39話 遥か彼方
大広間に出ると、周囲は亜人達によって作られたビニールプールやビーチチェアによって埋め尽くされる。海もなければ風もほとんどないので、皆雰囲気だけで楽しんでいるようだ。
ビーチバレーをしてる者さえいる。
ジュゥゥゥゥゥ…
そんな中、なにかを焼く音を立てている一団に私は目をつけた。
「グリルを持ってきているやつがいるなとは思っていたが…お前らだったか…」
「おっ、2代目じゃねぇか。食っていくか?…ってなんだその水着、かっけぇじゃん」
「お前だけだよ。そんなこと言ってくれるのは」
トング片手に、鉄板を囲んで肉を凝視している西部隊の面々であった。3人揃って支給品の競泳水着を着用していた。
「それ、わざわざ準備してきたのか?水着とはいえ暑いのによくやる…」
「いや〜、面倒だったけどロコちゃんがやりたいって聞かなくてさ」
「雰囲気出ていいだろ?」
「そうかもしれないが、一応室内だぞ。肉なんて焼いて大丈夫なのか?」
「その辺は心配ねぇ。ウチのユニ先生が全部解決してくれっからよ」
「私は便利アイテムじゃないですの」
「…なるほどな」
ユニの能力は“浄化”
毒なり菌なり、人体に有害な“汚れ”を取り除く力だ。“汚れ”がどのように判定されているのかは本人さえも分からないらしいが、とにかく便利とのこと。
言った通り、鉄板から立ち上る白煙は発生したそばから透明へと薄れ消えていっている。
「清浄機もあるし、まあ迷惑は言うほどかからねぇだろ」
「…聞くのも野暮かもしれないが、浄化された物質はどこに消えていってるんだろうな」
「能力を使うと、頭からお角が伸びてくるので恐らくそのお角になってますの」
「ほお、角」
「有害な物から転じた物なので、間違ってもお角を煎じて飲もうとしないでくださいね」
「間違っても、って誰がそんなことするんだ…」
「クルネとあなたの叔父です。一度飲んで、叔父の方だけ寝込んだことがありますの」
「馬鹿かあの人は…」
「はっはっはっ!あったなそんなこと!結局また浄化して、角は削り直したんだったか」
「好奇心は猫も殺すって言うけどね…」
クルネと共に煎じるその様子が容易に想像できた。
叔父のことだ、鹿の角と同じで漢方にできるとでも思ったのだろう。やはり叔父は早死にするべくしてしたのか。
「…ていうか肉なんて貴重品どこから持ってき……全部ハンバーグじゃないか」
「おからのおハンバーグですの」
「肉なんて狩りにいかないとないからね。外行っても変異生物ばっかりだし」
「変異生物は食べられないのか?」
「そりゃ食べようと思えば食べれるけど…なんかヤバそうじゃない?僕は食べたくないなぁ」
「賢明だな。叔父だったら真っ先に食べてるぞ」
「知らないだけで多分隠れて食べてそう」
「とはいえおからか…大豆は畑の肉なんていうが、物足りなそうだな」
「タレが美味けりゃなんでもいけるだろ」
ロコはお手製らしきボトルに入った琥珀色の液体をハンバーグに垂らした。
ジュアッ…!と音を立て、香ばしい匂いが辺りに立ち込める…かと思いきや匂いは一瞬にしてその場から失せた。
「タレも有害判定なのか」
「ロコ、変なものお入れてないでしょうね」
「入れてねぇよ。オレも食うんだから」
「はは、角がタレの味になっちゃうね」
「今度こそ使えるんじゃねぇの?削って粉にして、スパイスとかで」
「できても有毒黒炭スパイスですの」
「違いねぇ」
とは言っても、タレの匂いは完全に消せているワケではないようで。周りの亜人達の視線がこちらに向いているのが分かる。
「…ん?あれは」
そんな中、小さな影が少し遠くから走ってくるのが見えた。どうも真っ直ぐこちらに向かって走って来ている。
