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46話 大豆アタック

 

 パラパラと散る壁の瓦礫。


 壁へと激突したキバの右腕は、服の上からでも分かるほどにひしゃげ曲がっていた。キバは床に座り込んだ体勢のまま、相対するミルモへと目を向ける。


「…なるほどな。AC因子が他の“資源”共とは桁違いだ。貴様が“天使”と呼ばれるのも頷ける」

「アナタ“亜人狩り”ですね?我々にとって、排除すべき存在なのです」

「排除…?クク…それらしいことを言う。我々にとっても“天使”というのは邪魔でしかない」

「キバさんっ!!」

「騒ぐな。他の“資源”共が起きるだろ」

「あら、そんな心配もうしなくてもいいのです」


 ミルモは端末を取り出し、館内の警報を鳴らそうとした。が──────


 パ シ ュッ


 ミルモが端末を操作するよりも早く、キバから放たれた弾丸が端末を貫いた。端末はミルモの手元から離れ、カラカラと床を滑っていく。


「あー…」

「鳴らすなら、鳴らしてから私の前に現れるべきだったな」

「…あの端末にはまだ移してない写真や送ってもらった音楽が入ってました」

「あ…?」

「アナタは万死に値するのです」

「訳の分からないことを…スクネ。腕」

「ウス」


 キバはよろけながらも立ち上がり、着ていたパーカーを脱ぎ捨てた。服の中から現れたのは、ひしゃげ曲がり、あちこちから導線や回路が飛び出している金属製の義手。

 キバは慣れた手つきで義手を外すと、スクネから受け取った新たな義手を右肩へと繋ぎ直した。


「おぞましい身体なのです」

「お前らのような“資源”の方がよっぽど恐ろしい。なんで貴様らのようなバケモノがこの地我が物顔で歩いている?」

「…私は共存を望むのです」

「フッ──────生憎、我々は望んでいない」


 キバの言葉を合図に、ミルモは疾走した。

 彼女に早く走る動作など必要ない。ただ前傾姿勢のまま、地を蹴るだけで彼女の身は超人的なまでに加速する。


「えい」


 そして、その勢いのままキバへと拳を突き出した。が、その拳は虚しくも空を切った。


「動きは素人だな」


 キバは背後に回り込み、伸びきったミルモの腕を掴んだと思うと、腕ごと床へと組み伏せて見せた。床に叩きつけると同時、ミルモの肩からボギン、と鈍い音が響いた。


「バカが。力だけでどうにかできると思っていたか?」

「…離すのです」

「…!なっ…!こいつ…っ!」


 完全に折れたはずの腕が、乗っているキバごと持ち上がり始めたのだ。

 その予想外の事態に思わずキバは飛び退いた。キバの経験上、並の亜人ならば今ので制圧出来ていたはずだった。

 ミルモは完全に組み伏せられた状態から、純粋な腕力で振り払ったのだ。

 ミルモは立ち上がり、いつの間にか自分に刺さっていた複数のシリンジを難なく引き抜いた。


「…効果は薄いか」

「今のは…“進化の素”を分解する毒ですか。おぞましい…やはり排除しなければいけないのです」

「貴様は、本当に“天使”かもしれないな…だとしたらここで殺しておきたいところだが、もう打つ手がほとんど無い」

「“ほとんど”ではなく、もう無いのです」

「いいや。まだお前には付け入れる隙がある──────」


 キバは義手から取り出したシリンジを、スクネへと投げ渡す。スクネは受け取り、傍にいた“何者か”にその針を突きつけた。

 突きつけられた先には、“誰もいないように”見えたが…。


「っ…!」

「──────このように、だ。今入っているシリンジの毒は、並の亜人ならば殺せる毒だ。いいか?動けばこの“資源”は殺す」

「ユユ…!」

「先程写真がどうとか、音楽がどうとか随分腑抜けたことを言っていたな。貴様は、“こういうの”には応じると思っていた」

「ミ、ミルモちゃん…」


 か細い声が響く。

 その様子を見て湧き出てくる初めての感情に、ミルモは戸惑った。焦り、怒り、恐怖が入り交じった複雑な感情。

 ユユが死ぬかもしれないという今の事態に、ミルモは身動き1つとれなくなっていた。


「コイツが大事なら、我々が無事ここから出るまで動かないことだ」

「ユユを離しなさいっ!!」

「阿呆が。好きにわめいていろ」

「っ…!アナタは殺します。どこにいようと、必ず追いかけて、見つけ出して、絶対に排除するのです…!」

「…そうか?ああ、また今度やってみるといい」

「キバさん、撤収っスか?」

「3つもいれば十分だろう」

「──────動くな」


 と、キバの背後から男の声が投げられる。

 キバはゆっくりと振り返った。いたのは白衣を着た男。拳銃を構えて、険しい表情で立っていた。


 ウー ウー ウー


 そして、警報のサイレンが館内に鳴り響き始めた。


「サ、サナダ…」

「そこから動けば…撃つ…!」

「フン…言う暇があるなら、最初から撃てばいいものを」

「っ…!動くな!!」

「断る。お前のそれは撃てない奴の目だ──────」


 パ ン ッ !!


