49話 飛んで支部
ズドン! パラパラパラ…
──────聞こえてきた物騒な音に目を覚ます。
まず、目に飛び込んできたのは全く見慣れない打ちっぱなしのコンクリートの天井。覚えのない光景に、突然異世界に来たような気分になる。
違和感にすぐさま身を起こし、周りを見てみた。壁は天井と同じく灰色。タンスと机と椅子が1つずつ置かれており、どれも私の物ではない。今自分が乗っているベッドも、いつも使っているものよりずっと硬い…ていうか、ベッドというよりほとんどマットレスだ。
そして何よりも、鼻が利き始めてから感じる火薬の匂いが、ここが昨日までいた場所とは違うことを示していた。
「何が起こった…?」
ハンガーに掛けてある白衣とシャツ、スラックスだけが私の物だと分かる。それはそれでおかしいのだが、とりあえず私はそれに着替えて部屋を出た。
扉の先は、少し広い通路へと続いていた。
なおも謎の爆音は断続的に響いており、私の精神を揺さぶっている。
「あ、起きたのですね」
振り返ると、通路の遠くから歩いてくるミルモの姿が見えた。
ホッと肩を撫で下ろす。
「ミルモ!た、助かった。見知った顔を見ると多少は安心できるな…」
「いつもより早起きですね。アナタが起きる時間には、傍にいようと思っていたのですが」
「ああ、こう騒々しいと流石に目も閉じていられない。今、これはどういった状況なんだ?まるで意味が分からないんだが」
「忘れたのですか」
「忘れた?何をだ」
「出張です。お知らせしたでしょう?明日から始めると」
「…確かについ昨日お前からその旨を聞いた気がするが」
朧気ながら、頭に浮かんでくる。
昨日、仕事中にミルモが私に言ったこと。
“明日から出張してもらうのです。準備しておいて下さい”
私はてっきり、朝方に出発するものだと思っていた。が、私は“天使”の行動力を侮っていたみたいだ。気づけば出張先にいる、なんて考えもしなかった。
「つまり…外か。ここは」
「はい。“明けの明星”の支部なのです」
「一応“明けの明星”ではあるのだな…知らなかったな。ウチに支部なんてあったのか」
「いえ、本当は“明けの明星”に支部なんて存在しないのです」
「うん…?話が見えないな」
「ここは“明けの明星”の名を騙った偽の支部なのです。人を集めるために“明けの明星”の名を利用しているみたいです」
「つまりはなんの縁もゆかりも無い組織だと」
「ええ。アナタは今日からここで、本部から派遣されて来た亜人管理官として働いてもらうのです。エイルや亜人の皆には伝えてありますので、ご心配なく」
「待て待て待て。そもそもここは“明けの明星”ではないのだろう?本部から派遣されたなんて言って、組織の者に通じるわけがないだろ」
「安心してください。ここが偽りの“明けの明星”だと知っている人間は皆、先週に戦死しました。ここに所属している者は皆、ここが本当の“明けの明星”支部だと信じてるのです」
「…なんか皮肉めいた結末だな」
「納得しましたね?では早速、ここのリーダーに挨拶に行くのです」
さっさと歩いて行ってしまうミルモの後を追っていく。
その間も騒々しい爆発音や銃声は上から響き続けていた。外の世界は世紀末なのだと覚悟はしていたが、想像以上に物騒だ。
上からの音、ミルモがガスマスクや防護服を私に渡さないことを加味すると、今いるここは地下にあるシェルターなんだろう…ミルモが“世羽根”のことを忘れていなければ、だが。
コンクリートの壁と木製の扉が延々と続いていく廊下の中、一際鮮やかな、これまた木製のドアの前でミルモは足を止めた。
「ここなのです。入りますよ」
やはり返答を聞くまでもなく、ミルモはドアを開けた。
「お…?おお!これはこれは、本部から御足労いただき、ありがとうございます!!私エドガワと申しますぅ〜」
部屋に入ると、小太りの中年が私たちを迎えた。私たちに気づくとすぐさま席を立ち、分かりやすくゴマをするポーズを取り始めた。
「初めまして。本部から派遣されてきた亜人管理官のサナダです」
「同じく、護衛亜人のミルモなのです」
「へぇへぇ、まさか昨日の今日でもう来て下さるとは…流石本部の方は行動が早い」
