36話 とんでけブーメラン
カラカラカラ…
音をなるべく立てずに戸を開ける。
見ると、いつの間にか大広間が水着姿の女人に埋め尽くされていた。何やら色々と準備をしている。
こうも水着だらけなら、私がいても違和感はないかもしれない。と、一瞬思ったが、鏡に映るガラスに反射する自分の姿が見えた瞬間、そんな考えは露と消えた。
せめてもと思い、ラッシュガードのジッパーを上へ上げた。
「…うむ。これだけでもだいぶマシか?」
「何をこそこそしてるんだね」
「っ?!ク、クルネか…」
壁にもたれてニヤニヤとした笑みを浮かべているクルネがそこにいた。支給品であろう、黒い競泳水着を着て、片手に持った缶にチビチビと口をつけ何かを飲んでいた。
「何を飲んでいる」
「ココア。暑い日に缶で飲むとこれが美味く感じるんだ。で、何をコソコソ隠れてるのかね」
「見れば分かるだろ。このザマを、知り合いに見られたくない」
「でも、君の今日の仕事は皆の監視だろう?こんな隅っこじゃ、救える命も救えないよ〜?」
「ごもっともだが。やけに機嫌がいいじゃないか…お前ならてっきり“下”に残るものだと思っていたが」
「今回は見るもの見なきゃいけなかったからねぇ」
「見るもの?」
「思ってた通りだ。似合ってるネ☆」
「…まさか、お前か?これ手配したの」
「ご想像におまかせするよ」
「はぁ…相変わらずお前には困らされる…」
「それを糧に生きている節はあるからねぇ」
「そういう類の妖怪みたいだ」
「亜人だし、間違ってはいないかもしれないねぇ」
話しているだけで、汗が伝う。
静寂の中、隣で例の空気清浄機が静かに唸っていた。“除湿”のデジタル表示が嘘みたいだが、恐らくこれがなかったらもっと酷かったのだろう。
「向こうでプールに入れてもらいなよ。ここに立っているよりはマシだよ?」
「馬鹿を言うな。あの女人だらけの空間に私が入っていけると思うか?答えは否だ。私はあくまで亜人管理官として監視に徹するのみだ」
「そうかい?まあ君の好きにすればいいけどさ。とりあえずそのジッパーは下げていきなよ」
「…?」
「パーカーから股間の部分だけが覗き出てて、なんだか滑稽に見えるよ」
「……」
私は無言でジッパーを上げた。
大広間は水着姿の亜人共で埋め尽くされている。各々でビニールプールを膨らませたり、組み立て式のビーチチェアを展開したりと、やりたい放題である。決して屋外ではないが、だだっ広い空間が皆に解放感を与えているのだ。
遠くにはアウトドア用のグリルも見えるが、大丈夫なのだろうか。
「あっ、サナダさ──────ぶふぉ!!」
冷たい飛沫が私の素肌に付いた。
私は恐る恐る、飛沫が飛んできた方向に向いた。
「あっははは!!なんですかその格好!!ウケ狙いですか?!ウケ狙いですよね?!ははははは!!」
「ちぃっ…最悪だ…!サラ!お前私に1度ならず2度までも吹き出したな!今回は火が出なかったからよかったものを!」
「ひっひひ……はぁ…はぁ………ぶはっ!っ、ダ、ダメだ…私それツボです…!」
「知るか…!」
私の怒号は聞こえているはずだが、サラは壊れた玩具のように笑い続けていた。手に持った紙コップがブルブルと揺れている。
「人の身体を見て笑うとは、およそまともな人間の神経ではない。恥を知れ!」
「ひぃっ…!ひぃっ…!卑怯ですよ…!そんな、反論できない状態で、道徳を説いてくるなんて…!」
「お前が勝手に反論できない状態になっているんだ」
「はぁ……はぁ……はぁーあ…もう視界に入れません。まともにコミュニケーション取れなくなるので」
と、サラは自分の手の平で視界を遮って話を続けた。屈辱だ。笑い者にされると覚悟はしていたが、まさか2人目にしてサラが現れるとは思わなかった。
「あー最悪。これじゃ両手が塞がって写真取れません」
「それはいい。ずっとその状態でいろ。私としては得しかない」
「そうさせてもらいます。流石にこれ以上は笑い死にますから……ん?あっ、まさかこの状態になった亜人の子を好き勝手撮影しようって寸法ですか?!相変わらずですね!」
「お前…分かりやすく浮かれてるな。そんな派手な水着なんぞ着込みよって」
「ふふ…いいでしょう?職員の方に頼んで作ってもらったオーダーメイドなんですよ!」
サラの水着は青緑色のビキニであった。真っ赤な長髪と相まってかなり派手に見える。
「色が派手すぎてまぶしい」
「うわっ、気の利かない感想…サナダさんらしいと言えばらしいですけど」
「私に期待以上を求めるな。必ず下回る」
「残念、元から期待なんかしてません。でも、日頃の感謝もありますし、お礼として1枚なら撮ってもいいですよ?」
「私が撮りたいという前提で話を進めるな…ていうか、撮って欲しいなら撮ってと頼め」
「はあ、これだから。アナタが撮りたいという名目で自分の水着姿を記録として収めたいんです!言わせないでください」
「…悪いが私の端末しかないぞ」
「構いません」
やれやれと肩をすくめながら、ポケットから端末を取り出す。
サラはいつもに増して、満面の笑みでピースを作っていた。
「これは記録用でーす」
パシャ
傍から見たらどう思われるか分からないので、やましい気持ちはないということを主張しつつ、ボタンをタップした。
「…なんですかその掛け声」
「大事なことだ。私の命と同じくらい」
「じゃあそんなに大事じゃないですね」
「お前…浮かれているなら何を言ってもいいと思ってるか?」
「──────あー!撮影係さん?やったー!私も撮ってー!」
と、私が撮影していた所を見ていたのか、1人の少女が私の前でポーズを取り始めた。少女は手慣れた裏ピースとウィンクをしながらピタッと私の前で静止した。
流石にこうなって撮らないというのは可哀想なので仕方なくレンズを向けた。
「はい、これは記録用でーす」
パシャ
「あはっ!ありがとー、どう?いい感じに取れた?見せて見せて」
撮れた写真を確認するべく、私に胸元を当てながらも画面を覗き込み…
「……って男の人ぢゃん!!」
気づき、即刻離れていった。




