34話 適応
×月〇日
“楽園”と呼ばれる亜人保有組織“明けの明星”に滞在して一日が経過した。組織内にて、全体の様子を観察して気づいたことがいくつかある。
まず、基本的にここに住む人間や亜人の半分以上は、外の世界とかなり隔絶している。天使や外の風景、外部の組織については情報として知っているだけ。実際に目にしたことがある者ともなると、その人間はかなり限られたものになる。
そして、それ故にここの住民は皆楽観的な思考である。誰も彼もが外から来た私のことを警戒しない。今こうして私が訪れているのは、仕掛けるための事前調査だというのに、誰もその可能性を考えてもいない。
だが、それもしょうがないのかもしれない。ここはまさに“楽園”と呼ぶにふさわしい場所である。水、食料、生きていく上で欠かせない備蓄から、電気や火などの生活インフラまで、ほとんど亜人による力で賄っているのだ。
この組織に住まう50にも満たされる亜人が生きている限り、この安定は揺るがないだろう。
そして、その資源を奪おうと、その辺の組織がここに攻め入ったとて、歯が立つはずもない。
安心、安全、保証付き。
それ故に、ここには付け入る隙があった。
〜〜〜〜〜〜
「亜人管理官さんっ♡」
平常通り、変わらない亜人管理局。
昨日この“明けの明星”での滞在が決まった菅木スクネが、部屋を訪れていた。
「スクネか。昨日はよく眠れたか」
「ええもちろん!滞在するだけなのにあんな快適な寝床…外じゃ中々味わえないっス!感謝するっス!」
「それはよかった。7日間だけだが、好きにくつろいで行くといい」
「はいっス!」
「この子が昨日来たって子ですか?」
「ああ、菅木スクネ。随分遠くから来たらしい」
「…亜人管理官さん、その方はどなたっスか?」
「初めましてスクネさん。この方と同じく亜人管理官をやらせてもらってます、阿字野エイルと申します」
「亜人の、亜人管理官…?」
席から立ち、いつも以上に丁寧にエイルはお辞儀をした。対するスクネは理解できないといった表情で首を傾げている。
「やはり珍しいか?」
「珍しいというか、意味不明というか…亜人が亜人を管理するんスか…?じゃあエイルさんのことは誰が管理するって話に…」
「…一応のとこは私か?」
「私の亜人管理官はマサムネさんだけです」
「だろうな…言うと思っていた」
「まだ他の亜人管理官さんがいるんスか?」
「今は亡き故人だ。気にするな…まあ、エイルは他の亜人と比べても安定しているようだから心配はいらない。何かあってもそこのボトルシップを見せれば大体落ち着く」
「へー、コスパいいっスね」
「なんか安い女と言われてるみたいで気に入りませんね。亜人管理官、ちょっとその辺全力疾走してきてくれませんか」
「適当な罰を与えようとするな」
カラカラ…と戸を開ける音。
開いたドアからシズクの顔が覗いていた。
「あっ、シズクさん!こんにちわっス!」
「シズクか」
「皆さん、こんにちわ…」
扉から姿を出したシズクの背からは、氷で象られた翼が生えていた。
「あら綺麗ですね」
「え、えへへ…ありがとうございます」
「相変わらず細部にまでこだわり抜かれた美しい造形だ」
「い、いやぁ…確かに見た目は綺麗なんですけど」
「…?」
シズクは照れながらも困ったような、複雑な表情をしていた。
ピキ、ピキ、と翼は音を立てる。よく見ると、氷の翼は少しづつ大きくなっているようだった。
「最初は手のひらサイズだったんです…今じゃこ、こんな…ど、どどどうしましょ〜。サナダさん助けてください〜」
「あらら、制御できなくなっちゃったんですね」
「あー…とりあえずトンカチか何かである程度砕いておくか?」
「うう…お願いします〜」
多分トンカチは無いので、部屋から代用できそうな物を手当り次第に探してみる。
亜人の能力の暴走。こういう事はときたまにある。規模は人によってまちまちだが、大体は時間が立てば治るようなものだ。前はレヴィオが小一時間、水を人の形にして踊らせていた。
「あ、亜人管理官のタブレットがあるじゃないですか」
「無理やり私の持ち物を持ってくるな。明らかに適してないだろ」
「でも、あとは切り餅くらいしかないですよ」
「うわぁ?!大きくなるスピードが早まりました!」
「由々しき事態だな」
「ふむ…」
と、スクネは顎に手を当てて考え込んだ後、おもむろに口を開いた。
「亜人管理官、サナダさん。シズクさんと握手してみて欲しいっス」
「…?!」
「…ん?ああ、別にいいが」
言われるがまま、シズクの手を握った。
みるみるシズクの頬が紅潮していく。
すると、氷の翼の巨大化は止まった。
「やはり…」
「何がやはりなんだ。流石に私も面と向かって手を握り合うのは恥ずかしいぞ」
「次はハグしてみましょうか」
「ハッ…?!まっ、待ってください、心の準備が…!」
シズクは驚き、慌てふためいたと思うと、とうとう氷の翼は目に見えて小さくなりだした。
その様子にスクネは頷いた。
「ハグまでは必要なかったっスね」
「…?なんだ、どういうことだ」
「やっぱり亜人の能力の安定には、ポジティブな感情が不可欠って聞いた事あったんスよ。ほら、人肌で触れ合うと安心するってよく聞くでしょう?」
「…!なるほど。スクネ、お前…」
「はい?」
「亜人管理官の才能あるぞ」
「ブフッ…!私が?ははは…まさか。私は遠慮するっス」
薄く微笑むと、スクネは踵を返して部屋から出て行った。
「残念です。私も向いていると思ったんですけど」
「まあスクネは滞在してるだけだからな。本人としてはここに残る気はさらさらないのだろう」
「お礼言いそびれちゃいました…」
どうも、スクネは亜人の暴走を見るのに慣れているように思えた。
スクネが言った、能力の安定にはポジティブな感情が不可欠という情報。それがもし本当なら、能力の暴走には逆のネガティブな感情が関わってくるのでは。
外はこことは違い、危険なことだらけだと言う。亜人が暴走することなど、外ではそう珍しいことではないのかもしれない。




