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35話 猛暑と水着

 

 ジーワ ジーワ ジーワ


 外から聞こえるのは夏の風物詩、セミの鳴き声。

 意識するほど音量が大きくなってくる蝉の声。己の内から湧き出る汗。それらがこの下がることない気温と湿度を、より際立たせていた。


「……クソ…」


 不快感、思わず暴言を吐いてしまうほどに。


 現在、“明けの明星”本部ビルは空調が故障していた。外に出ることがないのでその時になるまで気づかなかったが、今の季節は夏。

 冷房のない室内にいる私など当然、環境に蹂躙されるわけで。


「んぐっ……んぐっ…っはぁ…やはり一旦シェルターに移って仕事するべきか…?」


 管理局内には私のみ。

 珍しくエイルは遅刻しているようで、私は部屋で1人、猛暑に抗いながら書類仕事に勤しんでいた。

 が、この暑さでは仕事など手につかず。開けっ放しのドアの向こうに見える景色を恨むかのように、凝視していた。


 キャッ キャッ キャッ


 姦しい声が聞こえてくる。

 毎度聞き慣れたものなので分かる。これはバンド三人娘の声だ。

 しばらくもすると、サンダルを履いた足音が近づき、3つの人影が扉の景色を横切って行った。


「…………ん?」


 目を擦って再度見るが、通り過ぎた3人の姿など見えるはずもない。気のせいだといいのだが…。


「水着だったか…?」


 暑さで朦朧として見えた幻覚だと思いたい。

 気を紛らわす+真相を確かめるべく、私は席を立ち、管理局の部屋から出た。


 大広間では噴水が絶えず水を出しており、部屋よりはマシな気温となっていた。

 館内を見回してみても人はほとんど見当たらない。

 そんな中、はしゃぎながらビニールプールに空気を入れている3人組が目がついた。やはり幻覚ではない。3人は揃って水色の水着姿であった。


「お前ら、何をしている」

「あっ!サナダさんやっほー」

「プール作ってまぁ〜す」

「…ぷふっ…もはやシャツ1枚すら暑そう…」

「…何故お前ら水着なんだ」

「そりゃ、ねぇ…?暑いですし」

「…職員さんがいいって言ってたし…」

「っ、ひっ、ひひっ…サナダのも、持ってきたぞ…ぶふっ…!」


 ケリンが私に手渡したのは赤のブーメランパンツであった。


「暑い…ふふっ…だろ?はいてみ?」

「はくか!こんなのどこから持ってきた」

「ちぇっ…職員さんに聞いたら出てきました〜」

「…サナダ氏、ノリわりーぞ…」

「人がいないとは言え、公の場で水着を着て歩くなんて恥ずかしいマネ、私には到底できない」

「私たちが恥ずかしいって言うんですか!傷つきました!代わりに空気入れてください!」

「入れて欲しいなら普通に頼め」


 3人の代わりに足踏み式のポンプを踏み始める。

 ビニールでできたファミリーサイズのプールがみるみる膨らんでいく。


「ていうか、水着なんてよく持ってたな。この辺に海なんてないだろ」

「職員の方に頼んで作ってもらいました。一応支給用の物もあるのですが、ちょっと味気なかったので…」

「支給用って、一体どこで使うんだか…“下”の人たちもそれなりに暇を持て余してるみたいだな」

「ね〜ね〜それよりもサナダ〜、私たち見てなんか言うことないんか〜?」

「あ…?」


 空気を入れ続けている私に向かって、それぞれ思ってるであろう、できる限りのセクシーポーズを取り出す。

 どうだと言わんばかりの表情に、少し困惑気味に答える。


「似合っている」

「はあ〜?それだけかよ〜」

「…サナダ氏、もっと気の利いたこと言って…」

「いい匂いがしそうだ」

「キメェ!!」

「サナダさん、最低です」

「だから“似合っている”とだけ言ったんだ。これに懲りたら、25を超えている男にそんな評価求めようと思うな」

「いや〜、にしてもキモかった〜」

「…キモさの根源から出てるキモさ…」

「今日のサナダさんは一味違いますね!」

「……今お前らの楽器に剥がれにくいシールを貼るというイタズラを思いついた」

「やめてください!!」

