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45話 侵入者の牙

 

 皆が寝静まっている月夜。

 普段ならばサラとミアがベッドの上で寝ているはずの部屋…だが、今そこにサラはいない。

 ミアと荷物のリュックを背負ったスクネだけである。


「さてと。ドアも閉めた。他に誰もいないっスよね…?」

「うん。サラちーには他の部屋に行ってもらったし、この時間に出歩く人はほとんどいないよ。それこそ…あの天使くらい」

「それは重畳。では、私たちは悪魔を召喚しちゃいますかね」


 スクネはニヤリと不敵な笑みを浮かべると、外へと繋がる部屋の窓をゆっくり開けた。ミア達の部屋は2階。開けた窓から見える景色は広がる木々の群れのみである。

 スクネは窓から身を乗り出すと、手に持っていた端末に電源を付け、横に振った。

 数秒もすると、どこからともなく窓にフックが引っかかった。


 ギィ… ギィッ…


 フックには鉄線で編まれた綱が繋がっており、綱の向こうから誰かがよじ登っているのが分かる。

 窓の外から人影が覗いたと思うと、影は軽快な動きで窓から入ってきた。


「…!」

「ッス…お疲れ様ですキバさん」

「挨拶はいい。目標は」

「この部屋を出たらすぐに見えます」


 彼なのか、彼女なのか、キバの性別は声からは判断がつかない。真っ黒なボロボロのパーカーに身を包んでおり、顔はフルフェイスのガスマスクで覆われている。被ったフードから伸びている頭髪は黒と赤が入り交じっている。

 

 キバと呼ばれたその人物の登場に、ミアは身を強ばらせた。入ってくると同時に、この者からとてつもない死臭が立ち込めたからだ。


「あ、あの…本当に殺せるんですか?天使ですよ…?」

「あ?…ああ、そうかお前が手引きしたヤツか」

「蘭ミア。体の一部を蛇化させる能力です」

「蛇化か…実戦で役立ちはするが、軍事機器に勝るとは思えない」

「あの…!天使を殺してくれるんですよね?」

「…ああ、もちろんだ。我々は人外を殺すことに長けている。例えかの有名な天使とて、我々の手にかかればそう難しくないだろう」


 そういうと、キバは手元から物々しいシリンジを取り出した。中には透明な液体が入っており、持ち手は錆びた金属でできていた。


「我々が作った特製の毒だ。亜人を無力化した実績がある」

「それで…やれるんですか」

「他にも色々あるが、我々の企業秘密だ。おいそれと教えるわけにはいかない」

「そ、そっか、じゃあお願いします…あの、あのバケモノを殺してください…!」

「ああ、我々はそのために来た。だが──────」


 キバはおもむろに別のシリンジを取り出す。

 ミアはその一瞬の動作にビクッと体を跳ねさせた瞬間──────シリンジの針はいつの間にかミアの首元に刺さっていた。


「──────我々からすれば、貴様も立派なバケモノだ」

「…!な、ん…」


 言葉を紡ぎ切ることなく、ミアは目を閉じた。

 力なく投げ出された肉体はスクネによって受け止められ、その様子を見たキバはフンと鼻を鳴らした。


「まず、一つか。念の為だ。スクネ、首輪を付けておけ」

「ウッス」

「聞いていた通りの“楽園”だな。聞こえるか?“資源”が大量に息をついている」

「ッスね。今日のノルマはどれくらいにします?」

「これだけいるんだ。いつもより多めに拝借しても気づかないだろう。そうだな…3、4くらいはいくか」

「攻めるっスねぇ…」

「当たり前だ。こんな上質な“資源”の山。目の前にして手を出すなという方が難しい」


 “亜人狩り”

 亜人を捕獲し、然るべき場所へと売り払うことを生業とする闇の住民。時には亜人殺しの任も請け負う。

 キバはその中でも名のある者であった。


 キバはガスマスクのゴム紐をキツく締め直し、部屋のドアを開ける。

 飛び込んできたのは綺麗に清掃されたセラミックタイルの光景。2階から見下ろせる大広間は月明かりに照らされており、中心には噴水かシャラシャラと音を立てながら水を吹き出していた。


「ふっ、平和ボケした空間だな…」

「っスよね…この辺の空間は“世羽根の毒”が取り除かれてるっス。ガスマスク無くてもいいっスよ」

「なんだそれは」

「そういう装置を作ったみたいっス」

「オーバーテクノロジーだな…だが、外す必要は無い。万が一だ。顔を覚えられては困るからな」


 キバは当たりを見回しながら、2階通路を歩く。

 そして、音に気づき目を凝らすと、早速次の“資源”が向こうから歩いて来ていた。


「いました?」

「水色の頭髪。振り袖のような衣服。本を持っている」

「ああ…“氷を生成する能力”です」

「高く売れそうだ」


 瞬間、キバは音もなく走り出した。

 特殊な歩法なのか、はたまた靴に秘密があるのかは定かではなく、黒い影は月夜をただ静かに疾走していた。


「──────!!だ、誰…?!」

「さあな」


 水色の少女は振り向き、気づいた時にはもう遅く。飛びついたキバによって、床を背に押さえつけられていた。

 間髪入れずに、キバはシリンジを取り出す。


「ひっ…!こ、この──────」

「おやすみ」


 少女は手を伸ばすが、抵抗空しくシリンジの針が首元へと刺される。シリンジの液体が注入されると、ものの数秒でシズクの意識は暗転してしまった。


 完全な静寂となった場に、スクネは駆け寄った。


「これで2人目っスね…」

「…見ろ。素晴らしいぞ」


 キバは氷漬けになった自分の右手をスクネに嬉々として見せた。


「ものの数分で、このレベルの“資源”が2人も…!クク…!ここは“楽園”というより“宝島”だな…!」

「キ、キバさん。顔が怖いっス」

「クク、それに警備がザルすぎる…頭がお花畑の奴らは何を考えているのか分からんな…!」

「──────何をしてるのです?」


 2人目の“資源”を手に入れた2人の元に、平坦な声で告げられる。キバが顔を上げて見えた先には、白い衣服を着た銀髪の少女がいた。


「…3人目か」

「あっ、キ、キバさん。あれが例のです」

「はっ、天使というからどんな大層な“資源”かと思えば…ただのガキ。拍子抜けだな」


 キバは馬乗りになっていたシズクから立ち退き、少女の方へと静かに歩み出す。


「やあ、ごきげんよう。驚かせてすまないね。私は本部から派遣されてきた研究員なんだが…」

「何をしてるのですか」

「…今そこの彼女が倒れてしまってね。介抱をと…」


 と、キバは近づききったところでシリンジを取り出し、目の前の少女目掛けて針を振りかざした。が──────


 ボ ゴ ォ !!


「…?!」


 その振りかざした腕目掛けて、少女から拳が伸びる。それと同時に鈍い衝撃が走ったと思うと、受けたキバの体は大きく後ろへと吹き飛んでいった。


「…アナタは、同胞ではありませんね?」


 ミルモは、吹き飛んでいった者の影を無表情に眺めていた。


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