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43話 職と食

 

 スクネが“明けの明星”に滞在して6日が経とうとしていた。

 明日、7日目にスクネはこの場所を発つという。私はせめてもの餞別をと思い、日持ちのする携帯食料を求めてシェルターの方へと下りてきていた。

 そんなところであった。


「き、機械が壊れた…ですか?」

「えぇ、すいません。つい最近のことでして…しばらく調査組も遠征に行くことはないということでしたので、しばらく使っていなかったのですが…」


 職員の人が申し訳なさそうに謝る。

 どうも簡易的に携帯食料を作る調理・加工機械が故障しているらしい。この前の冷房装置といい、組織の機械の寿命的なものが近づいている時期なのかもしれない。


「そう…ですか」

「はい、すいません…」

「ああ、いやいや…これでいつも作っている携帯食料というのは、要するに大豆粉で作るバー状の焼き菓子ですよね?」

「ええ、まあ…」

「なら、作るにはそう難しくないですかね。日持ちといってもどのくらいもつ物なんですか?」

「こちらの機械では包装してから、開封しなければ一年はもちますかね」

「なるほど…」


 レシピを聞き、私は部屋を出た。

 当然、向かうべくはキッチンである。

 キッチンを使う許可は得た。堂々と足を進める。

 料理に関する心得はそれなりに持っているつもりだが、スイーツ的な物は作ったことはない。念の為、誰かに協力を仰ぎたいところだが。


「植物油と砂糖と卵を混ぜ合わせて…植物油…?」

「サナダさん、何を1人でブツブツ言ってるんですか?」


 レシピを音読しながら歩いてるところ、前にサラが立ち塞がった。おあつらえ向きな助っ人じゃないか。


「珍しいですね。1人で行動してるなんて」

「サラ…!凄くちょうどいい。お前に協力してもらいたいことがある」

「協力?また珍しい…わざわざそっちから頼むなんて」

「ああ。というのも、今から洋菓子的なものを作ろうと思っていてな。是非、熟練の技を借りたいというわけだ」

「えぇ…サナダさんが料理?どんな風の吹き回しですか」

「かくかくしかじかでな…」

「ふむふむ…って、ちゃんと説明してください」


 “かくかくしかじか”と言ったところで伝わるはずはない。今回の件をサラに説明した。


「なるほど…まあ要するに長細いクッキーですかね。材料は揃ってるんです?」

「どうもシェルターのキッチンに揃っているらしい。サラもよく行くんだろ?場所知らないんだ。案内してくれ」

「知らないって…元は給仕係をしてたんじゃないんですか?」

「給仕にはキッチンまで立ち入る権限はなかった。毎回廊下に既に出されているワゴンを運ぶだけの簡単な仕事だったさ」


 いつかの日々に想いを馳せる。

 あの時はよかった。なんの悩みもなく、ただ給仕の仕事をしては帰って惰眠を貪るだけの怠惰な日々…。

 今では


「何しみじみしてるんですか。さっさと行きますよ」

「おお悪い。いやあ、私もとうとうキッチンに立ち入るまでになったのだなと」

「はあ…料理はよく作るんですか?」

「レシピに書いてある文字くらいは読める」

「料理関係ない…その発言で少し不安になりましたよ」


 軽口を叩きながらキッチンを目指した。

 着くと、多数の給仕ロボットが謎の音楽を鳴らしながら徘徊している奇妙な光景が飛び込んできた。スムーズかつ丁寧に動きながら、空になった皿をあちこちに運んでいる。


「…!」

「騒がしいですね。どこか空いているところがあるといいんですけど…ん、どうしました?」

「給仕ロボットがキッチンを出入りしてることに軽いショックを受けている…」

「頭を抱えるほどに…?給仕ロボットの形的にワゴンを押せないでしょうから、しょうがないでしょ」

「それはそうなんだが…クソッ、給仕ロボめ…!」

「アナタのそんな表情、初めて見ましたよ…」


 一時的ではあるが私から職を奪い、あまつさえあの日の私以上の権限を持っているこのゴミ箱ロボットに謎の憎しみが芽生えていた。

 おのれ給仕ロボ。


「──────おーい!そこで何をしてるのかねー!」


 1番端のキッチンから手を振っているエプロン姿のクルネの姿が見えた。そこのキッチンだけ色々な物が広げられているのを見るに、空いているスペースのようだ。


「クルネ先生。おはようございます」

「やあやあやあ。サラくんはともかく、サナダくんがここに来るのは珍しいねぇ」

「ちょっと用事があってな…クルネは何をしてるんだ?」


 キッチンの上には何やら様々な草花や瓶につめられたよく分からない粉が置かれている。そして、彼女の手元には何やらゲル状の物がボウルの中で蛍光色の光を放っていた。


「……ひみつだよ」

「あくまで料理をする場だぞ。お前の実験室じゃないということは肝に銘じておけよ」

「まあまあまあ、口に入れることを前提に作ってるわけだからこれも料理だよ」


 ボウルをひっくり返すと、中に入っていたゲル状物体はドゥルン、と音を立てて排水溝の中へと吸い込まれていった。


「それで、君たちは何をしに来たのかね?」

「かくかくしかじかだ」

「もぐもぐうまうま…なるほどねぇ」

「え…?伝わったんですか?」

「つまり…料理をしに来たんだろう?」

「概ね合っているな」

「さすがに詳細には伝わってないんですね…」


 クルネにも、今回の事情を伝える。すると、話を進めていくうちに、何やらクルネの表情は曇っていく。話が終わる頃には、顎に手を当て、難しいような顔をして止まってしまっていた。


「…どうした。ストレスを感じているような顔だな」

「む…なあ、その、料理するってのは、誰がやるんだい?」

「話の通り、もちろん私だが」

「私はアドバイス、指南役ですかね?」

「ふぅむ…それは──────あ、いや。なんでもない」

「言いたいことがあるならハッキリ言え」


 クルネは何か言いたげに口を開いたと思えば、すぐに口を噤むのを繰り返していた。クルネにしては珍しく何か思い悩んでいるが。


「…まあいいか。私のことは無視して始めてくれたまえ。私はここで、君たちの調理風景を見させてもらうよ」

「…?分かった。じゃあサラ、とりあえず材料を一度全て上に出してしまうか」

「その前にエプロンと手洗いです」


 クルネは座し、腕を組んで私たちが動くのを監視し始めた。その一連の流れに一抹の不安を感じながらも、サナダクッキングは始動した──────。


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