「やめろ〜!」

「この…外道!!」

「ふっ…恩を忘れた亜人の言葉など私の耳には届かんな」

「くっ…!こうなったら」


 と、レンはどこからともなく携帯端末を取り出し、高く掲げ、自分らに向けてシャッターを切った。

 そして、即座に撮れたであろう写真を私に送り付けて来た。


「じきに誰もが知ることになるであろう有名ガールズバンドの水着姿生写真です。お納めください」

「私は交渉に応じない」

「いえ、メッセージを受け取った時点で交渉に応じてるものとします」

「ふ…これでイーブン…!」

「はぁ…冗談だ。亜人管理官(メンター)は人の物にシールは貼らん。メッセージは消しておけよ」

「興味無いフリですか…さてはサナダさん、ムッツリですね?」

「私は自分の社会的な立場を理解している…この写真は恵みなどではなく、私を死に至らしめる呪いだということもな」

「うら若き乙女の写真をまるで毒物みたいに…」

「私にとっては危険物だ。いいか?こんなのを私が持っているところ見られでもしてみろ。きっとろくな目に遭わないぞ」

「──────亜人管理官(メンター)?仕事をサボって、水着撮影会ですか?」

「……ほらな?」


 後ろからエイルの声がした。振り返らない。私は何も言わずに端末の電源をオフにする。


「お三方、さっきの写真はだれが撮ったのですか?」

「…多分サナダが撮った〜」

「くっ…」「ふふっ」

「嘘をつくな。どう見ても自撮りの構図だっただろ」

「ふ、亜人管理官(メンター)…性欲を持て余すのも程々にしてくださいね」

「っ、分かってて言ってるな…?!言っておくが、この場では私が1番年上だからな!からかうのも大概に…」


 と、後ろにいるエイルの方へと向いた。

 視界に飛び込んできたのは、ワンピースタイプの水着の上に、パーカー型のラッシュガードを着込んだエイルの姿であった。


「…お前、もか」

「本日は公式の決定で水着デーとなりました。“上”にいる方は水着着用でお願いします」


 そう言って、エイルとは色違いのラッシュガードを私に渡した。“亜人管理官(メンター)”と黒文字で書かれた腕章が通されている。


「断る。なら私は“下”で仕事をするまでだ」

「本日の業務は、“上”で亜人の監視です。こんな日です。熱中症で倒れた時に亜人管理官(メンター)がいないのではダメでしょう?」

「…確かに…」

「サナダ〜、職務放棄は行かんぞ〜」

「そうかそうか。分かった!…なら、私は水着の用意をするため、一先ず“下”に行くとしよう」

「…待ってください」


 と、エイルはその場から離れようとする私を掴み止めた。


「その手に持っている物は?」

「…赤いハンカチーフだ」

「穴が空いているようですけど」

「ああ、だからついでに捨てに行こうかなと」

「縫ってあげますよ」

「お前そんなこと私に言ったことないだろ…って、おい、待て、やめろ!」


 エイルは特に表情筋を動かすことなく、私の手からブーメラン水着を取り上げた。


「…あるじゃないですか。立派なものが」

「っ、絶対嫌だ!私がこんなものを着用して闊歩してみろ!阿鼻叫喚だぞ!」

「なりませんよ。どちらかと言えば爆笑の渦です」

「どちらもお断りだ!せめて別の水着を用意する!水着は“下”で用意されてるんだろ?」

「“下”にはもう女性用しか用意されてませんよ

 」

「なぁっ?!何故唯一用意された男性用がこれだけなんだ!おかしいだろ!」

「はぁ…1番年上なんですから、つべこべ言わずに着替えてきてください。マサムネさんなら着ましたよ」

「お前、それは最後の切り札だろ…!」

「実際マサムネさんなら着ますから」

「っ、貸せ…!」


 エイルの手から赤い布を受け取り、不機嫌な調子で歩き出した。


「着替えるなら管理局で!鍵は閉めてくださいねー!」

「わかってるよ!!」


 エイルの後ろからの声にギリ、と歯噛みながら。私は仕方なく管理局を目指した。こうなっては、もはや暑さがどうこうという話ではなかった。


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