48話 OTSUGE
亜人管理官としての仕事を全うした私は、ミアとサラの部屋を後にした。あの様子なら大丈夫だろうが、もうしばらくは1人しておいてやろう。
と、部屋を出たすぐ先には、ミルモが立っていた。
「サナダ、よくやったのです」
「まさかお前が私を褒めるとはな」
「それほどにアナタは大したことをしました。サナダ、アナタは素晴らしい人間です」
「調子狂うな…ただのカウンセリングだよ。しかもかなり雑だった」
「いえ、きっとアナタがこうしていなかったら、ミアは死んでいました」
「大袈裟」
「いえ、あのままではミアはその注射器に入っていた毒で自決していたでしょう」
ミルモは私の持っていたシリンジを指さした。
“明けの明星”の物ではないと思っていたが、まさか毒だったとは…。
「まさか、知らずに持ち出したのですか?」
「明らかにウチの物ではなかったからな…そうか毒か」
「その毒は、亜人の身体にある“進化の素”を分解します。とても恐ろしい薬品です」
「これならお前も殺せるのか?」
「えぇ、ですが本当に私を殺したいなら、私の全身が浸るくらいは必要なのです。一晩中漬け続ければ、流石の私もつらいのです」
「“つらい”止まりか…まだまだ、人類はお前に届きそうにないな」
「私は共存を求めます」
「分かっているよ。別に殺そうなんて思っちゃいない」
恐らくこの毒はキバが持っていた物だ。脱出する際に、回収せずに置いていったのだろう。これをミアが部屋へと持ち込んだということはやはり、ミルモの言う通りなのだろう。
後で“下”に持っていこう。
「…今回の騒動で確信しました」
「何をだ」
「私たち天使にとって、やはり人間は有益な存在なのです。色々な組織を回ってきましたが、この組織の体制が1番私たちにとって都合がいい」
「それは何よりだ。そしたらなにか、景品でもくれるか?」
「景品ではありませんが、他の組織を全て、この組織と同じ体制に変えようと思っています」
「変えようと思っていますって…お前の一言で世界が変わってくれるなら、もう既に天使に住みやすい星だと思うぞ、ここは」
「はぁ…言っていることがそんなに簡単ではないことくらい分かってるのです。バカにしてるのですか?殴りますよ」
「私はまだ死にたくない…」
相変わらず言っていることの規模が桁違いだ。こいつの言う“他の組織”というのは、最低でもこの国にある全ての組織あたるのだろう。我々にとっては途方もない目標に見えるが、やはりこいつにとってはさほど困難でもないのだろうか。
「それを達成するための方法を模索している最中だったのです。そして、今回の騒動で確信したことこそ、その解決策なのです」
「随分あっさり思いついたものだ。して、その方法とは?」
「恐らく、アナタが各組織に1人いれば自然と全ての組織がここのような組織になるのです」
「ほお、つまり私に分身しろと?」
「はい。ですから、今からサナダを細切れにして各組織に配ろうと思うのです」
「ふっ、お前が言うとゾッとするな…一応聞くが、じ、冗談だよな?」
「冗談なのです」
ベッ、とミルモは舌を出す。人間を学ぶと共に、ユーモアのセンスも磨いているらしい。
「ですから、次の段階では、アナタには出張してもらおうと思うのです」
「出張…?他の組織に行けということか」
「ええ。それで、本当に組織がここのようになるのか検証したいと思っています」
「外に出るということだな…?ちょうど、私も外の世界を見てみたいと思っていた。協力しよう…いやそもそも拒否権なんて無いのだろうが…」
「よく分かっているのです。断ったとしても、私は強制的に連れていくつもりでした」
苦笑いするしかなかった。
ミルモに担がれて運ばれていく自分の様が、何となくイメージできた。しかし、外の世界は世紀末だと聞く。私一人行ったところで、その場で野垂れ死んだりしないだろうか。
「安心してください。行く時は私もついて行くのです」
「…お前、他人の心境が読めるようになってきたな」
「はい。まだ発展途上ですが、サナダは特に分かりやすいですので」
「ちなみに今、私はどんな顔をしていた」
「…“おなごの乳房を揉みてぇ”と」
「それ多分、私じゃない誰かだな…」
ニコ、とミルモはわずかばかり口角を上げた。
他人の意図を汲み取るなど…それは私も上手くできていないことなのだが…。今更ながら、コイツが人類の脅威だということを再認識する。今のうちにこのシリンジをコイツにぶち込んでおくべきだろうか…?
「……。」
「あ、殴りますよ?」
「…何も言ってない。私はお前が怖いよ」
「そうですか。それでは、またコチラの準備が出来次第お知らせするのです。努努忘れぬよう、お願いするのです」
「あ、ああ、一応頭の片隅くらいには、置いておこう」
いつも以上に上機嫌な様子でミルモは歩き去っていく。
ここに来た時とはかなり違う。人間的というか、以前まで感じていた異質な雰囲気を彼女から感じられなくなっていた。もう、とても彼女が“人類を滅ぼす敵”なんて風には考えられない。
これが正しいことなのか、悪いことなのか。
「…と、また考えすぎるのもよくないか」
嘆息してから、私はいつもの仕事場へと足を進めた。