「あっ、また来たよ」
「またですの?もう、全くあのお2人は…」
小さな影が2人、グリルに手を伸ばそうとしたところでユニは2人は抱き止めた。
「〜!」「〜!」
「こら、めっ!ですの!」
「フレンとフランじゃないか。どうしたんだ?」
「ルピンちゃんがハンバーグ取ってくるように仕向けてるんだよ。もうかれこれ3回目…」
「あなた達も食べたいのは分かってますの!あれだけ取って1個も食べてないでしょう?!せめて自分の食べる分だけを取っていきなさい!」
「〜〜!!」「〜!!」
「多分、ルピンのやつどっかから見てるぞ…馬鹿は高いところが好きだから…あっ、いた」
ロコが指さした方向には、3階で豪勢な椅子と共にふんぞり返っているルピンの姿が見えた。
居場所がバレたことに気づいたようで、焦って椅子から転げ落ちている。
「見つけたらなんかイラついてきたな…おいクリフ!あそこまで行くぞ!」
「はいよ〜」
そう言うとロコは翼を生やしたクリフに持ち上げられ、3階へと飛んでいく。調査組同士仲が良いんだか悪いんだか。
ハンバーグと共に、私はその場に取り残されてしまった。
「おい、これどうするんだ」
「私は2人を抱えるので精一杯なので、焼くのはよろしくお願いしますわ」
「やっぱりか…まあ焦がしてしまってはもったいないからな」
渋々置いてあったトングを使ってハンバーグを黙々と裏返す。舞い上がる熱気を顔面に受けながら…耳を澄ますと、遠くからロコの怒声が聞こえてくる…。
「…動けなくなってしまったな」
「亜人管理官さん、そのお肉焼けてるっスか?」
ボーっとハンバーグを焼いている所に、スクネが現れる。彼女もまた、支給された競泳水着を着ていた。
「お、スクネか。楽しんでるみたいだな」
「楽しんでる…って言っていいんスかね。正直、困惑してるっス。なんか、平和すぎるというか」
「私たちとしてはいつも通りなんだが…焼けたぞ。食うか?」
「もらうっス…」
用意されていた紙皿に焼きあがった物を乗せる。
スクネは戸惑いながらも、ハンバーグを口にした。
「うんむ…美味い…」
「それは良かった。悪いな、ちゃんとした肉じゃなくて。客人なんだ、できればもてなしたいものだが…」
「十分っス。私にとっては、無料で食料が貰えるだけでも破格っスから」
「外は過酷だな…」
「えぇ…外じゃここは“楽園”なんて呼ばれ方してるの、納得っス。外にいる人間からしたら、ここはなんの心配もいらない天国みたいな場所っス」
「そうか?滞在とは言わず、ずっといてくれても構わないぞ」
「いえ、それはお断りするっス。私にも帰る場所があるっスから。それに──────」
「それに…?」
「──────いや、何にもないっス。ありがとうございました」
「お、おお…」
スクネはハンバーグを一気に頬張ると、紙皿と箸を持ったままどこかへと歩いて行った。
“楽園”なんて大層な呼ばれ方をするほどの場所ではない。だが、ここは叔父が創りあげた理想の環境だ。私としては、そう呼ばれることを誇りに感じてはいる。
だが、その“楽園”に今は身を置いているはずのスクネからは、常に殺気立ったような雰囲気を感じていた。上手く言えないが、まるでこの環境に溶け込むまいと壁を作っているような、私はそんな印象を受けていた。
「外の世界か…」
平穏とは程遠い世界。
私もきっといつか、それを知る時が来るのだろうか。
「何ひとりで黄昏てるんですの。お客さんが来てますの」
「うおっ、いつの間に…?!」
顔を上げると、匂いにつられてやってきた亜人達が列を作って待っていた。外だの世界だの、今は考えている暇はなさそうだった。




