫌でも耳に入ってくるような電子音が部屋中に響く。聞こえ方からして、シェルター内全体へのアナウンスだろう。数秒後、よく通る声がアナウンスを始める。


『変異生物が上部ビル内に侵入しました。シェルター内の人間は、ビルの方に出ないように』


 “変異生物”

 亜人と同じように“世羽根の毒”によって突然変異した野生動物などのことだ。個体によって変異の仕方は大きく異なるが、基本的に武装をしていない人間の手では傷一つ付けられない。

 こういう事態になった場合は“駆除隊”と呼ばれる武装した部隊が侵入した場へと駆けつけるが…。


「変異生物か…シェルター内じゃないのなら、まあ安心だろうね」

「ああ…そうだといいが」

「…?どうしたんだい。まだ安静にしておいた方が」

『場所はビル3階、書庫。蜘蛛から変異した個体のようです。くれぐれも近づかないようにお願い申し上げます』

「っ…都合が悪すぎるな」


 私はすぐさま着替え、机に置いてあった支給品の拳銃とガスマスクを手に取った。


「防護服は、ここにはないか。着てる時間が惜しいな…!」

「待て待て待て。何をする気だい?」

「無論だが、変異生物の場所に赴く」

「…!君、死ぬぞ」

「私は“亜人管理官(メンター)”だ。行く必要がある」

「はぁ…言っておくがね、亜人は例外無く君よりもはるかに強い。変異生物など簡単に退けられる。カッコつけたいのなら、もっと他でやりたまえよ」

「嘘をつけ。強いわけがあるか。いくら身体が強かろうと、中身は普通の女の子だ」


 メモ帳にも記した、シズクのデータを思い出す。


『嫌いというか、苦手なものは虫ですかね。特に蜘蛛。好きなのは本と……』


 拳銃の弾丸が込められていることを確認し、ガスマスクを被った。

 死の覚悟などしている暇は無い。

 しない方がいい。


「退治は駆除隊の仕事だ」

「駆除隊は準備に時間がかかる。その間に事が起きてみろ…亜人の精神の安定、問題の解決をサポートするのが“亜人管理官(メンター)”だ」

「っ…くだらない仕事だよ、それは」

「叔父から引き継いだ仕事だ」

「バカか…死にたいんだねぇ君は」

「死ぬ気は無い。変異生物と戦う気もない。私は亜人を助けに行くだけだ」

「あっ、おい!人の話を聞きたまえ!」

「…離してくれ」


 掴まれた手を振りほどいた。

 睨んでくるクルネの瞳を、何気なく見つめ返した。


「──────っ、君ら親族は…全く…!」


 私の目を見た途端にクルネはそっぽを向き、説得を諦めた様子だった。

 叔父も多分、同じ目をしていたのだろう。

 すまない、と心の中で呟いてから部屋を出た。

 叔父も多分、こうしていたのだろう。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