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44話 料理の狂人

 

 チーン


 オーブントースターから焼きあがった音が聞こえてきた。久々に料理というものをしたが、中々に楽しい。さて、出来上がりはどんな感じか…。


「…黒いな。なぁサラ、これって黒くていいんだったか?」

「え…く、黒い…?」


 憔悴しきった様子のサラが、トースターの中を覗き込む。中には、棒状の炭のような物体が煙をあげていた。


「これ、オーブンの設定間違えてます」

「…なるほど。さすがにこれをスクネには渡せん。材料にも余裕はあるし、作り直すか」

「つ、作り直すんですか…?」

「ああ。そう難しい手順じゃなかったんだ。今度は成功させてみせるさ」

「いや手順が難しいとか簡単とかではなく、サナダさんが…」

「まず、卵を割る」

「…!卵を振りかざさないでください!!」


 持った卵を振り上げ、ボウルの角目掛けて振り下ろす。が、力みすぎたのか、卵はボウルに激突する前に私の手元で弾けてしまった。

 しかし、大丈夫。ボウルの上で弾けたので無駄にはなっていない。


「ああ…でも殻が入ってしまった…」

「いや入ってしまったとかじゃなくて!!もっとゆっくりやってくださいよ!」

「料理というのは分量をちまちま量るよりも、勢いでいった方が美味くできるらしい」

「いやいや分量とかじゃなくて!一度落ち着いてくださいよ!」

「サラくぅん、もう諦めた方がいいよ。さっきの一回目で分かっただろう?料理中の彼に私たちの言葉は届かないのさ」

「しっかり聞こえているぞ」

「聞こえているなら尚更問題なんですけど…」

「まるでバーサーカーだねぇ…マサムネから聞いてた通りだよ…」


 一回目の挑戦から、何やら彼女らの私に対する扱いが違う。まるで暴走する猛獣を扱っているような…。

 それはそうと、調理に支障はないので続けていく。


「ええと、砂糖…」

「それは塩です!なんで砂糖しか出してないはずなのに塩があるんですか?!」

「植物油…」

「それはごま油です!なんでまた用意してない新たな油が登場してるんですか?!さっきはオリーブオイルでしたし!」

「…ごまも植物だし、ごま油でもいいんじゃないか?」

「い、入れたいんですか…?」

「いや別に」

「なら普通になたね油とかで…」

「なたねは普通なのか…?ていうか、なたねってなんだ?」

「普段のアナタからは考えられない発言ですね…なんか、知能指数下がってません?」

「相変わらずのトゲのある発言だ」

「いや、そういうんじゃなくて!本気で言ってるんですよ私は!」

「えーと、ドライフルーツは細かく刻む…」

「っ…!あ、ああよかった。今度は思いのほか動作が小さい…」

「一回目で学んだからな。こっちの方が切りやすい」

「包丁を両手で持って切ってましたからね…それと空いた手で切る材料を押さえた方がいいですよ」

「あいわかった」


 ドライフルーツを片手で押さえ、もう片方の手で包丁を垂直に切り下ろす。


 ダ ン ッ !


「うわぁ?!猫の手でやってくださいよ!!」

「猫の手…?私がやったらキモがらないか?」

「なんでそういう所には気が回ってるんですか…」

「だ、大丈夫だよサナダくん。今は君のキモさよりも遥かに、君への恐怖の方が勝ってるよ」

「恐怖…?なら、まあそれは良かった」

「なんで包丁持つ手まで猫の手なんですか…」


 一体何に恐怖してるのか。

 ダンッ ダンッ と、少しずつ小さくなっていくドライフルーツ達。音を立てる度にサラがビクッと体を跳ね上げている。


 こうして出来たこれまでの材料を大豆粉と混ぜ合わせ、生地を作った。後は成形し、焼くだけ。何も難しいことはない。


「ふぅ…なんだサラ、随分疲れた顔をしてるじゃないか」

「誰のせいだと思ってるんですか、全く…」

「は…?だが、完成までもう一息だ。焼く時に設定さえ間違えなければいいのだからな」

「はぁ…今度は私のいない所で料理してくださいね」

「言われずとも。もう菓子作りのコツは掴んだからな。サラの助けを借りずとも、レシピさえあれば1人で出来るだろう」

「どこからそんな自信出てるんだい…?」

「……いや、やっぱり次やる時も私も呼んでください」

「何故だ」

「私の平穏よりもここらの設備の方が大事です」


 たかが菓子作りに、コイツは何を天秤にかけているんだか。そうこうしているうちに生地を成形し終える。遊び心のある人間はこういう所で色々凝ってしまうものだが、私にそういう感性はないので、余さずバー状に成型して並べていく。


「こういう所では無難だねぇ」

「私は無難を地で行くスタイルだ」

「誰が言ってるんですか、誰が」

「さてと、後はこれをオーブンで焼くだけだが…サラの火で焼いたらどうなるんだろうな」

「早速地から離れていきましたけど」

「いや単なる好奇心だよ。1つくらい試しにやってみてもいいんじゃないか」

「他人の口から出た火で焼いた物なんて、誰が食べたがるんですか」

「どこかしらの界隈では価値ある物になりそうだが」

「スクネちゃんは間違いなくその界隈の人間ではないですよね」

「はぁ…いいさ、全部トースターで焼くさ」

「なんで少し残念そうなんですか…」


 仕方なく、キッチンペーパー並べられた生地達をトースターの中へと放り込む。設定する温度、時間、今度こそ間違いなく適切だ。バタンと閉じると、トースターは音を立てて加熱を始めた。


「ふぅ…ウィニングランですね…」

「面白いものも見れたし、私はそろそろ戻ろうかな」

「こんなもので退屈が潰せたなら何よりだ」


 クルネは置かれていた草花や薬品たちをよいせと持ち上げると、給仕ロボ達の間をよたよたと歩いて行った。


「…よく見るとワゴンを運べるタイプの給仕ロボもいるな」

「アームが付いたタイプのロボットですね…確かに、器用に運んでますね…」

「ワゴンを持つのなら廊下で待ってろよ…!9風情がキッチンに立ち入るな…!」

「少し前まで自分給仕だったのに、よくもまあ…」

「くく…だがお前らにこれが作れるか…?これが私とこいつらの差だ…!」

「あ……今気づいたことがあります」

「なんだ?」

「多分ですけど、給仕係の皆さんは普通にキッチンに立ち入れていたと思います。入り口の広さが、明らかにワゴンの出入りを想定しています。あれなら給仕の人が受け取りに入った方が早いでしょう」

「はぁ…だが、私は入れなかったぞ。入ろうとしたら、普通に断られた」

「自分の胸に手を当てて考えてみてください…多分分からないでしょうけど」

「…?」


 その日、私は一生解けることのない謎を背負った。何故私は給仕でありながらキッチンに入れなかった?他の者が入れていたとして、私が入れない理由はなんだ…?

 いくら考えたところで、私には全く分からなかった。


 〜〜〜〜〜〜


「あれ?なーんか実験材料が減ってるような……うーん、ま、いいか」


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