38話 ブーメランいずこへ
周りの亜人達から話を聞くと、熱中症の子の応急処置を行っているという休憩所があるという。マイカの手を引きながら、私はその目印となる白いテントを目指した。
しばらくもすると、簡易的なベンチとテーブルがいくつか設置されているテントの下、エイルが座っているのが見えた。
「エイル、救急だ。頼むぞ」
「あら早速ですか…マイカさん大丈夫ですか?こっちに座っててください」
繋いでいたマイカの手を離し、エイルの方に向かうよう背を押した。が、先程まで歩けていたマイカの歩みは途端に急停止をした。
「…?どうした」
「サナメン、一緒にいて」
「安心しろ、もう大丈夫だ。エイルがいる」
「サナメンも一緒がいい…」
「いや、私は見回りをしないとなんだが」
「じゃあ私はシズクさんから氷もらってきます。水分はテーブルに置いてありますので、待っててください」
そう言うとエイルは足早に駆けて行ってしまった。
流石に熱中症の娘を一人にするわけにもいくまい。とりあえずマイカをテント下のベンチに座らせ、テーブルにあった経口補給液を手に取った。
「飲むか…?あ、いや飲みすぎもよくないか」
「それに入れて…」
「これか?一応言うが、このボトルは私が使ってたやつだぞ」
「知ってる。でも、その方が飲みやすい」
「まあさっきもこれで飲んでたし今更か…あいわかった」
まだ虚ろな目で私を見続けているあたり、意識はハッキリしていないようだが、しっかり会話はできている。
回復には向かっているみたいだ。
「入れたぞ。自分で持っておけ」
「うん……ありがとうサナメン…じゃなくて、サナダさん」
「そんな畏まる必要は無いぞ。サナメンのままでも私は構いはしない」
「じゃあ、サナメン…ごめんね。顔叩いちゃって」
「気にするな。わざとじゃないのは分かっている。混乱していたんだ。仕方がない」
「……ねぇ、サナメンは彼女とかって、いたことある?」
「無いな。この世に生まれてこの方、女性との接点なんぞ無いに等しかったからな。亜人管理官になって多少は増えたが…年が離れてるしな」
「年下は嫌い…?」
「いや、私は特段気にはしないが。私のような人間は、あっちからお断りだろうな」
「……ふーん」
「笑いたいなら笑え…と言っても今はそんな元気ないか。とりあえず、再発防止のためにも熱中症の注意喚起をした方がいいな」
置いてあった“水着デー”の通達書類を裏返し、油性のマジックで文字を書いていく。
“熱中症 注意
暑さを避け、こまめに水分補給するべし”
書き終え、クリアファイルにとじた。
これを首から下げて歩き回れば、少しは皆意識するだろう。
「まったく…“下”の連中は亜人を完璧超人か何かと勘違いしているんじゃないか?細かに任されてるのは私たちだが、少しくらい気にかけたらどうなんだ…」
「…サナメン」
「ん?どうした、まだ座っておけ」
「…わかった。じゃあ、こっち来て、しゃがんで」
言われるがまま、座っているマイカの目線に合わせるように屈んでみた。澄んだ赤色の瞳はまだぼんやりとしている。
マイカは私の顔が近くに来ると、薄く笑んだ。
「熱中症って、ゆっくり言ってみて」
「ねっ、ちゅう、しょう…?」
「もっと、ゆっくり」
「ねっ…ちゅう…しよう…」
「うん」
「…?なんの儀式だ──────」
直後、私の頭がマイカに手で掴まれる。
そして何を考えてるのか、マイカは目を閉じて顔を近づけてきた。離れようにも、亜人の力で固定されてはどうすることもできない。私は火照ったマイカの顔が近づいてくるのを、見ていることしかできなかった。
「っ、お、おいマイカ」
「ちゅー…」
「──────何してるんですか?」
その刹那、寒気を感じたと思うと、いつの間にか私とマイカの間を氷の壁が隔てていた。
「氷、持ってきてあげましたよ」
「ひゃっ…!!」
マイカが氷を押し当てられ、小さく悲鳴をあげた。
そこに立っていたのはオレンジ色のパレオがついた水着のシズク。何やら信じられないものを見たような顔でこちらを見ている。
「おお、ありがとうシズク」
「どういたしまして。で、何をしようとしてたんです?2人ともそんなに近づいて」
「ちゅーしようとしてた」
「マイカは暑さにやられてるんだ。気にするな」
「本当に?本当ですか?マイカさん、相手はサナダさんですよ?分かってますよね?いつの間に知り合ったんですか?!」
「何を必死になってるんだ。落ち着け。そこまで確認せずとも、マイカに意識があるのは分かってる。それと顔を合わせたのはついさっきだ」
「ついさっきでこんな…?!サナダさん、貴方はどこまで…!」
「なんだ、氷が来るまでちゃんとマイカの様子は見ていたぞ」
「なんの話をしてるんですか!そんな問題じゃありません!」
「…?どうしたやけに不機嫌じゃないか…水着、似合ってるぞ」
「っ…!!そんな、思い出したような甘い言葉で、今日の私はたらしこめませんよ…!そんな卑猥な水着を着たからといって……」
「卑猥なつもりも、たらしこむつもりも無かったんだが」
「ねぇサナメン、アタシは?」
「ああ、マイカの水着も似合っている」
「えへへ…」
「ほらまた……はぁ……敢えて、これ以上は言いません。ただ今私が伝えたいことは1つです」
「…?」
「マイカさんとこれ以上親交を深める前にこの場から離れてください」
どういうことだろうか。
半ば追い出されるように、私はその場を後にした。まあシズクがいるのだし、私は離れても構わないかもしれないが。何やらシズクの当たりがいつもより強かったのは…やはり暑さのせいなのかもしれない。




