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40話 目に見えないハーブの種

 

 真昼頃。

 水着デーなる奇怪なイベントが終わった次の日。それは冷房が機能するようになり、快適な室温となった“上”で何気なく歩いていた時のこと。


「っ……!!」

「ん?マイカか。どうした?」


 桃色の頭髪に目が留まる。

 管理局の前で、何やら中の様子を窺っているマイカがいた。エイルは他所へ行っているので中には誰もいないはずだが…。


「悪いな留守にしてて。何か用か?」

「あっ…いや、へへ、別にー?……ちょっと、暇だったからさ…」

「…?誰も中には…いないよな。入っていけ、茶くらいは出そう」

「あっ…うん。はい。そうする…」


 何やら目線を色々なところに泳がせては、手首をグネグネともんだり、指先同士を突き合わせたりしている。

 何か相談事があるのかもしれない。私は敢えて何も聞かず、沸かしてあった茶を2人分、湯のみに入れて出した。


「悪いな。今はこれくらいしか出せない」

「う、ううん。お構いなく…」

「そういえばここに来るのは初めてか?」

「そ、そだねー。いつもミアから話は聞いてたけど、行こうとまでは思わなかったかも」

「まあ亜人のお悩み相談所のようなとこだ。用がないということは悩みがないということだから、いいことだと思うぞ」

「え…そ、そうかな」


 何やらこの前会った時とは様子が違う。よく見ると、マイカの頬は淡い赤に染まっていた。耳の先も少し赤い。もしかして…。


「熱でもあるのか…?」


 己の額とマイカの額を突き合わせてみる。

 体温は、さほど高くはなさそうだが…。


「はぇ──────」

「熱中症の後に体調を崩すってのも…あるのか?」

「…!!ちっ、ち、ち、ちち、近い、かもです…!」

「あぁ、悪い訴えないでくれ。熱でもあるじゃないかと思ってな。あの後は大丈夫だったか?回復した後でもしっかり休むべきだと思うぞ」

「ふぅ……ふぅ……う、うん…大丈夫…訴えないし、ちゃんと回復したし、あの後ちゃんと休んだから…クルネ先生に診てもらって、大丈夫だって言ってもらった…」

「そうか…ん?クルネのやつ、人の体調を診るなんて出来るのか」

「え…?うん、滅多にないけど体調崩したり、怪我したりした時は皆クルネ先生のとこ行ってるよ?」

「初耳だな…アイツ変な物ばかり作ってるからそれが本業なのかと」

「変な物…?」

「ああ、気をつけろ。アイツが理由もなく物を渡してくる時は何かの実験体にされる時だぞ」

「そ、そうなんだ……へ、へへ…」


 マイカは口元をおさえて笑う。その仕草に、私はやはりどこかよそよそしいような印象を受けた。最初会った時はもう少し無礼なイメージだったが。もしかしてあの場はテンションが上がっていただけで今の彼女が素なのか…?


「…私はマイカのことをあまり知らないかもしれない」

「えっ…?!ど、どういうこと?!」

「職業病のようなものだ。亜人管理官(メンター)として、相手をする亜人のことくらいは知っておこうと思ってな」


 言いながら、メモ帳を取り出した。


「あっ…ふーん。そっちね」

「そっち?どっちだ」

「はいはいっ…ちょーっと待ってね…一旦落ち着くからー…っと」


 パシン!!

 と、突然マイカは自分の頬を両手で叩いた。

 困惑する私の反応はよそに、マイカはさっきとは違い鋭い目つきで私のことを見る。


「で、なに?」

「お、おお。いやなに、特別なことは聞かない。ただ趣味嗜好を知れればと思ってな」

「自己紹介でもすればいーの?吉良マイカ、16歳でーす。趣味はネイルとかー、本読むとかかな?あと絵描くのもちょっと好きかも」

「嫌いなものはあるか?」

「嫌いなもの…?キノコは食べれないかも。あと普通にゴキブリとか無理。最近見ないけど」

「私は最近見たな。歳をとるとああいう虫も確かに苦手になる」

「えっ、サナメンの部屋?汚そー(笑)」


 スムーズに会話が進んでいた。

 どうやら先程の一喝で、いつもの調子に戻ったようだ。今の彼女は初対面時の時と同じ感じに思える。


「あとは逆に、好きなのはあるか」

「好、き…?」

「その言葉を初めて聞いたみたいな反応だな。好きな物だぞ?」

「あーね……あー…ちょっと…待って…1回頭から追い出すから。1回視界に入らないで」

「そんな集中力のいる話か?」


 マイカはそう言って目をつぶった。どうやら私は視界内にいないみたいなので、黙ってその場で見守ってみる。

 しばらくもすると、マイカは目を開けて真面目な顔で呟いた。


「──────サナメン」

「ん?どうした。閃いたか」

「……あ、いや違うか…普通にリンゴとか好き。好きなもの、リンゴ」

「リンゴか…確かシェルターで作られてたな」


 メモした後に顔を上げると、またマイカの顔が徐々に赤く染まっていっている。


「…どうした」

「ちっ、違うからな…!今の違うからな!ぜっったいに勘違いすんなよ!!違うから!」

「えっ?リンゴじゃないのか」

「いやそーなんだけど!違うからね!考えすぎて逆に、逆に一周しちゃっただけだから!まだそういうタイミングじゃないから!目ぇ開けたらそこにいたから、咄嗟に口から出ただけだから!」

「…??」

「てか名前と一緒に好きな趣味もさっき言ったじゃん!なに“好きなの”って!紛らわしい質問しないでよ!ったく!」

「お、おお?それはすまない」

「っ、もう!質問答えたから、アタシ帰る!じゃあね!」


 何やら急に不機嫌になって、そこから立ち去ろうとするマイカ。意味がわからない。情緒が不安定なのか、私がただ彼女の言っていることを理解出来ていないだけなのか。


 ドスドスと、地面を踏むようにして歩いていくマイカ。

 そして、何かに気づいたように振り返る。


「前の、熱中症のとき、助けてくれてありがとう…それ言いに来たの」

「……おお!そうか。気にするな。私も当然のことをしたまでだ」

「あっそ!!じゃあ気にしない!じゃあね!また来るから!」


 吐き捨てるように言うと、駆け足で管理局から出て行った。

 その後、入れ違いで帰ってきたエイルが不思議そうな顔で部屋へと入って来る。


「…どうしたんです?」

「分からん。マイカが訪ねて来て、帰ったとしか言えん。私はどうも、彼女を不機嫌させてしまった」

「…?嬉しそうな顔で出ていってましたよ」

「ああ…?」


 なるほど分からん。

 なるほど、分からん。

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