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47話 ノットギルティ

 

 キバの襲撃を凌いだ翌日。

 自室で目を覚ますと、時はもう正午を回っていた。完全に遅刻だが、昨日のこともある。他の亜人も皆、寝不足だろうし。エイルは許してくれるだろう。


「──────ふあ…ぁ…」


 昨日の襲撃での被害は、ちょっとした壁の損壊のみ。“亜人狩り”による人攫いの被害は0であった。

 外の世界はこことはまるで常識が違うと聞いていたが、まさか人攫いや人身売買まで行われているとは思わなかった。まさに世紀末。

 だが、こうして外部からの侵略に対して、我々の“楽園”は守られたのだ。今はもうしばらく休もう…。


 ドン ドン ドン !!


 目を閉じようとしたところで、ドアを叩く音が部屋を響いた。


「あの、サナダさん!いつまで寝てるんですか!」

「……」


 聞こえてくるサラの声には、返答しない。

 居留守という私のユニークスキルを使う。


「またキバって人が来てるんですけど!!」

「…!?なに、本当か?!」


 パジャマ姿のまま扉へと走り、開けると、ドアのからサラの顔が覗き見えた。


「なんだ、起きてるじゃないですか」

「はぁ、はぁ…キバは今どこだ!?」

「嘘です。いたって平和です」

「は──────」

「かつてないくらいマヌケな顔してますね」


 一度咳払いをし、ズレた眼鏡とパジャマの襟を直した。


「ふぅ…2度寝する。エイルにはまだ寝ていたと伝えてくれ」

「エイルさんに起こしてくるよう頼まれたので、それはできません」

「なるほどな……なるほどな…」

「不服そうな顔してますけど、もうお昼ですからね。逆に今の時間まで寝られたことをエイルさんに感謝してください」

「……着替えてくる」


 私は渋々部屋へと引っ込んだ。

 着替え終え、部屋の外へと出ると、大広間はいつも通り“亜人”達が出歩いていた。襲撃があって昨日の今日というのに、いつも通りに時が流れている。混乱の最中、ほとんどが寝静まっていたので当たり前ではあるが。