 放たれた弾丸はキバの義手に命中し、甲高い音と共に跳ね返った。


「…狙ったか?」

「っ、威嚇射撃だ!次は脚を狙う…!」

「威嚇射撃というのは、標的そのものは狙わないのだがな…なるほど。撃つ度胸はなくとも引き金を引くだけならできるか」


 キバは余裕のある動作で両手を上げた。


「キバさん?!」

「驚いてないで撤収の準備をしろ。私はこの小僧の相手でもしておく」

「…!ウッス!」


 キバとは対照的に、サナダは苦しいような表情で銃を構えていた。


「このまま逃がすと思うか…!」

「そら、ホールドアップだぞ。これでいいか?」

「黙れ…!そこの3人を置いていけ!」

「そうしなければ撃つ、か?お断りだな。我々はこのためにここに来た。“資源”は然るべき場所で活用されるべきだ」


 パ ン ッ !!


 サイレンの音に紛れ、再び鳴る発砲音。

 しかし、確実に脚へと狙いを定めたはずの弾丸はキバへと命中することはなかった。


「…!避けた、のか…?!」

「この距離なら造作もない。こうして向かい合っている間は当てられると思わないことだ」

「っ…!」

「お前は何も出来ない。“資源”が奪われるのを、黙って見ていることしかできない」


 鳴り響くサイレンと赤いランプが辺りを照らしている中、サナダは拳銃を構えたままキバを睨みつける。対するキバはポケットに手を入れながら、撤収の時を待っていた。


「3人をどうするつもりだ…!」

「外で売り払う。その後は知らん」

「っ、なんで、何故そんなことが出来る!」

「“資源”共は高い値で売れるからだ…この手の問答に意味はないぞ。私は貴様らの“資源”を奪い、売り払う。これは何があっても覆らない」

「…!この、っ…!!」

「…ふっ、お前の目、私の知り合いに──────」


 パ ァ ン !!


 銃声とは違う。何かが弾けた音が鳴り響く。音の出処は、スクネのいる位置。


「…スクネ?」

「な、何にもないっス!ご心配なさらず!」


 パァン! パァン!

 続けて二度、同じ破裂音が鳴った。

 突然のことに、キバの顔が後ろへと振り向きかける。


「おい、何が起きている」

「マジでなんてことないことなんで!振り向かないでいいっス!」

「…?いいから何が起きているのかを説明しろ」


 パァン!パァン!パァン!


「その、本当にしょうもないことなんス!」

「いいから教えろ!」

「あの、その…」


 サイレンと破裂音の中、スクネはようやく告げた。


「──────だっ、大豆バーが爆発してます!」

「……は?何の話を」


 パンッ!


 今度は破裂音とは違う音。

 直後、キバは硝煙と共に膝をついた。


「当てたぞ…!今度は脚に…!」

「チッ、貴様──────!!」


 ヒュガッ!

 次の瞬間には、どこからともなく飛来した矢がキバの右腕を穿っていた。散らばる電子部品と共にキバはバランスを崩した。

 焦ったスクネは、ユユから手を離し、即座にキバの元へと駆け寄った。


「キッ、キバさん!撤収準備完了してます!」

「ちぃっ!何をしている!“資源”共はどうした!!」

「3人分はもう少し時間がかかっちゃうっス!でも、このままじゃキバさんが死んじゃうっス!」

「ふざけるな!何のためにここに来たと思っている!!」

「で、でも…」


 カチャ…

 動けなくなったキバに向けて、拳銃が突きつけられた。


「帰った方がいい。お前らがウチの亜人に手出ししないのなら、私はここから何もしない」


 サナダは拳銃を構えたまま、キバへと告げる。

 照準はキバの頭に、引き金には指をかけたまま。

 キバは、サナダの瞳からそれがハッタリでは無いことを悟る。


「…チッ!撤収だ。天使のやつもこちらに歩いて来ている。急げ」

「…!ウス!!」


 スクネが祈るようなポーズを取ると、2人を目映い光が包み始めた。徐々にその輝きを増していく光の中、キバはサナダを睨みつけながら、吐き捨てるように言う。


「今度は奪う。貴様の命諸共な」


 光が集束すると同時に、2人はその場から消え去った。

 残ったのは倒れている亜人が3人。

 けたたましいサイレンは未だなり続けていた。


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