「…早速ここの亜人にも挨拶に伺いたいのですが、」
「はいはいはい。ウチのもんはシェルター内に収監してなくてですね。外にレンガ造りの離れがありまして。普段はそこにいます」
「収監…?離れ…?」
「ですが、今は敵対組織と交戦中でして。報告を聞く限りでは、じきに終わるかと…」
ボゴンッ
と一際大きな音が響いたと思うと、上からの音はそれを最後に鳴り止んだ。
「…今終わったようなのです」
「では、私は亜人らの挨拶に…」
「ああ!ちょ、サナダさん!忘れ物ですよ!」
そう言うと、エドガワは私にボタンがいくつか付いたリモコンを渡した。
「これ忘れちゃいかんですよぉ〜」
「…これは?」
「これはって、“首輪”の制御に使うコントローラーに決まってますがな」
「…“首輪”?」
「そういえば、そこの亜人は首輪を付けてないんですねぇ。失礼ですが、いくら本部の者でも“首輪”くらいは…」
「本部の亜人は体内にナノマシンを注入して管理しているので、必要ないのです」
「ほお、そうなんですねぇ。流石本部はハイテクですなあ…ウチは4人しかおりませんので、首輪で十分ですけど」
「おいミルモ、どういう──────」
「さあ行きましょう亜人管理官。管理すべき亜人達が待っているのです」
ミルモに手を引かれ、半ば無理やり部屋を退出させられる。
部屋の外へと出ると、ミルモはすぐに歩きながら話を始める。
「外での亜人の扱いは、“明けの明星”とは大きく異なります。基本的に“世羽根の毒を内包した存在”として忌み嫌われているのです」
「なにィ…?確かに“世羽根の毒”で変異した存在ではあるが、毒自体をばらまけるなんぞ聞いたこともないぞ」
「外では信じられているのです。加えて、人を卓越した力も持っているのですから、やはり基本的に人と同じ扱いはされていないのです」
「さっきの“首輪”というのは…?」
「キバが持っていた“亜人を殺せる毒”があったでしょう?アレを非常時に亜人へと流し込むための装置なのです。首に取り付けられるのでそう呼ばれています」
「っ…!それじゃ、奴隷じゃないか!」
「その通りなのです。ですから、その常識をアナタに覆してもらいたいのです」
「…!」
「できますか?」
「できるかは知らんが、善処させてもらう」
しばらく進むと、上へと続くハシゴが現れる。
流石にその先は危ないようで、ミルモから受け取ったガスマスクと防護服を装着してから、ハシゴを登り始めた。
「…サナダが先に行くのです」
「……」
ハシゴを登り、蓋となっている金属板を押しのけると、外へと出られた。
外はほとんど更地になっており、あちこちにクレーターのような爆発した跡が残っていた。そんな中、少し離れたところにレンガ造りの小屋が見えた。
シェルターに蓋をして、すぐさま向かう。
遠くには武装した人間達がフェンスや高台の周辺何かを片付けたり準備したりしているのが見える。
また戦闘が始まっては危ない。そう思い、私は逃げるようにレンガの小屋へと入っていった。
「ああ、お疲れ様。リニスは──────って、誰だいアンタ」
入るとすぐに部屋というわけではないらしく、番台のような亜人が、私たちを迎えた。
「本部から来た者だ」
「本部から来た亜人なのです」
「あー、新しい亜人管理官の方ですか。これからよろしくお願いしますー。どうぞどうぞ、中へ」
「私は少し話があるので、亜人管理官は先に行っておくのです」
「あいわかった」
言われるがまま、目の前の扉から入っていく。
部屋はかなり生活感のある佇まいとなっており、中心にある机を取り囲むように4つソファーが置いてあった。机の上にはマグカップや何かの書類、チェス盤等が無造作に置かれている。
4人で住むにしては狭すぎるスペース。恐らく
ここは共用スペースだろう。
見回すと、他の部屋へと続くであろう扉が4つあった。ちょうど亜人の人数分だ。しん、と静まり返る中、一つの扉だけ微かに物音がしていた。
そこにいるのだ。早速挨拶をしよう。
「失礼する。私は本部から派遣されてきた──────」
と、ノックもせずに入ったのが失敗だった。
「──────へ…?」
開けたと同時、着替えている途中の亜人が気の抜けた顔で私を見ていた。