「さて、エイルにどやされる前に管理局に顔を出すとするか」

「…その前に、サナダさんに行って欲しいところがあります」

「寄り道程度なら付き合うが」

「寄り道どころか、今日の本筋みたいなところはあります」


 案内されるがまま、とある部屋の前まで来た。確かここはサラとミアの部屋だ。


「ミアが中にいるので、会って話してください」

「…?どういうことだ」

「私やマイカでは門前払いでした…アナタならどうできるかと思いまして」

「よく分からないが、亜人管理官(メンター)の仕事っぽいな」

「でなきゃ頼みません。エイルさんには私の方から伝えておきますので」


 それでは、と言うと、サラは私の返答も聞かずさっさと行ってしまった。

 1人、ドアの前で取り残される。サラやマイカが入れないとなると、私も無理な気がするが…。

 とにかく部屋のドアを叩いてみた。


「ミア!私だ!入ってもいいか!」

「──────ぁ」


 ゴゴゴ…と何かが近づく音がする。

 しばらくもすると声は返ってくる。


「…入ってきて」


 ゴゴゴ…と遠ざかる音。

 私は戸惑いながらもドアを開けた。

 入ると同時、パステルカラーの玄関マットが私を迎えた。苦笑しつつも、靴を脱いで上がった。

 部屋にはあちこちにミアの私物らしきストラップが画鋲に引っかかる形で吊るされており、2人の生活の様子が何となくイメージできた。

 部屋を奥へと進むと、窓を座って眺めているミアが見えた。


 下半身は蛇の姿になっていた。


「ミア…?どうした。サラもマイカも部屋に入れてもらえないと聞いたが…」

「…サナメン」


 ミアが顔を私の方へ向ける。

 黄色い眼球に真っ黒な縦長の瞳孔。頬の辺りまで裂けた口。そして、口から伸びる細長で二股の舌。

 ミアの顔はいつも以上に蛇へ近づいた様相となっていた。


「戻らないの…こんな、バケモノみたいな見た目から…」

「…能力の制御ができていないだけだ。少し待てば、すぐ制御できるようになる」

「今日起きてからずっとなの…もう、最悪っていうか…」


 ミアはいつもより弱々しい声で呟いた。

 スクネ曰く、能力の安定にはポジティブな感情が不可欠。ならば逆もまた然り。能力の暴走にはきっとネガティブな感情が潜んでいるに違いない。

 この頃あったネガティブな出来事といえば、キバのことに違いないと思うが…。


「安心しろ。あんな目に遭ったんだ、キバはもう来ないに違いない…しばらくは平和だろう」

「…違うの」

「違う、というと…?」

「私が、スクネちゃんに頼んでキバを呼んだの。全部、全部ウチのせい!」

「…!」

「ユユちゃんもシズクちゃんも!ウチのせいで酷い目に遭った!死ぬかもしれなかった!サナダさんと天使ちゃんが来なかったら今頃…!」


 ブルッ…とミアは身を震わせた。

 これで合点がいった。ミアを苦しめているネガティブな感情というのは、罪悪感だろう。どのような意図にせよ、キバを呼んだことで皆を危険に晒したのだ。ミアの性格なら罪悪感に苛まれて当然だろう。


 ミアは恐らく、自分への罰を求めている。


「…なんでキバを呼んだんだ?」

「……て、天使ちゃんを殺して欲しかった」

「恨みがあるのか?」

「ウチ、亜人になる直前までの記憶が少しだけ残ってるの…パパもママも、弟も妹も、天使が来たときに皆死んだ…」

「…そうか」

「許せない。許せなかった。皆は平気でも、ウチには耐えられなかった。だから、スクネちゃんから“亜人を殺せる毒”の話を持ちかけられた時、チャンスだと思ったの」

「それでキバが来た。“天使を殺して欲しい”なんて頼み、奴らはなから聞く気が無かった」

「…でも、そもそも私がそんなこと考えなかったら」

「そうか?ミルモを影ながら恨んでいる人間は他にもいる。ミアが断ったとしても、スクネは他を当たっていただろう」


 ミアは戸惑っている。

 罪を犯している自分になんの罰も下らないことに納得がいっていない様子だ。こんな時、叔父ならどうしていただろうか。彼女の望むとおりに、罰を与えて楽にしてやっただろうか。

 否、私だったらそんな生温いやり方で済ませたりはしない。


「…ミアはどうしたいんだ」

「どうって…?」

「いけないことをしたとして、ミアはどうしたい?このまま部屋に篭もり切って時間が経つのを待つか?」

「ウチは…皆に謝りたいと思ってる」

「なら何故そうしない?」

「それは、皆に嫌われるかもしれないから…」

「ふん…はっきり言ってやろう。お前は今罰を与えられることを望んでいる。罰を与えられることで、その罪から解放されようとしている」

「…!だ、だったら何」

「私はそう簡単にお前を楽にはさせない」

「っ、なんで、そんな酷いこと言うの…?」

「私ならば、お前の意図を汲んで都合のいい罰を与えてくれると思ったんだろう?甘えるなよ」


 ミアは涙目で私を睨んだ。

 構わず、私は続ける。


「今、何故酷いことをするのか聞いたな?それはお前が酷い人間だからだ。私は今、相応の罰をお前に与えている」

「っ…!なんで…?確かに、私が皆を危険な目に…」

「違う。私が話しているのはこれからの事だ。いいか?ここの者は皆、お前を含めて根が真面目で誠実な者ばかりだ。そんな者が罰を与える側になってみろ…今のお前と同様、罪悪感に苛まれるはずだ」

「…!」


 ミアはハッと息を呑んだ。

 私はまくし立てるように続ける。


「お前は今、自分の罪悪感を他人に押し付けようとしていた。だから私は酷い人間だと言ったんだ」

「そんなつもりじゃ…」

「だろうな。お前が意図してそんなことをするとは思えない。だからそうなる前に、こうして助言してやっているんだ」


 ミアの蛇目の瞳孔が、徐々に楕円へと近づいていく。


「今はその罪悪と向き合え。ゆっくりでいい。向き合えたら、周りの人間に謝れ。どう謝ったらいいかは、きっとその時に分かる」

「向き合うって…分かんないよ…」

「それを自分で考えるんだ。それこそが、私からのミアへ与える罰だ」

「う、うーん…」

「…言っておくが、私はもうミアをとっくに許している。これはきっと、他の者が聞いても同じだ。許さない者がいるとするなら…」

「す、するなら…?」

「それを考えるんだ。そう難しくない」


 えぇ〜、とミアは間延びした声を上げた。

 良い兆候だ。恐らく今のミアは自分の罪について深く考えてはいない。心なしか表情が、蛇のそれから人へと戻っているような気がする。


「…では、私は仕事があるのでな」

「うん…ありがとサナメン。なんか、元気出た」

「当然だ。私は亜人管理官(メンター)だからな」


 私は机の上で密かに転がっていたシリンジを掴み取ると、すぐさま部屋を後にした。叔父ほどではなくとも、上手くできただろうか。

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